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2007.10.18

スター・ダスト(星屑)

10月18日 亀田問題とブログ論

 昨日、プロボクシングの亀田父子の「謝罪会見」がニュースで報道されて、今日のスポーツ紙は各紙ともいろいろと批評していました。

 帰宅時にちょっと「道草」して喫茶店で、ほぼ全部のスポーツ紙の論評を読んでみました。
 全体的には「謝罪になっていない」っていうバッシングの論調が多かった。

 しかし、記者会見場に姿をみせた亀田大穀選手が終始うつむいて一言も言葉を発することなく退場したことをどう考えたらいいのかと私は思いましたね。

 まだ18歳のプロボクサーが「世界選手権」で反則という重大なルール違反をおこなった事は取り消すことの出来ない事実ですが、彼をとりまく家族や所属ジムや協会、そしてマスメディアに「翻弄され」「マインドコントロール」されている状態から脱出することができない現状のように思われましたね。

 人は「間違いを犯すことがある」という事実。
 それを、どのように乗り越えるか・・・私なんか、そのことに関心をもちますね。

 父親、史郎氏のコメントに真摯な姿とは異質なものを感じたのですが、メディアを含めた周囲のプロボクシングに対するこれまでの対応の誤りのほうに多くの問題があるような気がします。

 「向かうところ敵無し」といったキャラクターを亀田大穀選手に与え、またそう思い込んでボクシングの世界で「天下人」になりきっていた彼が、「思いもよらぬ」バッシングに遭って、心神喪失状態に陥ることは予想されうることだと思うのです。

 スポーツ評論家には「偽装謝罪」と断罪するコメントもありますが、「重大なルール違反」に対してどう反省するのかが問われているのもその通りです。

 ・・・が、「過ち」の原因を断ち切ってふたたび再起できるならば、本物の「ヒール」というキャラクターが生かせる、そんなふうに思うのですね。

 一度落ち込んだ「誤り」と「バッシング」から本当に抜け出すには、自分の頭で考えて自律していくしか方法はないんだろうと思います。

 一年間のライセンス停止が長いか短いか?
 そんな、こと以前に亀田大穀選手自身が、どのように成長して復活してゆくのか?ということ。

 その道のりを安易に周囲の甘言に乗せられることなく、自分の生き方として追求できる、そうした本当のプロボクサーというスポーツマンに成長することを望むものですね。

 彼をとりまく環境下でマインドコントロールされている姿こそ、記者会見場で一言も話せなかった姿に象徴されているんだと感じましたね。

 というわけで、スター選手が星屑のように消えるのか、それとも、ジェントルマンの素顔を持った「ヒール」のプロボクサーとして再起できるのか・・・私は頑張って乗り越えて欲しいと思っている。
 誰しも「間違い」は起こすことがあるものだから。そこからが真偽を試されるということです。

    ☆~ノノノ

 ところで、ブログ日記というものも星の数ほどありますね。
 遠い宇宙の星雲のような輝きを持ったブログ、ブログ、ブログ・・・。
 その数ある星が星屑のように暗闇の彼方に知らぬ間に消えてしまう・・・そんなブログも多いですね。

 先日、「○○さん(私のこと)ブログやっているんだって!」って職場の方から言われました。
 ついでに「若いわねぇ~」って。

 「ひえぇ~、ブログを書いている輩は若いのだ!」ってちょっと考えてしまいましたね。

 たしかに、ネットのブログ日記をたまにサーフィンすると、ほんと若い方のブログが多いのも事実ですね。
 先日、小学6年生の児童がブログを開設して知り合った男性のところに「軟禁?」されたという報道もありました。
 学校のサイトもあるし、裏サイトなんていう「便所の落書き」ほどのものもあります。
 近頃では、「ブログ」「掲示板」っていうのが、何かしら「犯罪の温床」のようなイメージも憑いて廻りますね。
 もちろん、そんなブログばかりではないが・・・

 たしかに、おじさんやおばさんがブログを書くというには勇気がいるのかな?とも思います。
 若い方々がチャットのようにネット会話をして、日常生活での携帯電話での話のように展開しているのを読みますと、そうした、友人とのコミュニケーションの場としてのブログに意味を感じているのかなとも思います。

 おじさんやおばさんのブログというのは、どうも「そこらへんが苦手」のような気もしますね。
 そうでなくても、世代としては「パソコン」じゃなくて「電子計算機」といわれた、まだ簡単にPCが出来ない時代に生きた来たから、「パソコン文字」は苦手な人が多いという世代でもあるわけです。

 「何のためのブログ」などという、意味づけを欲しがるのも、またこの世代ですし、「ブログ」というものが「特別なもの」に見えてしまうのも、そうでしょうね。

 ですから、ブログ日記などを書いているのは小学生から40代くらいの方々が中心なんでしょうね。
 おじさんやおばさんが「ブログ日記」をはじめようと思うときについてまわるのが、「可も無く不可もない、無難なブログ」「ちょっと大人らしい雰囲気を崩せないブログ」まあ、少しカッコをつけないと書けない・・・・

 それで、だんだんと「素直さ」よりも「上品さ」や「常識的生活人ブログ」を書くようになる。
 若い方から見ると、おそらく、こういうブログは「堅苦しい」と思えるのではないかと思っています。
 おじさんおばさんブロガーから見ると、多分チャット的コミュニケーションブログは書けない・・・・・

 どちらが良いとか悪いとかは思いませんね。
 個性的なブログが一番面白い。

 そういう意味で言いますと、やっぱり「ブログ」というのは、どれだけ「自分」というものが表現できるかという事につきるんではないかとも思っています。

 宇宙の歴史の中では星の誕生と消滅なんてアッという間の出来事です。
 ましてや、人間の歴史なんて、星の一生の何千万光年分の1という程度です。
 そうしてみると、人間の一生は「若さ」も「年寄り」もたかだか一瞬、まばたきの瞬間よりも僅か・・・・

 自由に、気ままに、個人的な「言葉」を書けば、ブログなんてそれで充分だと思いますね。
 ですから、若者もシニアも何に臆することなく自由に好き勝手に「思うこと」を書けば・・・それが「ブログ」になる 

 ・・・・などと思う今日です。 ではオヤスミ~!!! (ふぅ~ こりゃあ、ちょっと長過ぎた、誰も読まない長さだな)

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