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2011年3月

2011.03.30

最後の自転車通勤

3月30日(水) よく走ってくれました、ロードバイク君!

 明日は退職の辞令が出される日なので、自転車通勤も今日が最後です。
 いつもより少し早く家を出ました。
 いつもより少しのんびりと車道を車に煽られながらの自転車通勤です。
 街路のこぶしの樹が白く大きな花びらを咲かせていました。
 
 ♪こぶし咲くあの丘北国の ああ北国の春~

 などと、鼻歌まじりの朝の通勤も今日が最後だなぁと感慨にふけりながら・・・

 交通指導員のおじさんが交差点に立っています、ああ交通事故0の日だった。
 「おはようございます」とちょっと挨拶。
 「おはようさん。あれ、メーターもついてるのかね、早く走れるんかな?」
 「信号も多いから、安全運転なのですよぉ」
 「気をつけて!いってらっしゃい」
 まあ、そんな会話もしながら、最後の自転車通勤です。

 いつもの公園でお茶を飲みながら、晴れ渡った空を見上げます。
 今日もよい天気です。
 階段脇に腰掛けると、もう冬のコンクリートの冷たさはありません。春ですね。

 通勤路の小学校の校庭の桜が一分咲きていどです。
 もう日に々々、待ったなしの桜の季節がはじまりました。

 国道一号線を渡り、しばらく走ると、後ろから同僚のKさんの自転車がきました。
 最後の自転車通勤の日に、サイクリング友だちと一緒になるのも嬉しいものです。
 もっともっと自転車通勤が増えるといいと思うのですが・・・
 
 なんだか「最後の」というだけで感無量の朝の自転車通勤路でしたね。
 
 明日は、ほんとうに最後の一日だなぁ。

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2011.03.29

風邪で休む

3月29日(火)最後の休暇ってことか

 昨日からひどく咳き込んで鼻水がとまらず身体がだるいので、思い切って休暇をとりました。
 一日ずっと寝ていると、風邪薬のせいか、どれだけでも眠れます。
 ちょっと前に自転車通勤で風邪もひかない!と豪語していたのが恥ずかしいなぁ。

 「もうすぐ退職で、気がゆるんだのよ」と友人はツッ込みをいれてくれたが・・・(笑)
 風邪薬も久しぶりに飲むと、よく効くもので、一日寝ていたら夜には咳もひいて、鼻水もとまりました。
 病気はしないほうがいいのだが、まあ、病気になって安静にするのも、身体には「必要悪」か?

 病気といえば、不思議なほど妻は病気と無縁なこの一年です。
 連日の出勤と残業で身体は疲れきっているはずなのに、ほとんど風邪もひいていない。
 「私は病弱なんだから!」と口癖のように言ってたのが、少し花粉症ていどで収まっているのです。
 もう少ししたら、この連日の激務も終わるのだろうが、反動で寝込まなければよいがと気にもなります。

 さて、もう残り二日間。
 仕事の引継ぎも残っているから、今日は最後の有給休暇、明日から最後の仕事、そして最後の自転車通勤というわけで、最後づくしの日々だなぁ~
 何が惜しいといえば、自転車通勤で季節を感じ、爽快な朝の出勤を味わえないってことです。

 近所の小学校の桜が開花したよと義母が教えてくれました。
 寝込んでいても、季節は遷り変わるものです。
 福島の原発の事態、プルトニウムが流出し汚染されれば一国どころではない地球環境にとって、人類にとって危惧される心配な今日です。

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2011.03.27

世代を超えたドラマ

3月27日(日) 3年B組金八先生・ファイナル

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 晴れた良いお天気の日曜日でした。
 庄内緑地公園の菜の花に小さなミツバチが飛び回っていました。
 深刻な原発の放射能の影響が嘘のような穏やかな公園は家族連れも多く、淡々と季節は動いています。
 ミツバチの羽音が聞こえてきそうな風景、今、命ある生き物は、その今を一生懸命生きている・・・そんな気がしました。

 今日はテレビで「3年B組金八先生・ファイナル」ドラマ放送がありました。
 懐かしい顔ぶれが登場する総集編のようなものです。
 当時の中学生役のキャストが何年もたっておじさん、おばさんになっている、その金八先生こと武田鉄也も、「爺!」と呼ばれる歳になっている。

 我が家の子どもがまだ中学・高校生のころ、食卓で一緒によく見たドラマでした。
 「こんな先生がいたらいいのに!」といつも口にしていた子どもたちでした。
 そして、「こんな先生いるはずがない」とも言ってたなぁ。

 三原じゅん子や近藤真彦も登場していたが、すっかり大人の顔になって、それでも当時の、あの10代のイメージが甦ってくる。
 そういう時代の移り変わりをドラマのなかに取り入れて、ファイナルに仕上げたドラマでした。
 
 ある意味、この「3年B組金八先生」は多感な子どもたちの数少ない「青春ドラマ」であって、そのどこかのシリーズを見て育った人々が、もうこの社会の大人の一員になっている。
 人と人との絆やあるべき人間関係の理想郷のような世界が「3年B組」として描かれていて、少なからぬ若者たちが、こういう友情や愛情溢れるドラマに心をうたれたと思うのです。
 
 ドラマを見ていた娘が「こういう先生ってほんとにいるのかなぁ~」と、願望にも似た感想を言うのは、当時と変わっていません。
 その時々の社会問題を巧みに織り交ぜながらドラマとして見せてくれた「3年B組金八先生」ですから、同じ年頃だった娘にとっては、かなりリアルなドラマだったようです。
 
 「こういう先生はほんとうにいるのか?」と何年もたって、社会人となろうとしている娘ですが、どうもそこが気になってしかたがないようです。
 世知辛い世の中、人間関係が希薄になったと言われる現代です。
 人が他人の心の中にぐいぐいと入ることに情熱を持つのが「金八先生」です。

 僕は辛い社会、人の結びつきが稀薄になっている社会だからこそ、こういうドラマもたくさん見るほうが良いと思っています。
 現実の教育界にこうした教師がどれほどいるのかわかりません、いや、こんな素晴らしい教師はいないのかも知れません。
 けれども、「金八先生」という体現化された教師の何分の一かを持った先生はあちこちにいっぱいいるんじゃないかとも思っているのです。
 人の心の中にはどこかに「金八先生」がいて、社会の矛盾に悩みながら葛藤しているんじゃないかと・・・

