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2012.06.11

田植えと蛙と猫の声

6月11日(日) 平凡であり非凡である日々が過ぎて行く

 「世に棲む日々」(司馬遼太郎)3巻目も終をろうとしている。
 長州藩、高杉晋作の話に物語が移ってきた、いやはや型破りな生き様のようだが、この「型破り」という姿に、今日のような鬱屈した社会への清涼剤のような清々しさを思ってしまうのはなぜだろう。
 不透明でギスギスした社会から、精神だけでも解放されたい・・・という気持ちの表れなのか?

 しかし、人間の感情のなかに燃えたぎる「情念」の世界を歴史小説として書いたのが杉本苑子の小説ならば、司馬遼太郎の小説はその情念を理路整然と、あるいは淡々と浮き立たせている小説のように思う。
 しかし、歴史考証や文献や舞台となった地理などを、丁寧に駆使した小説はおもしろいものだ。

 近所の田んぼの田植えも終わり、苗の合間にいるだろう蛙の鳴き声が一段と大きくなってきた。
 蛙の大合唱に合わせたように、最近増えたノラ猫の、これまた鳴く声が、深夜に響き渡る。
 騒々しいものだと思う日もあれば、ああ、人も動物も植物もみな生きてる証左だなと思う日もある。
 毎年の恒例の命の大合唱だ。

 知人の訃報のお知らせが届いた。
 僕よりも3つも若くして亡くなられた。
 人の命は儚いものだろうか、それとも万物が流転する、そのうちの一つの事柄だろうか。
 どちらにしても、笑顔で談笑した頃を思い出す。ご冥福を祈るばかりだ。
 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

自然がいい感じで残っている場所にお住まいですねぇ・・・

投稿: マミケン | 2012.06.13 12:35

田舎暮らしなら当たり前のことも、都会では貴重な風景ですねぇ。
田んぼがあれば、蛙もアメンボウもザリガニも・・・それを狙うカラスもやってきて、生命の連鎖を感じます。
もっと言えば、網をったた人間の子らもやってきて、それはそれは楽しい風景が見られます。
ははは、田んぼのザリガニがこの歳になっても見られるなんて、幸せなもんです。

投稿: ちょっと一休み | 2012.06.13 22:04

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