« 春の海 | トップページ | 春の雑草 »

2013.03.26

春の朝

3月26日(火) 俳句の風景 ⑤

 今晩はちょっと冷えるだろうという日だった。
 送別会で隣り合わせになった友人に「春の朝っていう季語の俳句ができないんですよ~」と言った。
 とてもいい短歌を作る方だったので、思わず話してしまった。
 春は寒さと暖かさがせめぎ合いながらやって来る。
 そのほんわかした雰囲気とまだまだやって来ないもどかしさの両方が早春の季節だ。

 翌日、友人のブログに「春の朝 マスクの下より 息をつぎ」という言葉が載っていた。
 きっと昨晩の問いかけへの応えだろうと思った。
 春といえど自転車通勤の早朝は寒い、マスクをすれば吐く息でメガネが曇ってしまうのだ。
 季節感のある句だなぁと頷いた。

 昨晩より少し暖かな朝だった。
 もう厚手の綿のシャツでは汗もかくだろうと、薄手のシャツに取り替えた。
 街を行く人の襟元のマフラーも見かけなくなった。
 春だなぁ~とつくづく思うのである。

 胸ボタンひとつ外して春の朝 (by一休み)


 
 とある俳句会に投句したものの風景を書いてみた。
 全部で6句作ったうちの5句で、あと一つは「蝶」という季題だった。
 これがまた出来が悪い。韻をふんでいない、言葉が空回りしていると送ったあと気が付いた。
 まあ春だから、ぼんやりしてたんだなぁ~、まあいいかと納得することにした。
 ランダムに蝶飛びてどこに行くというものだった。
 ヒラヒラと舞う蝶の宛所がない不規則な動きを見て、いったいどこに行くのだろうと思った句だった。

 思えば俳句って心の風景だと思って作ってるのかも知れない。
 季題があれば、過って見たり記憶したり想い出だったり、そういうものを季題にそって作ってるだけかも知れない。
 遠い過去の風景や、今その瞬間の風景や、こころに刻まれた苦い感情や、そういうものを自分のものとして表現できたらいいなと思っている。
 が、思えども表現する言葉が足らないとダメだなぁ~と、人の作った句を読むと考えさせられる。
 しかし、それは自分自身のことでしかない。

 何かを感じながら、生きている実感を言葉にできたら、俳句にできたら、「小さな幸せ」だと思うのだ。
 俳句を作ってみたらと勧めていただいた間宮さんには本当に感謝しています。

 (おしまい)

 
 

 
 

|

« 春の海 | トップページ | 春の雑草 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

17文字で幸せ感じられるとは・・・・ま~~~安上がり!!

「幸せ」とは本来「安上がり」な物なのです。「金のかかる幸せ」はどこか「マユツバ」と思って間違いない。

投稿: マミケン | 2013.03.26 14:01

ちらほらと 開き始めた 桜花 満開よりも 何度も見やる 職場の窓から見える枝をみるうち一句作りたくなりました。文字数の制約の中であれこれ思うのが楽しいですね。私は文字数しか考えません。胸ボタン・・・なんか色っぽい句では・・・。

投稿: 杉山 | 2013.03.26 21:22

間宮さんこんばんは。
幸せと不幸せは紙一重だと思っています。
幸せのなかに不幸せがひそんでいたり、その逆も・・・
ただ、そういうものを実感しようと努めているだけかも知れません。
「楽しい、幸せだ、辛い、不幸だ」そう書いてても、ちっとも楽しくないとか不幸せに見えない人もいます。
実感する力なのかも知れませんね。

投稿: ちょっと一休み | 2013.03.26 21:32

杉山さんこんばんは。
あの職場の窓越しに見た桜や紅葉の季節が懐かしいです。
「色っぽい」なるほど、そういう風景もあったんだ。そこを主題にすればよかった(笑)
そういえば、職場の若い子たちもそれぞれの新しい職場へと異動する季節のようですね。
「若い娘はいいなぁ、最近ほとんど話もしていない」と、喫茶店でお年寄りどうしの会話が聞こえてきました。
ははは、ちょっとわかるような気がする。

投稿: ちょっと一休み | 2013.03.26 21:45

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 春の海 | トップページ | 春の雑草 »