 今日は息子も久しぶりに帰ってきて、仕事で不在の妻だったので、親子3人で夕食を食べながらこのドラマを見ていました。
 これが、ドラマであることを承知の上だったとしても、おそらくほんの少しは心の和む時間だったようです。
 
 過っては、同じ中学生の自分の立場から見たドラマを、こんどは成長した大人の立場から見ているような気がしました。
 「青春ドラマ」としては傑出したドラマだと思うし、どの世代においても自分を問い直すことが出来る、いわば「大人のドラマ」だったと僕は思っています。

 近所の小学校の桜の木の蕾から、白い花が開花しそうです。
 毎年、この場所の、この枝から一つの花が咲き、みるみるうちに短い桜の満開の季節がになるのです。
 もう少し、もう少しで桜の季節がやってきそうです。

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2011.03.26

一期一会

3月26日(土) 昨日は退職送別会でした。

 昨日は職場のたくさんの友人の方々に退職送別会をしていただきました。
 主役の座に座らせていただくことなど人生にはそれほどない、結婚式とかこうした送別会とか、葬式とか・・・(笑)
 長いようで短いようで、一つの職場人生の区切り、節目です。

 思えば18歳の歳から働き始めたから、大学を卒業して就職する今の方と比べて4年は多く働いている計算です。
 その4年分がどうかといっても何もない、ただ4年も多く働いているから、少しは早めに退職しても悪くはないだろうってことです。(笑)

 職場というのはやっぱり社会の縮図だと思うのです。
 ほとんど現場が中心の仕事だったから、権力とは無縁なサラリーマン人生でした。
 喜んだり悲しんだり腹を立てたり笑ったり・・・人間関係で生じるいろいろなものが職場にはありました。
 そういうものが一つ一つ人生の糧になって、総じて言えば「いろんな人に支えられて今の自分がある」という気持ちです。

 そう思えるようになったのは昔からではありません。
 若い頃は言いたいことを言い身勝手で、ずいぶんと品行方正とは正反対の「はみだし者」のような生き方だったように思うのです。
 「人に支えられて」じゃなくて、自分の道は自分の力だけで歩んでゆく!今にして思えばなんたる思い上がりだと苦笑してしまいます。

 辛さや苦しさを知って人の心の痛みにも少しだけ感受性を持てるようになって、そうして歳を重ねるうちに、この社会の縮図のなかの友人たちの支えに気がついて行く・・・そんな、まあ不出来な職場人生だったと思っています。

 いくつもの職場を人事異動で変わり、そのつどいろんな方々と一緒に働いて、人がいれば人の数だけの暮らしがある、その暮らしの中には喜怒哀楽が内在して、いろんな人生、いろんな暮らし、いろんな考え方に接することができました。
 自分自身を形成する貴重な学校だったと思っています。

 ただ、与えられた仕事をこなし給料を貰うだけだったら、退職して自由にのびのびと暮らすことに、おおきな喜びを持つかも知れませんが、この職場のこの人たちから、もう教えてもらったり、一緒に考えたり、笑ったり、怒ったり、悲しんだり・・・そういうものが無くなると思うと、一つの区切りとは言え寂しい限りです。

 人生は一期一会。
 人生で出会う人とは、その一つ一つの出会い、交誼を大切にして暮らすということです。
 ははは、また新しい人たちとの出会いがあり、いままでとはちょっとだけ環境がかわり、自分は自分の道を歩んで行くだけです。

 僕はこの長い職場生活のなかで一緒に頑張ってきた同僚や友人たちにとても感謝しています。
 それとともに、いやそれ以上に仕事の話も人間関係も公私の区別無く、なんでも話しながら26年の歳月を過ごしてきた妻に感謝するものです。

 何故か職場に嫌いな人というのはほとんどいない職場人生でした、人はそれぞれの暮らしの基盤があって、そこから自我もあれば、自己中もあり、KYも生まれてくる、そうしたものがあって当たり前なのが社会だから、そういう人びとといかに一緒に働くか、気持ちを通じるかというだけです。
 まあ、そういう人間模様も含めて、妻とは何でもかんでもよく話してきたものだと思っています。それが長く仕事を続ける支えだったかも知れません。
 
 退職のお祝いにと花束をいただきました。
 ははは、なんともまあ花束の似合わない無粋なじぶんだこと。
 退職記念品にいただいたのが、な・な・なんと「自転車のブレーキ(シマノ)」、退職後もしっかり自転車に乗って元気にやれ!ということでしょうか、いやしっかり走り続けろ!ということでしょうか(笑)
 すっかり職場の中で自転車人間として認知してもらった証だと、とても嬉しい記念品でしたね。

 さあ、あと4日間の仕事場人生、しっかりと引継ぎしなければ。

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2011.03.23

暮らしをつくる

3月23日(水) こぶしの花と選抜高校野球宣誓

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 在職最後の休暇をとって退職後の暮らしをためしてみた。
 溜まりにたまった洗濯とこれも溜まった食器洗いを済ませ、いそいそと庄内緑地公園に自転車散歩です。

 6年余、自転車通勤を続け、毎日24キロほど自転車に乗る暮らしなので、すっかり定着した自転車のある生活は通勤がなくなっても止めることはありません。
 
 考えてみれば、ずいぶんと健康になりました。
 持病の椎間板ヘルニア、十二指腸潰瘍もなくなり、(これらは精神的なストレスに起因するのだが)風邪もほとんどひくこともなくなりました。
 ポッコリ腹も凹んだし、胸筋や足の筋力もついてきました。(太くなるわけじゃない)
 身体全体が軽くなり、張りも出てきて、年齢に反比例する体力というわけです。
 ですから、もうそろそろ自動車に代わる乗り物として、本気で考えてもいい時代!になってきたのでは、自転車が見直されてもいいのではと・・・
 
