« 旅と地図 | トップページ | 土用の丑、猛暑に向かう! »

2012.07.25

文庫本

7月25日(水) 夏本番ですねぇ~

 朝からジリジリと照りつける太陽、蝉の声も聞こえはじめ、夏ですね。
 こんな日は、屋内で家事労働に精をだしていても、汗をかきます、大汗です。
 夏だからしかたない・・・というよりも、「暑い暑い」と言いながら、暑い日本の夏を楽しむほうが健全だと思いますね。

 今日のような暑い日の昼食は冷やし中華、蕎麦やひやむぎ、そうめんなど、喉ごしの良いものがいいが、薄焼き卵をつくり、ハムを細切りにし、トマトを加えた、冷やし中華を作りました。
 昔は面倒なことはさけ、昼食なんか手軽な外食でと思っていたが、なぜか自分で作ることに精をだしてるこの頃です。宗旨替えのようなものです。

 そんな昼飯を食べ、もっとも気温が高く、もっとも熱中症が心配される午後、所要で銀行に行くと、ほとんど客はいません。
 暑いから、お年寄りは敬遠する時間帯です。おもしろいので、人出を観察してみました。
 ブックオフ:ほとんど学生さん、立ち読みもコミック本に集中していて、文芸書など人の気配なし。
 図書館:夏休みとあって小学生の親子連れが目立つ、お年寄りも意外と多い。何よりも目をひくのは、クーラーの効いた無料の休憩所の利用者(と思われる)、路上生活してる方もこの暑さの避難場所。図書館なんていろんな利用のされかたがあっていいと思うので、それもよし。
 公園:小さな池があり、亀が甲羅干ししていた。炎天下の午後の公園も意外と人がいるもので、木陰に入れば思ったよりの過ごしやすいものです。

 さて、僕は外出時はいつも文庫本を持ち歩いています。
 この文庫本っていうのは江戸時代から「豆本」のようなものとしてあったようですが、今のような文庫本スタイルが定着したのは、昭和50年ごろらしいですね。
 もちろん岩波文庫(昭和2年)が先駆者じゃなくて先駆本らしいが、お世話になった「角川文庫」や「新潮文庫」などの定着は戦後のようです。
 じゃぁ、外国にはあるのかというと無い、文庫本は日本固有のA6版のようです。

 今では文庫版のコミック本が所狭しと書店を占領し、単行本もいずれは文庫本になります。
 時代はどんどん変わり、文庫本しか生き残らないのではとすら思われる状況です。
 そういう僕も、読書といえば最近はほとんど文庫本です。
 手軽に持ち運べるのがいいが、なによりも寝ながら読書には、この軽量さがいいのですね。
Img037

 五木寛之の「親鸞」を中断して、親鸞関係の本を読み始めました。
 「悪人正機」「他力本願」この二つの意味を知りたいと読み始めて・・・読書なんてものは、いろいろ寄り道するものです。
 今年の3月に亡くなった吉本隆明という人の本にちょっと寄り道しています。
 まだ10代の終わりのころ「共同幻想論」とか「言語にとって美とは何か」といったものを読んで以来、何十年ぶりです。
 この著者は政治的な発言もしますから、いろいろ批評もされてるところです。
 まあ僕は「サヨク」とか「ウヨク」とか、そういう区分で読む読まないを決めるのは好きじゃないのです。

 もっとも当時は「固有事との対話」っていう詩編は好きで、論理的な著作はほとんど理解不能でした。
 今年87才で亡くなったわけですが、晩年は「老い」にも言及していて、戦後の著名な思想家と言われる人の文化論に面白さを見ることができます。
 というわけで、親鸞からちょっと吉本隆明に寄り道して、また親鸞にもどるつもりの読書です。

 いろいろ読んで、その内容も読んだ傍から、何処かに飛んでしまうことも少なくありません。
 僕は記憶力も理解力もそれほどあるとは思えないのですね。
 いや、何が書いてあるのかというよりも、今の世の中、今の自分の考え方と照らし合わせながら、必要なものだけを心に残すようにしています。
 それが本に書かれた核心のうちの、ほんの1パーセントのことであっても、その方が自分の読書としては正解だと思うのです。
 つまり、読書ってのは、読む人の問題意識以上のものは、読み解けないと思っているのです。
 まあこれは本に限ったことじゃなくて、文芸、絵画、俳句、詩・・・人生だってそうでしょうね。

 暑い夏の日本、原発の事故調査報告書が出され、分厚い何百ページの報告書に書かれた内容が、国民の生存権に関わるものとしての責任の重さがあるのか?真偽のほどはよく分かりません。
 
 
 

|

« 旅と地図 | トップページ | 土用の丑、猛暑に向かう! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 旅と地図 | トップページ | 土用の丑、猛暑に向かう! »