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2012.01.28

疲れたときには・・・

1月28日(土) 「男はつらいよ」連日上映会?

 WOWOWで一挙上映放送をしていた「男はつらいよ」をDVDにして、このところ毎日一本は観ている。
 ほとんどが、以前に観たことがある作品ばかりだが、飽きることがない。
 このDVD映画を観る時間帯は夜の夕食前後と決まっている。

 なぜかソファーに腰かけて観てると、妻もやってきて一緒に鑑賞会になる。
 夕食の後片付けは、明日僕がやればいい、ちょっと笑いながら2時間ほどの個人的上映会ってわけだ。
 「男はつらいよ」と言えば、1969年の第一作から1995年の第48作までの26年間におよぶ映画だ。

 時々のマドンナ役は変われど、渥美清、倍賞千恵子らの役者は変わらない。
 変わったのは、おいちゃん役が森川信、松村達夫、下條正巳と変わり、満男役が中村はやとから吉岡秀隆に変わったくらいだ。
 そういえば、もう一つ変わったのは「とらや」の屋号が、第40作から「くるま菓子舗」となったが、訳は僕も知らない。

 ともあれ26年もの歳月は出演する俳優の面々も、歳を重ねるわけで、若かりし「さくら」もしっかりと「おばさん」になるし、なによりも「寅さん」自身が50を過ぎた満男の伯父さんになる。

 こういう俳優の人生と映画の役者人生が世の中の移り変わりとともに進行してゆく姿は、第一作から連続して観ていると、まるで「寅さん」「さくら」が本物で「渥美清」と「倍賞千恵子」が別名のように思えるから不思議だ。

 賠償千恵子が、街で「あっ、さくらさんだ」と呼ばれることに抵抗もあったと「男はつらいよ」の想い出で書いていた。
 そのとき、渥美清さんに「なぁ、役者が役名で呼ばれるほど素晴らしいことはないじゃないか」と言われたという。
 そういうふうに僕らのような「男はつらいよ」を観てきた者は、分かっているけど勘違いする。
 そこには、「男はつらいよ」という映画の中の暮らしぶりが、一つの世界となって定着した結果だと思う。

 寅さんの無軌道で自分勝手で呆れてしまう行動に、「やっぱり、こんな人が傍にいたらごめんだわ」と妻は言う。
 惚れたら手のひらを返したように態度を変える、自分の非は棚に上げて心配をかけまくる。
 厄介者だが憎めない、けれども現実社会だったら、こんな人はごめんだわ!というわけだ。

 映画だから、僕らはこういう「車寅次郎」という人物に拍手喝采をしてきたのだろうか、こんなにも惚れっぽくて、照れ屋で、いい加減でも、人が(ははは、この場合はマドンナが多い)辛い思いをしているときは、自分を置いてでも真っ先に心をよせる、その人情味の豊かさに、本来の人間関係の素晴らしさに心をうたれ、胸を熱くする。

 いや、映画と現実との境界のなくなった地平で、僕らは納得して映画を観てきたような気がする。
 そういう、時代を背景にして、なんだか「寅さん人生」を、素晴らしい世界と思い込んでいたと思う。

 世知辛い世の中になったものだと思う最近、こんな「寅さん人生」は世の中では、不合理で生産性の乏しい落伍者のような生き方に見えるのかも知れない。
 いわば、社会からのはみ出し者の物語である・・・と、そう見えてしまうほど、世の中が窮屈になり、競争社会の中での生き残りに四苦八苦しているのだろう。

 この窮屈な世相の社会にあっては、間違いやミスや失敗や「できの悪い」ことは、マイナス以外の何物でもないと、相互に思い込んでいるから、これほど生きにくい社会もない。
 疲れて休むことは、疲れることなど許さない社会では、とうてい理解されないことがらだ。

 人が後退することを「ダメな奴」と切って捨てることに慣らされてしまうならば、たとえば「人情」なんてものは、非合理的で不確かで、およそ落伍者同士の慰めあいのように見えてしまうだろう。

 嫌な世の中になったものだ、たて前と損得勘定と見栄と人よりも少しでも楽をしたいと思うのが当たり前の社会になったものだと、ちょっと嘆きたくもなる。
 いや、かってほとほと疲れて嘆いていた頃がある。

 知人に小児科医の女医さんがいて(女医さんってところがいいでしょう)、嘆いていた僕にこう言った。
 「世の中の醜いものばかりがたくさん見えてきて疲れたときは・・・そういうときはね、良いものをそれ以上にもっと見るといいのね、良かったこと、素晴らしいこと、事柄でも人でもね・・・そういう、良いものにたくさん触れると元気になるわ」

 毎日、映画「男はつらいよ」を観ていると、映画の中の良いものを、たくさん再発見できるのですね。
 映画ばかりじゃなくて、人もそうです。
 いろんな人の素晴らしさ、個性とか優しさとか暖かさとか強さとか・・・そういう姿に接することが、疲れてしまったときには一番いいと思う。
 
 

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コメント

先日テレビで山田洋次監督の映画「おとうと」を見た。これがまるでリアル版「男はつらいよ」。吉永小百合の姉に笑福亭鶴瓶の弟が、迷惑をかけ続ける話。まだ見ていないなら、リアル版寅さんはどんな最期を迎えるのか?注目である。

寅さんがすごく超んで見えるのは「当たり前の日常がちゃんと描けている」から。007みたいな世界に寅さんがいてもちっとも目立ちません。ははは。

投稿: マミケン | 2012.01.30 13:21

この「おとうと」はテレビ放映を見損ねました。
DVDレコーダーを導入したので、もう大丈夫と思ったらシングルチューナーで、家族が居るときは相変わらず家庭内チャンネル弱者の立場は変わりません(笑)
その前の作品「母べぇ」で、笑福亭鶴瓶演じる叔父さんが報告婦人会の「贅沢は敵です、この人は非国民です」と詰られて「誰でも綺麗な指輪は好きやねん」って反抗していた。キャラクターもちょっと渥美清にダブルところがありましたね。

投稿: ちょっと一休み | 2012.01.30 21:09

「おとうと」の弟のラストシーンは寅さんのもう1つのラストシーンではなかったか?と僕は思っています。

投稿: マミケン | 2012.01.31 08:30

もう一つのラストシーンですか。
wowowでも放送するはずだから、楽しみに観たいと思っています。
ところで、間宮さん「幕末太陽伝」寓話会をやってみえたでしょう、この映画おもしろいから観てやろうって、ワイワイ言いながら連れ添ってって観る、そういうのって面白いですよね。僕が東京近郊だったら間違いなく参加していましたね。

投稿: ちょっと一休み | 2012.02.01 00:21

あれはエアチェックしたビデオも持っているのだけれど「映画館で見たい」というだけで企画しました。でもそれを言いだしたO河内くんと2人だけの参加。そのあと新宿で飲みました。2人でも「寓話会」なんです。たくさんだから嬉しいということもないんです。ははは

投稿: マミケン | 2012.02.01 09:26

たしかに映画館で、あの大きなスクリーンで観る臨場感は、DVDとはまったく違いますね。
僕はサイクリングは一人、二人・・・多いときは20名くらいのときもあります。
人数というよりも、まったく自転車の世界なんて縁のない方が「走ってみたい~」そう言ってくれるのが、嬉しいんですね。
一つのことを共有する楽しさみたいなものです。きっと、もう少なくなった「仲間意識」のようなものかも知れません。
仕事仲間が多いので、あのタコ社長の印刷工場の労働者諸君!って雰囲気がちょっとだけ芽生えたと思っています。(笑)

投稿: ちょっと一休み | 2012.02.02 00:49

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