 庄内緑地公園はこぶしの花が咲き始めていました。
 まだまだ少しだけれど、そのこぶしの木の枝に野鳥がとまり、白い花をついばんでいます。
 ほぉぉ~こぶしの花を食べるのだ!
 あまり見かけない光景に出くわすと花も鳥も自然の環境の中で生きてるのだなぁと実感します。

 仕事をしていると、午前中の日差しの清々しさにはなかなかお目にかかれません。
 ほとんど事務室の中で過ごし、予定された仕事をこなす暮らしですから。
 あえて意識しなくても、一日は淡々と過ぎて行きます。

 そういう、ある意味決められた暮らしから一歩違う暮らしに入るとなると、これからは自分の暮らしを作っていかなければと思うのです。
 仕事が給与を得るものだとしたら、こんな家事や散歩など仕事とは言えるのか?いいえ、これも給与こそ入らないが労働にはちがいありません。
 
 だから、職場の仕事は終わりになっても、また別の労働が始まるに過ぎないと思うのです。
 ただ、これは自分で作って行かなければならないから、僕はやっぱり「暮らしをつくる」ということだと思うのです。

 被災地の方々は不自由で不便な環境の中で、それでもお互い支えあいながら頑張っています。
 そういうものも「暮らしをつくる」ということだと思うのです。
 今までの暮らしに戻るにはこの先も長い復興の道のりだと思うと心が痛みます。

 今年の選抜高校野球大会が開催されました。
 「がんばろう!日本」がスローガンだそうです、「頑張れ」じゃなくて「頑張ろう」です。
 一緒にそれぞれが出来ることを頑張ろうと高校球児が呼びかけているのですね。

 この選手宣誓の中で「仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えることができると信じています。」とマイクに向って宣誓してました。
 ともすれば、「仲間」とか「支えられる」とか「困難を乗り越えられる」とか、普段の暮らしの中では歯の浮いたような言葉が、震災という現実の中では、とても清々しく素晴らしく元気のでる言葉に聞こえてきます。
 
 僕たちは、ひょっとしたら今、もう一度暮らしについて見直す時期に来ているのじゃないかと思うのです。
 形骸化したものや、見せかけのものや、そうしたものが崩れやすく、それとは違った本源的なものを求めているという現実を目にしているのかも知れません。
 
 岡山・創志学園高の野山慎介主将の選手宣誓文です。
 今年ほどじ~んと来る宣誓はありませんでした、だから全文掲載しようと思う本日です。 

 宣誓。
 私たちは16年前、阪神淡路大震災の年に生まれました。
 今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。
 被災地ではすべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。
 人は、仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えることができると信じています。
 私たちに今できること。それはこの大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。
 がんばろう!日本。
 生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。

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2011.03.21

仏のパリでも震災支援のチャリティバザーが取り組まれています

3月21日(月) ブログ仲間のジェルさんからのメッセージ

フランス在住のジェルさんたち、パリまたはパリ近郊在住の主婦の方々が中心となって、震災支援のチャリティーバザーを取り組んでいるのを知り連絡しましたら、さっそくメッセージをいただきました。

外国に在住している日本人の家族や友人たちも、この震災に心を痛めながらも、復興への支援の取り組みをされています。
被災地のみなさんへの大きな励ましです、それとともに少しでも支援できることがあればと思っている国内の人びとへ勇気をあたえるものだと思うのです。
いろんなところでそれぞれが出来る支援の取り組み、人と人の絆の強さに元気がでます。

以下ジェルさんのメッセージとチャリティバザーの取り組みを紹介させていただきます。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ここパリでも、たくさんの人が祈っています。
離れているからこそ、その気持ちは強いです。

「1円でも多くを被災地に届けよう!」という考えで、今回のバザーは「経費ゼロ」。
すべてが参加者の善意で行われ、そして販売や募金によって集まったお金はすべて寄付です。

それぞれの人脈と努力で、多くの日系企業やフランス企業の協力も得られ、ポスターの印刷から備品にいたるまで、すべてが無償で提供していただけそうです。

パリ在住の雨宮塔子さん、中村江里子さんも賛同、参加していただけることになりました。
・・・・・・・・・・・・・
関東も原発パニックに陥っているようで、「米がない。水がない。トイレットペーパーがない。。。」 とにかくひどい状態のようで、毎日母に電話をするのが辛いです。

パリの街はあまりに平和で、公園でお日様を浴びている人を見るだけで、涙が出てしまいます。
1日も早く混乱が収まって、暖かい春になってほしい・・・
そう祈るばかりです

■チャリティーの内容は以下のとおり。

遠く離れた大切な祖国、日本のために何かしたい。
外にいるからこそできる事をしたい。
そんな思いで、震災チャリティバザーを企画しました。

チャリティー名:震災チャリティーバザーin Paris

日時:4月3日(日)12時~17時
場所:AAA言語学院
   21 rue d'Antin 75002 Paris


・募金は、在仏日本人会を通じて、日本で最も有効で確実な窓口に送金いたします。

目標
・震災地にバザーの全収益、募金を送る。
・震災の様子を多くのフランス人にも知ってもらい、関心を持ってもらう。
・目に見える形の活動を行う事で、被災地の方々に、フランスから応援している人がたくさんいる、という事を伝えたい。勇気づけたい。
・活動は、非営利、非宗教、非政治的、なものである
・被災地は、最初の数日は命があったことだけで喜べるのですが、これからはサバイブしていかなければいけないと言う現実が突きつけられ、絶望し、精神的に追い詰められていきます。
 だからこそ、支援が必要だと思います。

mixi内でコミュも立ち上げています。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=5528104

当日は 物品販売、食べ物ブース、美容ブースなどなど、たくさんの個人、団体が出展予定です。

パリ在住有名日本人も参加予定。

パリ在住のみなさま、奮ってご参加ください。

そして 日本のみなさまは、こうして異国にも祖国を想い、祈り、応援している日本人がたくさんいるということを知っていてください。

今は大変厳しい状況だけど、日本は必ず立ち上がる。
そう信じて 今できることをしましょう。


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2011.03.19

暖かな日だった

3月19日(土) 娘の卒業式

 日中は20度弱まで気温が上がった暖かな名古屋地方でした。
 娘の卒業式、袴姿に着替えて学生生活を終える日でもあるわけです。
 学校まで送って欲しいと車を出して、ちょっと暑いくらいの春の日差しの知多半島を走りました。

