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2010.05.03

「つぶやき」発信

5月3日(月) Twitter(ツイッター)

 知らぬ間にブログ日記の一番最後の行に「Twitter」アイコンが表示されるようになった。
 気にはなってたが、あまりよく知らないので、ちょっと調べてみた。
 現在インターネットの最新のコミュニケーション手段で、HPから始まりブログ日記、そしてミクシーのようなSNSといろんなネット情報交換がでてきて、最近の話題はこのTwitter(ツイッター)のようだ。

 簡単に言うとミニブログのようなもので、140文字以内で手軽に発信できる情報交換手段。
 手軽さとリアルタイムであることが特徴で「今、食事してる」「○○で一杯飲んでる」などと、今の自分を書き込むものらしい。

 携帯でも書き込みができて、気に入ったTwitter(ツイッター)フォローという機能で表示できるから、今何をしてるのか、瞬時に情報交換できるしくみのようだし、いちいちコメント、返しなどという定めごともなさそう。
 まあ、詳しくはネットで調べてみるとよいと思うが、世界で何百万人も利用しているというから驚き、桃の木、山椒の木ってわけだ。

 ミニブログとか「つぶやき」とか言われるだけあって、自分の今、他人の今を「トイレなう」「おはようなう」とか・・・
 ハマリにハマッてTwitter(ツイッター)中毒になってるという声も聞こえてくる。
 相互にフォローし合っていれば、メールのようなもので、もっと手軽に気楽に、自分を情報発信できるから、チェック、チェックで一日中、自分も不特定多数の相手ともコミュニケーションが出来ていると思えるのだろう。

 そういえば、ミクシーでも「マイミク」との間で、ほんの数行のやりとりを行っている、それが何十人という相手であっても、そういうのに似ている気がするが、それよりも、更にリアルタイムになっている。

 ここまで来ると、いったいコミュニケーションって何だろうと考えさせられる。
 ビジネスや企業メディアの最新情報を活用しようとする意図は分らないでもないが、そうした使い方はごくごく一部なんじゃないだろうか。

 最も一般的なのは、まだ知らぬ不特定多数のツイッターと言われる人たちとの「コミュニケーション」を、「つぶやき」することで、共有化しようとしていることか。
 「今、○○線の何両目に乗ってる」ってつぶやけば、誰かが「ああ、私も乗ってるわ」とまあ、そういう出会いもネット社会の特徴のひとつだから。

 ネットの世界がアバターのようなもので、限界があることを理解して利用しているならば、有効な活用方法も見つかるに違いないと思うが、まあ、それでも発信する情報は著名人や有名人ならば、ファンは最先端情報を知ることもできる。
 けれど、ごくごく一般人の発信する情報、「寝るなう」「腹減ったなう」ってものが、どういう「つぶやき」なのかよく分らない。

 手軽なネットのお遊びツイッターならば、わからないでもない。
 情報を発信するということは、それを受ける側との間に、普通は緊張感があるものだが、そういう余分なことは、ブログやSNSにまかせて、お気楽にアバター的コミュニケーションを楽しむ手段なんだろうか。

 ツイッターで「おはよう」とつぶやく人が、朝公園ですれ違った散歩のお年寄りに「おはようございま~す」と声を掛けるのだろうか。
 いや、声を掛ける人はほんの僅かな人だと思う。
 なぜなら、社会には危険がいっぱいあって、見知らぬ人には警戒感をもつから。
 そういう現実があるから、ネットの世界はどんどんと擬似コミュニケーションの膨らみをもつものだと思う。
 寂しいといえば寂しい現象だと思う。

 親子や、職場や、グループや、自分が住んでる街での・・・そういうところでのコミュニケーション。
 けっこう、気も使って難儀なことだと思うけれど、そういう現実の世界で「ツイッター」のような関係が築けたら、もう少し世の中変わるかもしれないなぁ~。
 
 そんなことを思いながら書いてるブログ日記。
 ほとんど一方的に書いてるだけだから、よく訪問してくれる方は特定少数の方だけだと思う。
 ブログ日記でしかないからそれでよいと思っている。

 そんなに不特定多数の方とコミュニケーションを築くほどの発信する情報もないし、それでも気にかけて読んでくれる方がいれば、そういう方々の実生活のほうが、とても興味深い。
 だから、できるだけ隅から隅までネットの限界に挑戦するように、そういう相手の書くものには想像力という無い知恵をしぼって読んでいる。
 それが、せめてもの感謝の気持ちだと思っている。

 「トイレなう」と書き込まれたとしても、やっぱり「だから?どうしたの」って思ってしまう。
 どうも、新しいことには気おくれしてしまう引きこもりの性格なのかも知れないなぁ。(笑)


 明日は職場の友人たちと自転車サイクリング、妻もご一行様に入ってる。
 車に自転車を積んで・・・渋滞が気になるGWなう。(笑) 

   

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コメント

つ言ったー(あ、こう変換されやんの、ぎゃはは)は好きではない。もっとも実態を知らないから好きでも嫌いでもいいのであるが、世の中はそれが1つの流行になると「知らないの?おっくれてるぅ~~」てなことになる。もっとも、これはバブルまでの日本の若者文化であって、携帯電話代でこづかいを巻上げられている子供たちは、そんなゆとりはありはしない。

考えたらブームは最後の砦、携帯電話や無料モバイル中心に起こる気配である。

都会において「知らない大人には気をつけろ」と子供に教えなければならない社会は不幸だと思う。30年前のニューヨークがそうだと聞いて驚いたのだが、日本も訴訟社会になってきている。それは豊かなことなのか?すべてを金にしか換算できない心の貧しい人々の作る社会なのではないか?

こんばんは。
やっぱりブームは意図して作られて、それを操る人たちが儲ける仕組みができて、そういうのにホイホイ乗るのも問題だけれど、そういう側から見ると、多くのネット暮らしをする人は数でしかないんだと思うんですね。
ネット社会で人間関係が広がるんだ!と思ってる人たちの多くは現実の社会の人間関係に辛さ苦しさを感じてるのは間違いなさそうですね。
繰り返し拡大再生産されるネット社会が新しいコミュニケーションを築くという幻想・・・
なんだか風車に立ち向かうドンキホーテに似てる気がするんですね。 

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