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2012.07.22

旅と地図

7月22日(日) 地図は眺めるのが愉しい

 地図は眺めるのが愉しいもので、自分の部屋の一角に名古屋市と近郊のものと中部地方のものと2枚が貼ってあります。
 地図は旅に出かける必需品なのですが、それほど旅に出かけることも多くない今の暮らしの中では、貼られた地図を眺めて、町の位置や道路や鉄道などを「ふんふん」と見るのが面白い。

 海に面した町の形状や山に囲まれた村々にも、さまざまな人たちが暮らし、スーパーや駅や人が毎日流れるように動いている様子を想像するのは、僕の一つの愉しみになっています。
 ならば、そういうところに出かければいいじゃないかと思うけれど、きっと日本中の多くの町の風景なんて、どこでも同じような姿になっているのだろうとも思うわけです。

 どうも「億劫でかなわない」と、あまり行動的でもない僕は、この日常の生活圏から気楽に出られないのが、こんな地図を眺める愉しみに結びついているのかも知れません。
 今は貼ってある中部地方の地図は縦1メートル横70センチほどのもの、小さな部屋の壁の多くの部分を占領しているが、これに近畿地方と中国地方のものを重ね貼りしてみようと思っています。

 そうして、何気に眺めるのが面白いと思っています。
 そういう町や地形のイメージが膨らんで、それからどこかに出かけてみるのが楽しそうだと思うわけです。
 僕はこの歳になっても外国には一度も行ったことがありません。

 むしろ、子どもたちのほうが、はるかに行動的で、おそらく地図を眺めるよりも、その目で見て確かめることのほうが楽しいようです。
 欧州の「ロマンチック街道に行きたい」「イタリアの街並みが見たい」と妻はいいます。
 でも、なぜか僕は外国に行くよりも、日本の知らない土地に行きたいという思いの方が断然大きいのです。

 おそらく、変わり映えのしない日本の町でしょうが、たとえば山口県の日本海に沿った町あたりを、ぶらぶらと歩いて(自転車で)みたいなどと思うのです。
 金子みすヾの童謡詩を読んで、じゃあどんなところで育ったのかと思い、高杉晋作や吉田松陰の松下村塾はどんな風景だったのだろうと思い、種田山頭火の生まれた故郷は・・・
 そういうふうにしか、どうも行きたい日本の町が思い浮かばないのです。

 これは、「旅」ということでは、いささか了見の狭い、狭小な発想でダメだとも思うが、とにかく、そんなふうに読んだりした人物に関わる日本の見てみたい街や風景は、いっぱいあるので、国内の行きたいところのは困りません。

 そうすると、とてもじゃないが外国なんて手が回らない、ただでさえ、この日常の生活圏でうろうろしている僕のような輩は、まず、日本地図を眺めて、あそこは誰それの・・・と、そんなのが関の山になっています。
 早期退職して、比較的時間の制約もなくなった今とはいえ、「退職したら・・・」そういう、区切りを持たない僕は、やっぱり、これまでの暮らし方の延長線上でしか、どうも考えられない。これは弱点だなぁ。
 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

その気持ち分かります。退職したら、愛犬を連れ、夫とあちこちを旅するのが夢です。テント持参で、自転車も積みたい。でも、NZで数回、何ヶ月か過ごした息子が、あの自然の広大さはすごいと語ってくれたセリフも忘れられなくて、ツアー参加じゃなく行ってみたいなぁ。せっかくの人生だから、いろいろ経験してみましょう。

投稿: 杉山 | 2012.07.24 00:41

仕事をしていた頃は、退職したら出来ることをあれこれ考えていました。
そして早期退職して、生活環境が激変して・・・ちょっと待てよ、楽しい事ばかりでもないと思うようになってきました。
老人という域ではないが、退職というのは早期高齢者問題の入り口だなぁ~と考えているところです。
まあ、しかしある程度、自由に暮らせるのもきっと今じゃないかと思うと、やりたいことをたくさんやる。
飽きるほど読書をしたり、飽きるほど自転車に乗ったり、旅に出たり、つまり一瞬一瞬という短いスパンで暮らして行くのも大切かなぁと思うのです。
身体的老化と精神的解放のギャップがやってきてじわじわと拡大して死ぬまで続く、退職後の多くの人が抱える問題ではないかと・・・
あはは、こんなふうに考えるのが老人性うつ病なのでしょうね。

投稿: ちょっと一休み | 2012.07.24 01:09

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