 気温が上がって被災地の方々も少しは寒さがやわらぐだろうか、東電の計画停電もしなくてすむだろうか、海に近い町々を見ると、津波の恐ろしさを彷彿してしまいます。
 
 被災から1週間が過ぎ、毎日報道される被災地域の津波の痕跡、避難地の辛い日々、予断を許さない原発の行方・・・
 それらを毎日見続けていると、やっぱり軽い鬱的な気分になります。
 そんな中で、被災地の小学生の卒業式の光景や、離散した家族や友人の再会、被災地に向けた援助の取り組み、そういうことの一つ一つが、なんだか心に暖かさをもたらしてくれます。
 
 たかが日記なんだけれど、文章を書く気持ちになかなかなれないのは、震災の大きさと原発事故の深刻さが、自分のキャパシティを越えた事として消化できないからかも知れません。

 今日、春の甲子園に出場する仙台の東北高校の選手たちの出発式がテレビで流れていました。
 被災した家族もいる中で、せめて甲子園で元気な姿を見せてくれたら、みんなの元気につながるかも知れません。

 少しずつ災害から復興への兆しが見えてくると、なんだかモヤモヤした気持ちがちょっとだけ軽くなるような気がしますが、何十万もの被災された方々の今後の厳しい暮らしを思うと・・・
 そういう「うつ的」な気分に翻弄されて、なにかわからない脱力感から、日々の暮らしを精一杯頑張らなければならないのは、自分の方だろうと思うのですが。
 
 しかし、こういう気持ちは福祉の仕事現場で、辛く惨めな家庭の方々に接していて、もうこうした社会的な悲惨の数々はどうにもならないのだろうかと、先行きが見通せない気持ちになったときに、どうしようもない虚脱感に苛まれ、うつ的な気持ちになったときがあったが、それに似ています。
 辛い状況から目をつむってはいけないが、そんな気持ちに支配され過ぎてもだめですね。

 現状を打開する勇気や希望や力強さ、人と人の絆・・・そういう、人間の持つ素晴らしい姿をもう一度思い起こして、みんな一緒に笑顔を取り戻すのだ!と、そう思えたとき、少しずつ落ち着きを取り戻してきました。
 人の生きる力は限りなく大きなものだ!そう信じて、今の自分たちを見失うことなく、仕事に暮らしに精一杯頑張って行きたいと思うのです。
  

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2011.03.16

心を通わせる

3月16日(水) 何ができるのか

 東日本の震災の悲惨な状況を目にして、やっぱり文章を書くというのも気落ちするものです。
 どうしても現実の想像を絶する事態、地震、津波、原発の惨状が重くのしかかるものです。
 だからこそ、落ち着いて事態を見なければ・・・と思うのですが。

 今日は名古屋は「みぞれ」のような冷たい雨が降りました。
 被災地では雪が舞う冷たさのようだから、避難所生活で燃料も少なく寒いだろうなと思うと辛いものがあります。

 職場で震災義援金の募金袋が回りました。
 ふだんの募金ならば硬貨が多いのですが、お札の義援金の方が多かったです。
 大金は出す余裕はないけれど、いつもよりも少しでも多く届けることが出来ればという願いです。
 灯油や毛布や食料が足りないという話も出てますが、今できることは、まずは義援金という方法だと思います。
 被災地の支援体制が整って人と物資の支援が要請されれば、その時にはどんどんと・・・ということかなぁと。

 何ができるのか?とみんながそう思って、被災地の避難生活に心をよせる。
 やっぱり、まずそこから始まるのじゃないかと思うわけです。
 
 自転車のライトの乾電池が残り少なくなってコンビで買おうとしたらごく僅かしか商品が残っていませんでした。
 被災地の親戚や知人に送りたいと皆さんが買ったのでしょう、在庫が不足がちのようです。
 僕は単4電池を1パックだけ買いました。今は普段以上に買う必要はないだろうと。

 こうしたことは「自己満足じゃないの」という声もあります。
 けれども、自己満足であろうが偽善であろうが、そんなものは被災地で救援活動と避難生活をされている方々の現状からみれば、とるに足らない話です。

 自分たちの出来るかぎりのことをする、いつもより少し多くの義援金を出す、買いだめを控えて少しでも被災者の生活にまわす・・・
 新聞記事やニュースにならないような小さな思いであっても、それが今できることならば、何も躊躇することはないし、自己満足というなら、もっともっと自己満足で結構だと思うのですね。

 だから、この大震災という現実をしっかりと心に焼き付けて、普段どおりの暮らしをし、それでもできる限りのことを、ほんの少しでも見つけようと努めて、せめて気持ちだけは被災された方々と通じたいと思うのです。
 

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2011.03.14

チェーンメール

3月14日(月) 東日本大震災のメール記事について

 被災地の方々の救出と復興が一日でも早くできますように。


 ところで、3月12日に「緊急のお願いです」と記事を書いたのですが、これがチェーンメールだとわかりました。
 読んでくださった方には誠に申し訳ありませんでした。
 その日の記事の本文は全文削除して、改めて今日の記事の最後に載せておきます。

 一昨日の記事で、節電のお願いメールの紹介記事を書きましたが、どうも事実と違っているようです。
 今日の昼休みに、中部電力の営業所に電話して確認してみました。
 電話での返答でしたが「中部電力としては現時点でお客様に今回の震災に対応として被災地への電力供給のための節電をお願いするというプレスの事実はない」とのことでした。
 また「大変な国の大震災なので中部電力からも人的派遣をして応援しています」との返答でした。
 したがって、「供給のための節電の呼びかけ」がチェーンメールのように勝手に飛び交う一端を担ってしまいましたので、あらためてお詫びするしだいです。

 あの被災地の悲惨な状態が飛び込んで、何もできないが節電して電力供給にちょっとでも役立てばと思ったのも事実ですし、メールを頂いた方が信頼できる友人で、その方も信頼できる友人からもらったと・・・

 ちょっと慎重になって確認すればよかったのですが、①誰にでもできる節電で電力送電の協力ができる、②とてつもない惨状が辛い、③信頼できる友人からのメールでの依頼、と三拍子揃った結果です。

