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2012.10.17

雨の日は、雨に負けるもよし・・・

10月17日(水) ナマケモノ人生です

 何日かぶりの雨が一日降り止みません。
 これじゃあ、近所の田んぼの稲刈りもないだろうし、愛犬の散歩も、たたたぁ~って、脱兎のごとく帰りたがります。(脱犬のごとくか?)

 カラスもスズメも人間も、どこかに雲隠れしたように姿はありません。
 おまけに、家族は宴会日だと言うので、ほぼ一日一人自宅に籠って過ごす日です。
 仕事に就いていたら、「雨だ客足は遠のくからラッキー」などと思うであろうが、一人過ごす自宅では玄関の愛犬相手にぶつぶつ呟くくらいなものです。

 ・・・が、それはそれで愉快な一日です。
 洗濯に掃除に食器洗いに買い出しに、家事ってものはやってれば、これは立派な仕事です。
 ただ給料は入ってこないが、労働というものは人間が何かに働きかけることですから、すべからず前向きに考えるべきでしょう。

 しかし雨降りの一日です、夕方過ぎには大雨警報もでて、大粒の雨が唸りをあげます。
 祭りの太鼓のようなものです。
 おお、一人淋しく愉快に過ごすわたくし目への激励であります。

 図書館で自転車本ばかり5冊ほど借りていて、次から次に読みまくります。
 絵とイラストが多い本はあっという間ですが、図書館本はちょっと古いから、新情報はありません。
 資本主義はいけません。
 商売熱心のあまり新商品を洪水のように市場投入して、善良な市民の購買意欲を刺激します。
 たかだか数年前のものが、もう市場では姿を消してしまいます。

 そういえば、先日ケイタイを落として壊れたカバーを買おうとしたら、もう商品棚にほんの僅かしかありません。
 消費しろ!消費しろ!消費しろ!ってことでしょうか。
 まったく馬鹿馬鹿しい市場経済の姿ってもんです。

 一日、本を読みながら寝て暮らした日です。
 ナマケモノになった気分が、清々しいから、僕の本性は怠け者だと思いました。
 いやいや前世がナマケモノだったかも知れませんし、なにかピリピリと緊張して生きるよりも、グータラ人生のほうがよっぽどいいです。

 だから娘が「嘘つきで約束守らない人には困る!」と嘆いていたけれど、困り者はどこにもいるし、そのおかげで迷惑もかけられるだろうけれど、ぴしっとスーツを着込んで高級車に乗って上品な顔立ちしながらゴルフに明け暮れながら、その腹の中は真っ黒で自分の損得勘定ばかりしてる人よりは、なんと人間らしいじゃないかと・・・

 そう言ってみましたが、怠け者だからこそ見えてくる人生観なのかも知れません。
 雨ニモ負ケテ、風ニモ負ケテ、アラユル人カラ落チコボレト言ワレ、それがたかだかナンボのものだと。
 そういうふうに人生は開き直って生きるのが、ナマケモノの神髄だと思うわけです。
 生きてることが愉快だと思う雨の日です。

 

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コメント

漫画家水木しげるのモットーは「もっと怠け者になりなさい」だった。彼らしいユーモアだなぁ・・・でもゲゲゲの女房に言わすと「彼はいつもまじめに仕事して」となります。

人間は本来怠け者。でも産業革命以来、大量生産、大量消費しないと回転しない世の中になってしまった(広告もその1部です)。

近年はオフィスまでオートメーションになって、そのせいで人々の心が蝕まれている。だいたいコンピュータなんて、速度が人間の処理能力を越えているのです。オリンピックで「速いのが偉い」なんて世界中で宣伝するもんだから、全人類が勘違いしている。「遅いのも素晴らしい」と宣伝しなければ。

僕は「100mを10秒で走る奴」なんて、ゆとりがなくて嫌いです。「100mを1時間かけて見れる奴」の方がすきだなぁ・・・あせってる奴にはそんなゆとりある行動はとれないに違いない。ははは。

投稿: マミケン | 2012.10.18 11:16

ははは、さすが木場公園で一番遅いランナーを自認してる、いやすることが出来る間宮さんらしいですね。とても共感できます。
まあ、ナマケモノも危険を察知すると名前に似合わず機敏に行動するらしいから、彼らの生き方はけっこうバランスが取れていると思います。
人に褒められたい、だから人より早く優秀で能力があって・・・そういうふうに思う人が、これまた競争社会のなかで社会に入って行く、けれど社会はドロ沼の競争だから、いつかは追い抜かれるのですね。
そういう人が歳を重ね「すぐ切れる老人」になったりします。
心の優しい方はこの現実の苛酷さをまともに受け止めるざるをえない、だから心の病気にもなるわけです。
僕は自信を持って言えることですが、心の病は気持ちの弱さではなくて、ピュアな人の心を理不尽に受け付けない社会や組織の無理解に原因があることが多いと思っています。
社会も組織も、できる奴できない奴、そういう人すべてを構成員として考えないから、排除するんですね。
まあ、資本主義ってものの本質なのでしょうが。
だから、そうした方々(ははは僕もそうですが)は、もっと怠け者になってしまえ、いいじゃないか出来損ないで、まず自分を肯定するところからだよなぁ・・・そんなふうに思っています。

投稿: ちょっと一休み | 2012.10.18 23:05

俳句会なんかで「俳句はヘタだから」と言う人は、総じて「勝ちたがり」の人が多い。全員に褒められようとしている。だいたいが、100人いて100人が拍手するなんてことはありません。拍手なんか誰もしないかもしれない。「でも、僕はこれが作りたかったんだ」そう主張することこそが芸術であって、それが高く売れたかとか、みんなが絶賛したかなど、自分にとって本来はは何の関係もないはずです。

黒澤映画「醜聞(スキャンダル)」で、冒頭山頂で三船敏郎が若手画家。彼の絵を見た農民が「こんな山は見たことない」と言われる。三船は言う「いや、僕の頭の中にはこんな山があるんだ。君は自分の女房を可愛がる時、人に相談するのかい?」元二科展に入選した画家だった黒澤ならではの言葉です。

投稿: マミケン | 2012.10.19 15:55

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