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2013.04.02

新人の春

4月2日(火) 無題

 078

 庄内緑地公園のサイクリングコース脇の菜の花畑が黄色い花をつけている。
 ただただ黄色い一色のシンプルで、その素朴なところがいい。
 今日は一日曇り空、夕方からは雨も降り出した。

 4月を迎え新人さんへの辞令交付式があった。
 数日前には新人研修もあった。
 「福祉は人だ」と言われる、どんな仕事も人が行うものだけれど、「福祉」という仕事は人の気持ちと向かい合うことなくして、良い仕事はできないだろう。
 それは自分が豊かで幸せになろうとせずして人の幸せを願うことはできないということでもある。

 そういった意味の言葉を新人さんにかけたが、人と人の関係がギクシャクして、利益第一の考え方が不文律のように社会の中心にある。

 だから職場といえども、その社会の縮図のようなものである。
 「社会に放り出され」・・・と、いささかネガティブな言い方をするのだけれど、社会人になって、心が折れなければいいがと心配もする。

 「今の若者は甘い」「自立心がない」と、過って自分が言われたことを、シニアの世代の方が新人社員に向けているニュースが流れていた。
 若者のいたらない部分を指摘するのは容易にできるが、そうした若者を含めた職場や社会全体が、健全な育ち方をしていないところに問題があるように思う。

 自分の積み上げた実績を「だから、こうなんだ!」と若者に投げかけても、ただ世代の違いとしてしか認知されない。
 「どうしたら心が通じるのか」と、そこに社会の先輩は心を痛めなきゃダメなんじゃないかと思う。

 昔の時代・・・先輩はみな優しかったように思う。
 今は、優しくしてたら自分の首が飛ぶ時代にでもなったのだろうか。
 みな孤独で孤立してキューキューとしている。
 どこかが間違っているとしか思えない。
 
 
 

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コメント

結局「いつも全力で走れ!」と言われている世の中のような気がする。携帯電話もパソコンも便利ではあるのだけれど、何か「人の生きる速度を上げただけ」のような気もしてきます。

投稿: マミケン | 2013.04.04 12:16

ほんとうにそうだと僕も思います。
速く走れる人もいれば、ゆっくりしか走れない人もいます。
いろんな人がいるのが社会なのに、速く走れない人は社会の落ちこぼれと言われます。
不器用な人や障がいのある人はダメだと言わんばかりの世相になっています。
気分は19世紀初頭の「機械打ちこわし運動」をしたいって気持ちですね。

投稿: ちょっと一休み | 2013.04.05 01:16

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