 このメールの悪意の有無はわかりませんが、僕のこういう記事が読んでくださってる方への信頼を傷つけるものであり、情報の混乱を拡大するものでした。
 まあ、ある意味勇み足のような軽率さにガックリしているのも事実です。

 職場でも義援金の話が出始めています。
 こんなメールに右往左往しながらでも、やっぱり東日本の被災地のあの状態を見ると、自分の出来る限りのことはして行きたいと思っています。

 こういうときだからこそ、落ち着いて流れてくる情報に冷静に対応しなければと痛感しているところです。
 そんなわけで、反省の意味を込めて3月12日の削除記事を以下に記しておきます。  

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   
 (以下削除した記事です) 

 3月12日(土) 緊急伝言です

 東北・太平洋地震の被害が心配です。
 友人から以下のメール連絡がありました。
 もしブログをご覧になった方がありましたら、節電とこのメールの転送をお願いいたします。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 下記は私が信頼してる方の知人からの転送依頼です。うちもわずかながらコンセント外しなどやって
ます。よし!と思ったらぜひお願いします。

■お願い■
関西電力で働いている友達からのお願いなのですが、本日18時以降関東の電気の備蓄が底をつくらし
く、中部電力や関西電力からも送電を行うらしいです。

一人が少しの節電をするだけで、関東の方の携帯が充電を出来て情報を得たり、病院にいる方が医療
機器を使えるようになり救われます!
こんなことくらいしか中部、関西に住む僕たちには、祈る以外の行動として出来ないです!
このメールをできるだけ多くの方に送信をお願い致します!
black★CAT.s

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緊急のお願いです!

申し訳ありません、本日の記事は全文削除しました。

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2011.03.10

ぶらっと散歩で・・・

3月10日(木) 身近なところの楽しみかただと思うのです

 「散歩」ってブームなんでしょうか。
 いやいやまだまだブームじゃないかも。
 どちらかと言えば、ブームになった日には、わわわ~と人が押し寄せ、飽きたらし~ん、そういうのは観光地だけで充分です(笑)

 最近意識して見るテレビの番組に地域の紹介番組があります。
 今日は「ブラタモ」という番組を見ましたが、これはときどき見ています。
 タモリと女性アナウンサーの二人が東京都内の各所を紹介する番組、ああNHKですが。
 久しぶりに「東京タワー」の夜景を紹介していましたが、高校の修学旅行で行った以来です。

 高さでは東京スカイツリーの話題が断然ですが、あの「東京タワー」のほうが僕は好きですね。
 同じ電波塔として名古屋のテレビ塔があるけれど、ネーミングが「テレビ塔」では「東京タワー」とは雲泥の差だと、当時は悔しくてしかたがありませんでしたね(笑)

 この「ブラタモ」と似た「散歩番組」では、この地域にも「旅人照英」っていう名古屋近郊の街を訪ね散歩する東海テレビの番組があります。
 これもよく見ています。
 地元では名の知れた店やお寺や公園や・・・まあ、ある意味どこにでもある、地域の歴史や風物のようなものの紹介で、なかなか面白いのです。

 「ブラタモ」では江戸時代の地形から現代の都市の姿まで、とても人の暮らしの変遷がよくわかるし、「旅人照英」では、地域の特色がよく伝わってきます。
 どちらも、ちょっと散歩の範疇で、誰もが少しは知ってるが、超有名な観光スポットというわけでもない、そういう身近な街の再発見とでもいう内容です。

 これは散歩の楽しさです。
 散歩しながら日頃は何気なく見ている普通の風景やものが、また違ったものとして感じられるのと同じことだと思うのです。
 
 何がそんなに魅力的なのだろうか?
 ・・・と考えてみると、そこらにいるごく普通の人たちの、地域というか地元に対する思いが伝わってくる、そういうものの中に歴史の歳月が感じられるということでしょうか。

 ごくごく普通のなんでもないもののなかにある楽しさの再発見。
 メジャーな観光地がどこも同じ顔をしているとするなら、ここには個性がいっぱいある、そんなおもしろさかなぁ。

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2011.03.09

ひとり飯

3月9日(水) まあ、ちょっと寂しいけれど・・・

 近頃は、娘も外で食べてくるってこになると、ほとんどシンデレラ状態で帰宅する妻の仕事もあって、ひとりで夕飯を食べることが増えています。
 テーブルに一人分のご飯やおかずを置いて食べるのは少し寂しい気もするので、見もしないテレビのボリュームを、これまた少しだけ上げてみたりして・・・
 
 外食産業もひとり飯の客が増えているといいます。
 職場の若い娘さんが「私、ときどき昼食に焼き肉屋さんに一人で入って、思い切って好きなお肉を食べるのですよ」と話していました。
 なるほど、今はそういう時代なんだと感心もするし、かっての「一家団欒」などというスタイルも大きく変化してきた時代なんだなぁ~とも思うのです。

 食卓を家族が囲んで夕食を一緒に食べるというのが「一家団欒」という光景の定番なんでしょう。
 まだ、日本が大家族の名残りがあり、お父さんやお母さんが家族を養うために奮闘していた頃、たいして楽しみも少なく家族が安心して食べることを楽しみにしていた時代には、一家団欒も和みの風景だったと思うのです。

 それから何年も過ぎて、外食産業も増え、レトルトパックや冷凍食材や調理された食品が増えて、食べることが容易になってきました。
 食べるということが一家のイベントではなくなって、家族が手軽にそれぞれの時間にそれぞれの方法で食べることが出来るのが、今という時代なのでしょう。
 
 それを「一家団欒」が少なくなったと、たしかにそう言えばそのとおりなのでしょうが、一緒のテーブルについて、一緒に食事はしていても、どことなくそれぞれの方向を向いて、ただ一緒の時間を過ごしているだけで・・・
 もしかして、そういう「一家団欒」があるとしたら、大切な家族のコミュニケーションの稀薄さを嘆いたほうがいいんじゃないかとも思うのです。
 「団欒」という中身が問われる時代になってきたということでしょうか。

