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2013.05.01

通勤電車

5月1日(水) 働けど、働けど、働けど・・・真面目な日本人

 夜、ちょっとした集まりの飲み会があった。
 出かけるのは夕方のサラリーマン諸氏の帰宅時間なので、地下鉄の車内は大変混雑していた。

 人と人の密着しそうな距離のなかで、人の顔をじろじろ見るわけにもいかず、車内広告に目をやっていた。
 ビジネス学校生募集、金融ローンの広告、生ビールの宣伝・・・人混みだけでなく、あらためて地下鉄車内の広告物の多さにも、普段は自転車ばかり乗ってる自分には、ちょっと息苦しい。

 毎日、毎日、体が触れ合わんばかりの通勤電車に乗り、さあ見ろ、読め、と言わんばかりの、目と鼻の先の情報には、神経も緊張し、それだけでストレスになるだろうと思った。
 自分がそういう通勤電車に慣れていないのか、それとも、そういうストレスがもはやストレスとは感じられない視神経に現代人がなってしまったのか?
 名古屋の地下鉄がそうだから、首都、東京の通勤電車はもっと地獄の様相なのだろうか・・・と。

 夜の9時を過ぎ、とりあえず飲み会もお開きとなり、また地下鉄のホームに向かった。
 あいかわらず大変な人混みである。
 老若男女のサラリーマン諸氏の群れが、列車のドアにむかってひしめき合う。
 「花の金曜日」という懐かしい言葉があったが(今もあるのだろうか)平日の夜のこの時間帯。
 ほとほと疲れ切って家路へと向かうサラリーマンのなんと大勢いることか。

 某都電を24時間運航して経済活性化の一環とする・・・などという話を耳にしたが、果たしてそれほどまでに働き続ける意味がどこにあるのか。
 若い女性が疲れ切って居眠りをしている。何を考えているのか中年の男性が目を閉じている。

 それでも、規則正しく地下鉄の電車は停車駅のアナウンスを繰り返し、開かれたドアから何人もの人が降り、その数と同じほど人が乗ってくる。

 トンネルのような地下街も駅も煌々と蛍光灯の光がまぶしく輝いている。
 衛星から見る地球の大都市の「夜景」の光の実態が、こうした人々の日常であるとするならば、なんともまあ、忙しく、慌ただしく、神経をすり減らした、疲れ切った地球の姿じゃないかと思った。

 たったこれだけでも通勤電車というものは疲れるものだ。
 改札口を出て、迎えをお願いした妻の車に乗り込んで、やっと一息ついた気分であった。
 自転車サイクリング話は明日書くことにしよう・・・

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