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2012.06.20

三昧(ざんまい)

6月20日(水) 二宮金次郎像と「竜馬がゆく」

 梅雨の中休みというか台風4号が去って、ちょっと晴れ間になった。
 明日からは、また雨模様となるようだ。
 雨が降れば、せっせと読書に励む。これを称して「読書三昧」というが・・・
 いや、ちょっと違う「三昧」とは、「集中してことにあたる」というらしいから、やっぱり違う。

 最近、愛犬ポン太の散歩の途中で、近所の小学校の校庭の生垣に二宮金次郎像があることに気が付いた。
 少々小ぶりだが寄贈者の名前も彫られ、まだこんな石像が残っているのだと。
 過って僕が通っていた小学校の中庭に、大きな二宮金次郎像があったのを思い出す。
 薪を背負い、一心に読書する、あの像である。
 儒教の教えなのか「勤勉であれ」と、たしかに「道徳」の時間で習ったような気がするが、今の小学生にしてみれば、行きたくもない塾に通いながら、一心にゲーム機に心を奪われる姿に似ているよにも思える。

 勉強など好きでもなかった僕は、この金次郎像を見ても、とくべつ感慨もしなかった。
 「勤勉」であることがそれほど素晴らしいとは思えなかったし、そんな勉強よりも、童話を読んだり、月刊漫画雑誌「少年」を、貸本屋で月に一度借りて読むほうが、よっぽど楽しかった。

 今でも、僕は勉強というのが嫌いである。
 嫌いだから、どうしても調べなきゃならないような事があると、ギリギリ最後の最後に観念してやり始める・・・というのが常套であり、「スキルアップ」や「自己研さん」などという文字も好きになれない。
 少し前に流行った「品格」という言葉や「〇〇のための何か条」といったたぐいの本なども、きっと読みだしたら5分ともたずに瞼が閉じてしまうだろうと思う。

 つまり、二宮金次郎的な生き方は僕の人生ではありえないのであって、そのおかげかどうか、ほとんど上昇志向、出世欲、名声欲・・・とは無縁な生き方だったように思う。
 この「欲」の持ち方知らずのおかげで、本を読んで勉強するよりも、好きな本を読むことに没頭できたことは、幸いだったように、この歳になって思っている。
 まあ、別な言い方をすれば「落ちこぼれ」なのである。(笑) 

 さて、このところ読んでいる司馬遼太郎の「竜馬がゆく」も4巻目に入った。
 いよいよ佳境である!といえば聞こえがよいが、佳境もくそもない。
 明治維新を知りたいをけじゃないし、竜馬の生き方に感銘しているわけでもない。
 ただ、面白いのは100人いれば100人の生き方がある。
 その中のいろいろな人生を「竜馬がゆく」を読みながら想像できるのが面白い。
 あのNHKの歴史ドラマを見ていたら、また、今とは違った観念が先行していたかも知れないとも思う。

 読書三昧の最近である。
 「司馬遼太郎を読んでるんだ」と友人に言うと「いいわねぇ、時間があって」と。
 たしかに、退職を契機に読書時間は増えたのだが、サラリーマンでなくなった人間の特権である。
 と言っても、何も暇に任せて読んでるわけじゃない。
 洗濯に掃除に買い物に大工にと家事もたくさんある。
 つまるところ、読書の合間に家事をやってるというほうが正確かも知れない。

 しばらくは司馬遼太郎的歴史観のようなものを、できるだけ多く読んでやろうと、またしてもブックオフで何冊か仕入れてきた。
 どうせ読むならとことん読んでやれ、という心境である。
 僕のような遅読な輩は一冊読むのにもけっこう時間を必要とするが、呆れるほど読み続けてやろう!と思うのは、それはそれで納得できるものがある。

 「三昧」というのは、余暇に任せてすることとはちょっと違うような気がする。
 ただただ、しつこいくらいに物事に入り込むことのような気がするが、それが何に役立つかなどと考えてしまうと、ああ、あの二宮金次郎になってしまうと思うのだ。
 
  
 

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コメント

確かに「それが何に役に立つ」と思ってしまうと、楽しいことも急に色褪せてしまいますよね。我々、真面目な日本人の悪い癖(?)でしょうか。

『読書』は知識を増やすためでなく読むこと自体が楽しいからという一休みさんの考え、なるほどです。

投稿: feliza | 2012.06.23 19:21

旅を一緒した友人と小説や映画の話になりました。
その友人の懐の広さや人権感覚の豊かさにはいつも凄いなぁと思っていたのですが、小説や映画も読んだり見たりしているものの多いことに圧倒されました。
もちろん、多く接すればいいわけじゃないけれど、この人はそうやって人の心の多様性を学んだのだなと、まあ僕は納得できたんですね。
どうも「学ぶ」というのは一直線ではないようです。楽しく読んだり見たりしてれば、そのうち何か見えてくるだろうと、最近は思っています。

投稿: ちょっと一休み | 2012.06.25 00:34

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