 あはは、ひとり飯の寂しさの理屈あわせなのかも知れません。
 なんだか、そんなことを考えていたら、時間と歳月の流れに取り残された「浦島太郎」のような心境になって、ひょっとしたら、そんな心細さを云々しているのは僕ぐらいで、世の中はもっと自立した人たちのポジティブな暮らしになっているのかも知れないなぁ~と思ったりもするのですね。

 

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2011.03.08

バードピア

3月8日(火) なるほど!鳥の話

 「日本鳥類保護連盟が、野鳥に配慮した緑の空間を『バードピア』と名付け、都市部を中心に普及させる取り組みを始めた。」(中日新聞)
 昨日の新聞に載っていました。
 自宅の庭などに野鳥が好む餌場や水場を作って、鳥たちに来てもらおうという試みのようです。

 作家の杉本苑子さんの「小鳥の食卓」という随筆集があります。
 以前、この本を読んで、書斎の窓越しのバードテーブルにやってくる小鳥たちへの思いを綴った文章に、なんだかとても惹かれるものを感じました。

 杉本苑子さんのバードテーブルは熱海を見下ろし山の中腹とありましたので、ああ、やっぱり緑の多い地方ならではのことだと思ったのですが・・・
 街の車の騒音とほんの少ししか緑のない住宅地で、そんな鳥たちのオアシス(?)が出来るものだろうかと。
 街で見かける鳥といえば、カラスに鳩にスズメがほとんどです、いや、もっとしっかりと観察すれば、ほかの種類の鳥たちもやって来ているのかも知れません。

 最近、通勤の途中の小さな公園で休憩すると、決まって鳩たちが寄ってきます。
 誰かが餌付けして、それと勘違いした鳩の行動なのでしょう。
 それでも、自転車のタイヤの周りをグルリと廻って「な~んだ!餌くれないじゃん」といった顔つきで寄ってくる、鳩の習性・・・

 自宅の裏の木製のラティスフェンス、ここにはスズメがときどきやって来ます。
 朝食を食べながら、窓越しにチュンチュン(とでも鳴いているのか)とスズメのお遊びを見る日には、なんだか楽しく感じられるものなのです。

 カラスときたら、これはいけない。
 お決まりの止まり木代わりのカーポートの上を糞だらけにしてくれるからです。
 けれども、こういう鳥たちのやって来る光景は嫌いではありません。

 こうした人には身近な鳥だけじゃなくて、しっかりと観察しなければ見過ごしてしまいそうな野鳥が、我が家の僅かばかりの花壇の木に、憩いを求めてやって来てくれるならば、こんな嬉しいことはありません。

 野鳥などやって来そうにない我が家の樹に、ひとつ水場や餌場を用意して、餌をついばむ姿が見られたらなぁ~、そんな事を思ってしまいます。
 野鳥たちの生息環境が悪化している都市部だからこそ、こういう「バードピア」の取り組みは大切なのかも知れません。
 もう少し広い庭があったらなぁ・・・・でも諦めない!!と思う本日なりぃ~♪
 

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2011.03.07

啓蟄(けいちつ)

3月6日(日) 歳時記

 今日は二十四節気の「啓蟄」でした。
 大地も暖まり土の中の虫が穴を開いて顔を出すと歳時記カレンダーあります。

 毎年いろんなカレンダーを買っていますが、これがベストですね。
 一年を15日ごとに分けて季節のあれこれを言葉にする、新暦と旧暦の違いはあるけれど、どことなく季節のうつりかわりが意識できて、気持ちが穏やかになります。

 たしかに虫たちがそろそろ春かな?と眠りから覚める頃なのでしょうか。
 いやいや、あちこちに出没して「〇〇でございます」と名前を連呼する名古屋市会議員選挙の宣伝カーの喧しさに、おちおち眠ってもいられねぇ~ってことか。

 まず、名前を覚えてもらわなくては!わかるようでわからない理屈が候補者の名前の連呼です。
 静かな住宅街ではうるさいなぁと評判はよろしくないが、いったいどのような政策を提示しているやら・・・
 「名前の連呼」が選挙の活動になって、普段は乗りもしないママチャリで庶民性をアピールする。
 どこかがおかしいと思うが、もうそろそろパフォーマンスで1票という、何十年も続いているスタイルが終わりにならないかと思います。

 テレビの番組で外国人が「日本のおかしさ」として、「本音と建て前があることだ!」と言ってました。
 ますます本音と建て前が分離してゆく最近だと思います。
 まあ、そういう「曖昧性」が日本人の特徴であったとしても、そこに何の疑問をはさまず「それが社会さ」と簡単に言い切ってしまえる鈍感さが大いに気になるところです。

 誰かがどこかで言ってたような気がする・・・皆さんには今投票用紙が配られる、そして明日は銃が手渡される!
 NHKのスペシャル番組「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」を見ていたので、よけいにそう思ったのです。

Jitennsya_img_0003 今日は日曜日、ほどほどの家事をこなしながら、ロードバイク自転車のもう一台を春仕様に変えました
 ハンドルを360mmの小振りのものに取り替えて、ちょっと明るい鶯色のバーテープを撒きました。
 日曜工作ってわけです。
 少し派手さというものにも慣れてきた最近なのですが、ちょっと目立ちすぎか?交通安全にはいいかも。
 ふむ、日記らしい日記になりました。

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2011.03.05

桜の蕾が春を待つ庄内緑地公園の週末

3月5日(土) 自己肯定力


 庄内緑地公園でポカポカ陽気の週末を自転車散歩していました。
 黄色い菜の花(・・・の一種でしょうが)、サイクリングコースの脇にお目見えしました。
 いい色あいだと思って、デジカメで撮っていたら、その向こうをジョギングする方にピントが合ってしまい、あれまあ!・・・
 半袖・短パンの春スタイルです、僕といえば、まだまだちょっと厚手の上着です。

Img_0001

 春ですねぇ~、桜の木の枝先にしっかりと閉じた蕾がついていました。
 梅が見ごろのこの時期に、3番バッターの梅が一発打って、4番バッターの桜が長打を狙ってるようなものだと、球春もすぐそこまでやって来ているから、まあ、そんなようなもの。

