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2012.02.08

時間のながれ

2月8日(水) 忙しい、忙しい、忙しい

 慌ただしい朝の出勤時間。
 「遅刻しそうだから駅まで送って欲しい」と頼まれる。
 駅までほんの5分くらいの道のりは、忙しく足早に出勤する人々がやたら目につく。
 わきめもふらずに、一目散に地下鉄の穴のような入り口に駆け込んでゆく。

 チャップリンの映画「モダンタイムス」の始まりのシーンは、足早ではないが、ひどく暗い表情で工場に向かう労働者の群れであるが、それと何も変わっていないのが、21世紀の日本の労働者群像だと思う。
 そういう自分だって同じだった。

 始業のチャイムが鳴って、次から次に押し寄せる来客と、終わりのない事務仕事に朝から晩まで、追われていたのが実態だった。
 「時間は作るものだ!」と、「能力は開発するものだ!」と忙しさに追われまくる労働の実態を知らない人は言う。
 さらに輪をかけて、失敗やミスや他愛もない間違いも寸分も許さない完ぺきな労働が要求されると、ほとほと疲れも溜まる。

 サービス残業が常態となって、「パート労働のほうが責任がなくていいわねぇ」と思うほど、正規雇用労働の密度が高まっている。
 もっとも、そのパート労働だって、ワーキングプアで「働けど働けど・・・」という惨めな低賃金状態なのだ。

 国会中継を見る機会が多い。
 社会の実態とかけ離れた伏魔殿の世界のような議論が中継される。
 世の中の真実なんて簡単明瞭だと僕は思う。
 簡単明瞭な事柄を複雑怪奇にさせて煙に巻く・・・、簡単明瞭でないのはこの国に暮らす人々の多様な暮らし方のほうだが、こちらの方は、いともたやすく「我慢」を強いる。我慢ですまない人もいるのだ。

 つまり、誰の利益のために政治があるかということだが・・・消費税よりも累進課税を、原発よりも再生可能エネルギーに転換を、働いて社会を支える人々への富の分配を増やす。
 僕は社会の考え方は簡単明瞭だと思う。
 けれども、あのチャップリンの機械工場の時代と何も変わらない現代。
 忙しく働いて、疲れ切って、たまに酒を飲んだり、憂さ晴らしをしたりする余裕のない社会。

 駅のホームに大きなトランクを提げて男が立ている。
 白い煙を吐きながら蒸気機関車が入ってくる。
 自動ドアもない乗降口から客がゆっくりと降りる。ゆっくりと。
 慌てる様子もなく、男は列車に乗り込む。
 行く先のあてない男は、どこに向かうのだろうか。

 「男はつらいよ」の一つのシーンである。
 この映画を見ていると、旅姿だけでなく、団子屋「とらや」、帝釈天の参道、江戸川の堤防道・・・みんな、時間がゆっくり流れている。
 あのタコ社長の印刷工場でさえ、忙しく職工さんが働いているのだが、たしかに時間の流れは緩やかなのだ。

 今は、そういうゆったりと流れる時間がどこかに行ってしまった。
 貧しさとは、貧困とは、格差社会とは、そういう暮らしに表われている。

 娯楽映画が全盛である。ミステリー小説や自己啓発本の類が売れ筋である。
 端末情報機器が売り上げを伸ばし、ゲームの世界に没頭する姿が多く見られる。
 「なんでこんなものが流行るのだろうか?」と妻に話すと。
 「簡単に、気楽に楽しめるからよ、時間がないから、短時間で楽しむものが流行るのよ」と。ふ~ん。

 いろいろ考えだすと矛盾に満ち溢れてくる、考える行為はエネルギーを使うものだ。
 ただでさえ忙しく追われる暮らしの中にいると、余計なものは要らなくなる。なんとも素晴らしい管理社会だ。
 ゆるやかな時間の流れを取り戻せば、どんな人間でもその能力は限りなく開花するものだと思う。
 
 
 
 
 
 

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コメント

「速く速く」とあせらせられてやる仕事など、大したものではない。チャップリン「モダンタイムス(現代)」のファーストシーンの地下鉄群集には羊の群れをダブらせた映像が入っていた。

あの映画でも資本家は工場長に「速度を速く」と命じる。「ああ野麦峠」の社長三国連太郎は工場の終了時間の時計に操作をしてまで労働時間を増やそうとする。

僕は急いでいる仕事ほど、ゆっくりやろうとする。長い目でみるとその方が確実な仕事ができる。昔の職人は自分のペースで仕事をし、絶対に急がなかった。1つの仕事を仕上げるには「必要な時間」があるのだ。

まるでスポーツのように「速ければ偉い」世の中になったのは、いつの頃からだろう?

投稿: マミケン | 2012.02.10 13:18

追い立てられる羊がダブっていましたね。
現代文明の生贄のような羊、シープドッグに追い立てられる羊・・・歯車に挟まれてクルクル回るチャップリン。
初めて観たとき、笑いの中の文明批評の映画だと思いました。
福祉のような人を相手の仕事って、手を抜くということは、人の人生や生死に関わってくる、官僚はともかく現場の人はギリギリのところで働いていると僕は思っています。
国会で生活保護の問題が話されていました。そこから自立するための援助の何が必要なのか・・・予算の削減しか念頭にないのですね。国民を数字でしか考えない姿だと思いました。

投稿: ちょっと一休み | 2012.02.11 22:23

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