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2012.04.27

カタログ・パンフ・取説

4月27日(金) 情報紙誌の遊び方

 昨年から「通〇生活」という情報誌を購読している。
 通販で何を買おうと言う目的もなく、僕にとっては読み物の一つで、一冊180円という安さが購読する気にさせた。

 週刊マンガ雑誌よりも安い。
 通販で一度何かを購入すると、以降時々カタログ紙が送られてくる。妻や娘のカタログ紙も合わせるとけっこうな重量のリサイクル紙となっている。
 情報を提供し購買意欲を刺激する狙いのこれらだが、こうした紙面を作るにも、何人ものプロたちが切磋琢磨しながら作り上げているのだろう。
 しかし興味のあるものは見るがそうじゃなければ、紙屑そのものでしかない。

 最近、飽きるほど車のパンフレットを見ている。
 もう、買い替え車は決めてしまったが、あれこれと数種類のカー・パンフレットをまじまじとみている。
 最先端の装備の現状もわかる、何が消費意欲をそそるのか、それも何となくわかる。

 が、僕が面白いと思うのは、車のエクステリアやインテリアのフォルムだったり色使いだったり、そうしたもの。
 物の形や色は写真を見ていても飽きない。
 なぜ、この形状にするのだろうか?なぜ、ここにこの配色を使うのか?と、作る側のコンセプトのようなものを想像して、これはいい、これはだめだと勝手に評価したりして・・・

 カー・パンフレットの写真と実物のフォトを見比べていて分かった。
 パンフ写真はもっともそのデザインが生きてくる角度でしか載せない。
 なので、試乗車のフォトなどは?と思うものも少なくない、つまりパンフの写真はもっとも洗練されていて、路上を走る車は、見たくない余計な一面も映ってしまうのだ。

 車はパンフレットで見るのが一番だと痛感してしまうから、さてさて、実際の購入車が届いたら、案外別物の感覚になるかも知れない。(つまり、車に特別な趣味のない僕は試乗も実物も見ていないのだ)
 カタログやパンフや取説や・・・こうしたものからは情感とか情緒というものは、およそ伝わってこない。
 情報を伝えるのが主だから。

 かって、ある時期僕は家電やパソコンの「マニュアル」しか読まない時期が何年か続いたことがある。
 無味乾燥な図解や操作方法やそうしたものが癒しになっていた。
 今から思うと不思議なことだが、読めば読むほど、確かな知識が蓄積されて行くような思いだった。
 人との不確かな関わりに、ほとほと嫌気がさしていた頃だったと思う。

 ある意味「倒錯した」暮らしかただったのかも知れないと思うが、今はもう、こういうパンフやカタログや取説も、それなりに楽しもうと思えば楽しめる代物になっている。

 まあ、読み物として考えれば、小説もマンガ雑誌もパンフも取説も、みんな同じってこと。
 読む側の問題意識だけが楽しくもつまらなくもするものだと・・・同列に置いて考えている。
 

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