Img_0008

 僕は暮らしというものは、ほとんど変わり映えのしないものだと思っています。
 昨日と今日はちょっとだけの変化であって、サプライズなどというものはほとんどないのです。
 インターネットが家庭生活に入って情報源には事欠かないし、交通の発達は国内どころか海外にも、さほど苦労しなくても行ける時代になりました。
 流行はテレビとともにやってきて、そんな話題が洪水のように心の中に溢れているのが今でしょう。

 だから、人は自分以外の人と容易に比較することが出来る時代ですし、人との差もこれまたわかりやすい。
 商品を売るには差別化をしなければなりません。
 人も働く商品のようなものだから、競争して「あの人よりも自分の方が上だ下だ」とか「あの人より自分の方が金持ちだとか貧乏だ」とか「あの人は優秀だとか落ちこぼれだ」とか・・・
 
 そんな認識のしかたが普通だと思っていると、もう自分がどこの位置にいるのか不安でしょうがなくなるものです。
 だから、いつも「まだまだダメな自分がいる、もっと素晴らしい才能や特技や金品や知識や・・・」果てしない競争を他人としながら、自分ともしているわけです。
 人間関係を「タテの目盛り」で見ていると、世の中そんなに甘いものではおまへん!上には上がいっぱいいるし、下のは下がいっぱいいるものです。

 ブログなどというものも「感動的な文章を書かなくちゃ!」などと思うと、それは「テストで100点とらなくっちゃ!」ってのと同じですね。
 職場で高評価を得なくてはと思うと、やっぱり人より秀でた結果を出さなければとなります。
 
 僕はほんとうは人というのは誰しも天才だし芸術家だし素晴らしい才能を持っていると思っています。
 ただ、そういうものが表現できる環境と過程があったかどうかだけの違いで「あの人は天才で、この人は凡人だ」って言われることになるに過ぎないと思っています。

 しかし、そういう属性を取り払えば、人はみな同じなわけです。
 知的障がいの方と自分がどれほどの違いがあるのか?文明の発達した国の住民と後進国(?)の住民といったいどれほどの違いがあるのか?
 なにも変わらない、「同じ」ということを強調したいと思っています。
 
 それでも、世の中には自分の才能や能力が劣っていると卑下したり、ちょっと優秀だと得意になったり・・・
 そういう評価をされると一喜一憂したりするものです。

 競争を原理とする社会は知らぬ間に人を「タテの目盛り」で評価することが普通のことだと思わされるものです。
 だから、人は褒められると嬉しくなり、否定されると腹立たしく思うのです。

 知的障がいの方は、そういう目盛りを必要としません。
 自分と仲良く楽しく暮らせる人が大好きなのです、そしてそれが実は人間関係の本質だと思うのです。
 IQが低いというハンディ、それを除けば同じなのに、僕たちはまるで自分たちが優秀な人のような錯覚を持ってしまうのです。

 人が暮らしという日々の営みに自然に溶け込むことが少なくなって、人との違いばかりに目を向けるようになると、とるに足らぬ優劣ばかりを気にするようになるものです。

 僕は、そこは自己肯定する力の欠如だと思っています。
 例えば太宰治の一連の小説に見られる「自己卑下」はナルシズムの裏返しだと思うのです、同じように他人への攻撃にパワーアップした力を発揮するのもナルシズム。
 そんなに自分を可愛がってどうするの!ということだと思うわけです。

 十人十色、人には人の個性がある、人間というのはそういう多様な生き物だと、心の底から思えるならば、そういう社会の多様な個性が、なんと素晴らしいことかと思えるに違い有りません。
 お馬鹿さんもお利口さんも(ほんとうはそんなものはないのだが)居て当たり前、ただ、そういう違いがあるのを前提に社会を見据えることが出来るかどうか・・・ということでしょう。

 昔の暮らしは、そういう違いを吸収して、一緒に暮らすということに力点がおかれていました。
 「協働」と言ってもいいし、「仲間」と言ってもいい。
 今のように目くそ鼻くそを笑うような「もぐら叩きのやりあい」は、昔の人にとっては暮らしには不向きで不要だったのでしょう。
 
 春を待つ桜の蕾のように、自然な自分を肯定する力を持ち続けたいものだなぁ。 

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2011.03.03

寒かった!

3月2日(水) 日記

 ひと雨降った後の寒さ。
 仕事を終えて帰宅路につくと、寒さが身に滲みてきました。
 バックにつけた温度計を見ると5度、こりゃあ寒いはずだ!
 まあ、こうして寒暖を繰り返して確実に、春に向っているのだけは間違いない。

 僕はいつも防寒ジャージと防寒帽と雨具一式を常備しています。
 途中で雨に降られたら、サササって羽織ります。
 寒いときは、ジャージを、これもサササと着込みます。

 万全の備えだと、自負していますが誰も褒めてはくれません(笑)
 もちろん、こんなものを常備するということは、荷物も多くなります。
 暑さや寒さに日頃から慣らされていると、身体の基礎体温もいくぶん上がりました。
 ということは、寒い寒いと人が言うほど寒くないし、暑いと人が言うほど暑くないのです。

 自転車通勤を始めて6年、ほとんど風邪もひかなくなりました。
 最後にひいた大きな風邪は・・・いつ頃だったのか忘れてしまいました。
 持病の椎間板ヘルニアも、もうほとんど発症しなくなりました、腹筋だけじゃなくて背筋も強くなったのだと思うのです。

 同じ世代の方々が、足腰、とくに膝が弱くなったとよく聞きますが、大丈夫ですね。
 スポーツで心身を鍛えることもできますが、僕のような怠け者は時間をとって行うスポーツなど三日と続かないでしょう。
 日常生活の中に、通勤という習慣で自転車に乗っていると、ごくごく自然に身体が鍛えられます。

 何よりも苦しくないのがいいんですね。
 だから、ちょっと早めに退職すると聞いた仕事先の方が「え、えっ~、そんな歳なんですか?」って言ってた話を聞くと、ははは・・・もう有頂天、自慢ですね、って、なんというお調子者なんでしょう。

