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2013.02.20

日差し

2月20日(水) ほのぼのと走る自転車なり

005

 「今日も冬の寒さが厳しい一日になるでしょう、ときおり雲が広がり、にわか雨又は雪になることもあります。冬の日差しは貴重なもの、洗濯などこまめにするのがよいでしょう・・・」
 と天気ニュースが流れている。
 朝からよい天気で日差しもさしこんでいた。
 民家の日陰になった田んぼに薄氷を見つける。

 今日はMさんと研修についての打ち合わせだった。
 貴重な日差しは自転車散歩に使うべしと思い、待ち合わせの港区に出かける。
 しかし、考えてみると「貴重な日差し」と天気キャスターは言ってたけれど、何十年と事務所の中の仕事をしていた頃は、日差しが尊いものだと余り思わなかった。

 こうして朝の薄氷に気が付き、きょうの日差しを気にしながらギコギコ自転車を走らせる暮らしになって、冬の寒さをゆったりと感じるようになったと思う。
 日々の暮らしに余裕があるからだろうか。

 片道13キロほどの道のりを走る。少し余裕をもって出かけたので、知らない道を選ぶようにして走る。
 風は冷たいけれど、この気持ち良さは冬ならではのもの。
 自転車通勤で職場に一目散で走ってた頃とは、また違うのである。

 「自転車でみえたのですか?」とMさんが言う。寒い日にわざわざ自転車でという意味だ。
 寒いけれど、貴重な日差しを受けながら走るのは寒さなど忘れてしまう。

 職員研修のお手伝いをすることになった。
 今どきの若者が何を考え何を仕事に求めているのか。やはり仕事の現場から離れると今という時代の雰囲気から離れてしまうような気がしてならないのが本当のところだと思う。
 しかたがないことだと思う。

 研修は研修を受ける人が、自分で自分を豊かにすることなので、そのモチベーションというか、自主性というか、そういうものを大切にするのが研修の大部分だと思う。
 その上で知識や技能の向上を習得するということだと思う。
 技術や技能・知識ばかり先行しても、とどのつまりは学校の詰め込み授業と同じである。
 学力が低下していると嘆くならば、大人の社会の研修も反省が必要だと思う。 

 「人に寄り添って生きる、人に寄り添って働く」
 そうした人間集団のあり方を問い直すこと。どんな職場でももっとも必要なことだと思う。

 まあ、そんな話をしながらMさんの企画に沿って、研修を進めることとなった。
 「一緒に議論して、いい研修にしたいですので・・・」とMさんが言う。Mさんから学ぶことはいつもたくさんある。

 穏やかな冬の日差し。寒さのなかのほのぼのとした陽光というわけだ。
 
  
 

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コメント

「教えること」は「2度学ぶこと」だと聞いた記憶があります。

自分でも無意識に「分かったつもり」になっていることが、いかに多いことか。それを自分の中で1つ1つ検証しないと、他人に「教える」ことはできません。

専門用語を使うことはたやすい。自分を頭良さそうに見せられるし・・・でも小学生に分かるレベルで説明できるか?難しいのは「難しいこと」を「簡単に言う」ことなのです。

投稿: マミケン | 2013.02.21 11:03

世の中には教える立場の人がいます。先生、師匠、コーチ、先輩、上司、年長者などなど・・・
僕は教える事など人はどれほど出来るのかと、昔から疑問に思っていました。
教えるなんて1~2割ほどで、実はほとんどが教えられることばかりだと思うのです。
伝えることはたくさん出来ます。うまくできなくて半分も伝えることが出来ない人もいます。
先生が教科を教えるとして、子どもたちが「朝飯喰ってきたか?」と顔色を見ることが出来なければ、教科書を説明して伝えることが出来ても、子どもから学ぶことが抜け落ちてしまう。
「先生、僕ら授業後ゲームするんよ、友達と」と教えてもらい、子どもたちの生活ぶりに寄り添うことができる。
教師はすぐれた生徒でなくちゃ勤まらないってことでしょうか。
研修も自閉症とか障がい特性とか難しい知識や方法などありますが、施設の先輩として職員に伝えることは出来ても、それ以上に職員さんたちの不安や疑問や意見から、学び取る姿勢がないと、研修を教える立場の人と職員との忌憚のない人間関係が築けない。いわば本音で語り合うことができないと、研修も飯のタネの一つでしかなくなる。
メンタルの病気が社会の人間関係を要因とする場合が多いと言われるが、これはいわゆる「教える人」に多く問題がある、経験と知識は上の者、年長者、経験者が多いのがあたりまえで、教えてやる!という顔しか出さないからだと。
僕は、己の能力や知識で、相手との優劣を付けたがる、勝負をしたがる人を「百科事典・専門書人間」と言ってきました、ひけらかすのは可愛いもんだが、相手を威圧する手段じゃあいけない。
そこには何もないのです。
だから、先生も生徒もコーチも選手も、相手から何を学ぶのかということが重要なのでしょう(とくに教える側は)
人は人から教えられることが大部分、教えることなんて僅かだ、伝えることはできても・・・そう考えた方が、人間関係というのは自然に築かれるのじゃないかと思っています。

投稿: ちょっと一休み | 2013.02.22 01:59

YES I WILL.

投稿: マミケン | 2013.02.22 10:41

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