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2013.03.16

お寺の山門わきのさくら

3月16日(土) 亡き母の十三回忌だった

Photo

 木魚打つ音連なりてやまざくら (by一休み)


 もうそんなに歳月が経つかと思うと早いものである。
 母の十三回忌に妻と出かけた。

 山寺の山門脇の桜が満開だった。冬桜なのだろうか。今年は開花も早いとはいえ周囲の桜の木は一輪も咲いていない。
 ここだけがまるで亡くなった人たちの思いが込められたように咲いている。

 法要というものは家族や親族というものをあらためて思い起こさせる。
 小さかった甥や姪があっという間に成長し、久しぶりに会う兄たちもよくよく見ればシワも増え、頭も白くなっている。

 桜の幹から枝が分かれ、春になるとその枝の一つ一つに花がつき、その花も散ったと思うと青々とした葉桜になる。
 一年が過ぎて、また来年の今頃には満開となるのだろう。

 不思議なもので、お寺に来て、住職の読経と木魚ばかりが本堂に流れ、黙ってそれを聞いていると、この喧騒や悩みや苛立ちや・・・そうしたものが別の次元のように感じられる。
 そうして、何万回も繰り返される人の生き死にや、肉親という家族のまるで枝分かれする桜の木のような、そういう人間の遷り変わりに、ふと気が付くのである。

 本堂に位牌がある。
 その位牌に「家紋」がある・・・ということを、この歳になって気になった。
 「丸に三つ柏」だと思う。

 家族制度の名残だと、ほとんど関係なく生きてきたが、少し調べてみようという気になった。
 「カモン」という言い方はごく近年だという、「紋所」「家の紋」という言い方だったというが、なるほど「この紋所は目に入らぬか、ええい頭が高い、控えおろう・・・」というあの水戸黄門の「徳川葵の紋所である。

 まあ、そういうのは調べればいろいろあるだろうが、家紋というものにも何かしら意味が込められているのではないかということに興味が行った。

 紋のデザインもいろいろあるようで、植物や動物や図柄や、そのうちの柏餅の「柏」である。
 古代には食器の代用とされており「御食津(おみつけ)神」が宿ると言われている。
 柏は新芽がでるまで古い葉が落ちないところから親が子を守る、いわば子孫繁栄を意としてる。

 そういう解釈をネットで見つけると、これは農民の農民たるところかと思い、ちょっとおもしろいものである。
 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

我が家の家紋は「三ツ巴(みつともえ)」。でも、それに関したグッズは1つも持っていないなぁ・・・

投稿: マミケン | 2013.03.18 15:30

「家紋は何?」と妻に聞かれ、はたと困ってしまいました。
紋付や喪服などを新調するときに家紋がたしかにありますが、そういう物も古い文化の一つになりました。
ほとんど無縁な暮らしをしていますが、知っておいてもいいものだと思いました、なにせ家紋といっても何千種類もあるようですし、「柏」や「巴」もいろんな種類があって、ちょっと間違うと別の家系紋になってしまう。
まあ法要だから、そういう事も知る機会になりました。

投稿: ちょっと一休み | 2013.03.18 21:28

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