 気分が滅入ったときなどは、自転車で走り出すと、そんな嫌なことも忘れてしまいます。
 そういう心のリフレッシュができる。
 だから、この6年間ほどは胃がキリキリ痛んだり、憂鬱で気分が重くなるということからも解放されました。
 
 自転車の効能って、当初、自分が想像していた以上に大きいものなのです。
 あはは・・・明日も晴れの良い天気です。

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2011.03.01

リベンジ

3月1日(火) 志摩ってこーね サイクルトレインのリベンジ企画

 3月は不安定な季節です。
 暖かな春日和だと思ったら、小雨まじりのちょっと寒い日だったり、「一雨ごとに寒さもやわらぐ」3月ですね。
 気候ばかりか、卒業や入社準備や人事異動など環境の変化も大きい月だから、メンタルケアは意識して取り組みましょう。

 2月に大雪で中止になった「志摩ってこーね サイクルトレイン」の案内が一昨日に届きました。
 リベンジだそうです。リベンジ、再挑戦、もう一度。
 4月の仕事の変わり目の頃、4月2日(土)です、僕は悠々自適な暮らしに突入するから、金はないが暇だけはありそうで、あはは、また職場の自転車仲間を誘うことにしました。
 
 つまり「湯けむり、花見のサイクリング」ってところでしょうか。
 桜の森の満開の下を花吹雪に打たれながら、妖艶な気分で自転車を走らせると、なんとなく不思議な気持ちになって、現実と非現実がくるくると入れ替わる。
 満開の桜はサイクリストを酔わせるには充分なのです。・・・なんてことはないか!
 ふむ、今回は都合で行けない友人もいるから、少人数でものんびり行こう~♪
 妻が仕事で行けないのが残念だが、しかたない。

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時代考証

2月28日(月) NHK大河ドラマ「江」のリアリティ

 ははは、大上段に構えたタイトルです。
 一回飛ばして、昨日は見た大河ドラマ「江」でしたが、傍で見ていた娘が「ああ、これ評判がイマイチだってね。上野樹里の『のだめ』イメージがついちゃって・・・それに、なんだか嘘っぽいし・・・」って、誰と話したか知らないがそんなことを言っていた。

 たしかに、もうひとつリアルな戦国期の姫君のイメージから遠いです。
 まあ、それはドラマだし当時ではありえない設定が登場しても、そういう映画やドラマはたくさんある。
 天真爛漫な姫君がいてもいいし、ちょっと「ありえな~い!」という状況も、ドラマの手法としては面白い。
 だから、そこを云々してもしかたがないが、できれば時代考証は厳密な方がいいと思っている僕ですが・・・

 作家の杉本苑子さんは「時代小説」を書くにあたって、史実や歴史資料を重視して、出来る限り時代考証に間違いがないように書いている、ただその時代を生きたわけではないので、そうした史実から、想像した内容でモチーフを展開している。というような内容を書いていました。

 時代考証をきっちりして、その上でどんな内容を展開してゆくのか、そこにドラマの奥行きがあると思うのです。
 では、今回のピンポイントはというと。

 柴田勝家 :(一夜を荒寺で過ごして戻った江に駆け寄って、江を叩く)
 江      :(ふいに叩かれてその場にうずくまる)
 柴田勝家 :(江を無理やり連れて、馬の世話役の若者の前に連れ出す)
        「江、お前が帰らなんだら、この者の首は討たれねばならなかったのだぞ」
        「謝れ」
 江     「許して欲しい・・・・(セリフ忘れた)」 
 柴田勝家 「上に立つ者、下の者に気を配らなければならんのだ」
        「わしらとて、みんなに支えられておることを忘れるでない」

 ちょっと脚本ふうに書いてみました。
 録画して書いてるわけじゃないのですが、観てるものの心にじ~んとくる場面です。
 これは、戦国武将勝家の妻の前夫との間の子(三姫)への愛情表現、そして名もない下級足軽への思いやり・・・そういう場面でしょう。

 会社が儲かるためなら、社員の一人や二人の首切りなどなんとも思わない経営者も多い現代です。
 再婚した妻の連れ子への虐待事件が頻発している昨今です。
 なんと、立派な柴田勝家だ!そう、僕たちはそう思うから、じ~んとくる場面なんですね。

 時代考証はストーリーだけじゃなくて、戦国武将の思考方法にも及ばないとダメじゃないかと思うのです。
 跳ね上がりの姫の存在が、戦の指揮の低下を招く、上意下達の統制がこの時代の身分社会です。
 だから、ここは鬼のような江への叱咤と馬の世話係の足軽の恐怖心が欲しいところですなぁ。

 父の違う姫たち、パターン化された愛情表現の裏返しとしての厳しい叱責、もう少し複雑な気持ちがあっていいものだと思うのですが・・・
 そんな単純な義父と子の心の葛藤と和解ではちょっと困る。

 まあ、随所にそういうところが散見するわけで、そこが「のだめ」のイメージを払拭されない思想的背景とでもいいましょうか。
 「大河ドラマ」、おとぼけな秀吉も、田舎武将の勝家も、沈着冷静な家康も、そういうイメージで進行するのはドラマだからいいでしょう。
 でもなぁ、大河ドラマだからこそ、揺れる心の葛藤は、もっとちゃんと脚本で表現しないと、飽きられちゃうぞ!と言いたいのです。

 勝家 「江、そなたもこの北の庄の姫ならば、姫らしく振舞いなされ、さもなくば幽閉の身となるであろう」
     「(馬役の処罰を知らせ)戦に馬一頭は何百人の兵力なのじゃ、命に代えてもしっかり守るのだ」
 江  「義父さますみませぬ、なにとぞお許しを・・・」
 市  「まことに申し訳ございませぬ、私のいたらなさ故でございまする、追放の処罰だけはお許しを・・・」
 勝家 「いくらおやかたさまの身内といえども、身勝手な振る舞いは、この勝家は断じて許さないのじゃ、しめしがつかぬであろう、がっはっは!」

 あはは、これではドラマのシーンにはならないか。  

 身分制度と男尊女卑が常の戦国時代、民主主義の概念はまだ育っていない、そこを江が打ち破るには、もっともっとドロ臭い生き様を描かなくちゃなぁ~想像力で。
 
 

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