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2012.03.14

昼飯

3月14日(水) 美味いと思うこと

 上手なカツ丼の作り方の番組があった。
 何事もその道の修行をしてきた人というのは、なるほど!と思わせるものがある。
 さっそくスーパーでカツを買ってきて、そこから調理に挑戦してみた。
 卵のとろりとしたふんわり感が出せない、こんなものはまるで商売品にもならない。
 といって、商売どころか家族にも不満の3つ4つは言われるに違いないと思う。

 自分の昼飯ぐらい、自力で作らねばおもしろくない。
 試行錯誤する過程をおもしろいと思うからやれるのだが、これを義務付けられた食事係として作るとなれば、きっとおもしろいなどと言ってられないだろう。

 このところ、施設で障がい者と同じ食堂で昼飯を食べることが増えた。
 僕は実に美味いと思う。
 特別に腕の良い調理人がいるわけでもなく、特別の素材を使ってるわけでもない。
 むしろ、一食300円という安さからしても、材料費だけなら自分で作る昼飯のほうが、よっぽど高い。

 野菜が豊富なんだろう、品数が多いのだろう、大量に作るからいいのだろう。
 いろいろと思いめぐらしてみて・・・思った。
 食堂という場所で、皆が食べている。
 障がいを持った方たちだから、奇声も多動もあって、実に賑やかなわけだ。
 食べるという行為は、一律どんな人でも嬉しいものであって、それを場所も時間も共有している、その事実が美味さの真実なのかも知れない。

 先日、映画「恍惚の人」を見た。011_movie_031
 有吉佐和子原作のベストセラー小説を映画化したもので、森繁久弥の認知症の義父役と高峰秀子の嫁役のリアリティある演技が素晴らしかった。
 1973年の映画であっても、まるで現代の認知症家族の現実を描いてあるかのようだった。

 認知症の方が食べることに執着を見せるのは、人間の根源的な欲求であるとしても、食べることの楽しさが長い暮らしのなかで、記憶に焼き付けられた行為になってるからだろう。

 もしも自分が認知症ならば・・・と考えると、やはり食べることに関心の多くがいくと思う。
 大人になって昼休みの限られた時間のなかで、追い立てられるように昼飯を食う。
 それでもやはり楽しいものだが、子どもの頃の記憶のなかには、もっとそれ以上に鮮明な楽しさ嬉しさが残っている。

 美味いと思って食べられること、そういう環境や条件を失くしてしまうことは、なんと愚かなことだろうと思う。
 そういえば、過っての職場で公園の片隅でいつも一人弁当(だと思うが)を食べてる人がいると聞いたことがあった。
 ときには、そんな昼飯もあっていいが、やはりワイワイつまらぬ談笑をしながら食べるほうが美味いと思う。

 食べられる幸せ・・・もし、そういうものを考えるとしたら、集団の中で楽しく食べられるということだろう。
 お年寄りの給食会や障がい者の給食、ただただ食べることとは、一味も二味も違うものだと思う。

※写真はNHKBSプレミアム「山田洋次監督が選ぶ日本の名作100本」よりお借りしました。 http://www.nhk.or.jp/yamada100/index.html 

 

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コメント

父は救急病院から3か月くらい預かってくれそうな一般病院のベットに移りました。奇跡的に回復して実家に帰ってくれればいいが、今ひとり生活をするのは無理なようだ。オヤジさんは家に帰りたがるだろうが、24時間だれかが付き添うのを考えると、老人ホーム生活に慣れてもらうしかないのかなぁ・・・

この映画の写真を見て、オヤジさんを思い出しました。

投稿: マミケン | 2012.03.16 16:20

順調に回復されて良かったですね。
とはいえ高齢のお父さんの一人暮らしは、ヘルパーをつけても心配ですね。
僕の尊敬する小林ハルさんは73歳で老人ホームに入り103歳まで生きられました。ホームでは最後まで自分の出来ることは自分でされてたといいます。
家でさいごまで暮らしたいと僕も思っています、けれどもケアする人の難しさを考えると、老人ホームも暮らす場所だと、最近は考えるようになりました。
仕事でちょっと認知症かかったお年寄りを訪問したおり、「みなさんが親切にしてくれるので嬉しい」と言われたことがあります。親切で楽しく暮らせる特別養護老人ホームでの暮らしも、それはそれで一つの暮らし方なんでしょうね。

投稿: ちょっと一休み | 2012.03.17 23:56

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