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2013.01.07

記憶のあいまいさ

1月7日(月) 新年の親戚会(新年会)

 新年会や忘年会という名の宴会は退職を境に激減した。
 激減してみて、あれほど「職場の義理」のようなものに閉口することもあった宴会がないというのも、ちょっと淋しいものだと思う。
 まあ、社会との関わりが薄くなるということだから、そういうことだ。
 
 昨日、親戚の新年会があった。
 親戚といっても両親は他界してるから兄弟で開く新年会だ。
 四人兄弟で一人も欠けずに元気で暮らしているという事の確認みたいなものである。

 その兄弟の子どもや孫が集まると賑やかしいが、子育てや仕事の話など、話題の主は子どもたちの方に移って行く。
 仕事真っ盛り、子育て奮闘中・・・パワーが溢れているのは子どもたちで、それも当然だろうか。
 世代交代というのは、職場だけじゃなくて親族関係にも、こうして現れるものだと思う。

 親の話になった。
 満州開拓団にいつ頃行ったのか、親の結婚のいきさつは「大陸の花嫁」だったのか、開拓団の名前と所在地は、シベリア抑留となった亡父の帰還の日は・・・・

 そういう一つ一つのことがらは、親が生きてた頃に四人も息子がいたわけだから、どこかで聞いてると思うが、年々歳々、記憶がみな曖昧になってくる。

 記憶力が減退しないうちに、きちんと親が生きた過程、長野県の満州開拓団員として、戦前の時代をどのように生きたのか、調べて記録しておかねばと思う。
 「長野の役場には、満州開拓団の資料が残ってるのでは?」と兄がいう。

 兄弟がボケて記憶が消されてしまうまえに、そういう親の生きた道を調べて、そうして長男の生まれた中国のかっての「満州開拓団」の土地を訪ねてみたい・・・という話になった。
 長男以外の三人は日本への引き上げ後に生まれているが、「満州開拓団」の歴史を生きた親がいて、自分たちがいる。

 両親亡きあとも、そういう話題は子どもたちの心に残されている関心事というわけである。
 男ばかりの兄弟だが、こうして元気にみな今の暮らしを話すことができるのは喜ばしいことだ・・・
 という新年会であった。
 

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コメント

小説「満州開拓団」ぜひ実現してください。歴史は言わば勝者の都合いいように書かれた物ばかりですから、民衆の立場の「歴史記録」は、ある意味貴重です。自分のルーツを探る旅でもありますが・・・

投稿: マミケン | 2013.01.08 12:03

「満州開拓団」と言っても、中国の農民の土地を安く買い上げて、その農民は未開の痩せた土地に追いやった。
開拓という名の日本の侵略政策だったわけですね。
そういう歴史のなかで、日本農民は敗戦を迎え、苛酷な引き上げをするわけです。
歴史に翻弄されるとは加害者にも被害者にもなる、そういうことをどう考えていたのか?こういう話を両親とも出来ればよかったと今は思っています。

投稿: ちょっと一休み | 2013.01.09 23:39

沖縄・ひめゆりの塔での生き残りのおばあさんの話でも、「苦しいから、あの場所には立ちたくない」「思い出したくなかった」と言います。僕たちもそうですが、本当に苦しかった過去を思い出すのは苦痛でしかないはずです。

それを聞きだすのは「聞く人の誠意」が問題になってきます。これは老人の介護以上に大変な作業になると思います。

投稿: マミケン | 2013.01.10 09:58

僕は男ばかりの四人兄弟だが、その上に満州で亡くなった三人の子がいて、本当は七人兄弟だったのです。
中国残留孤児の肉親捜しが始まった頃、「上の三人は残留孤児ってことはないよね?」と聞いてしまった。
「もしかしたらそうなってたかも知れないけど、病気で死んだのよ」と母親は言っていた。
肉親だから言える言葉もある、肉親だから言えない言葉もある・・・
あの頃は若気の至りだったと思うのですが、もし今だったら果たしてそんな言葉が出ただろうかとも思うのです。
でも、きっと歴史の辛さも含めて、話を聞くだろうな。

投稿: ちょっと一休み | 2013.01.11 00:54

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