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2007.03.08

憤怒・気の済まない日

3月7日 朝から目一杯・・・

 妻と息子がそろって風邪でダウンしました。

 それで、朝からちょっと早めに起きて「愛犬」の散歩を終え、朝食用のとりあえず珈琲を作って簡単一人モーニング、「珈琲はキッチンに作っておいたから・・・・、出勤するわ」って、まだ横になっている家族に声を掛けて出勤です。
 そうそう、娘はバイトと自動車学校で四苦八苦している・・・
 バタバタ協奏曲ってところですね。

 起床時間のリズムが変わるとどうも低血圧の私は気分も今ひとつです。
 ですから、ちょっと嫌味な言葉には「笑顔」じゃなくて「反撃」してしまう余裕の無さというところです。

 福祉職場であっても「福祉という顔」をしながら「非人権感覚」の持ち主もいるものです。
 ちょっとした一言の中に人間の本性が現れるもんです。

 あの「女性は産む機械」とほざいた無能大臣もいましたが、言葉尻をとらえてどうこうする気はないのですが、「少子化」と言われる現実の庶民の感情や状況を理解していないから非難されるのですね。
 女性を機械と同じにとらえる・・・それも問題だが、子どもが出来ない家庭、子どもを育てられない家庭、経済的貧困、そうした様々な暮らしに心が寄せられないから、それは多くの人々を傷つけているということも気がついていないのです。

 同じような事柄が本日はありましたね、職場で。
 新生児の誕生した家庭を訪問するという仕事について、ある管理職が言いました。
 「新生児が生まれたからと言って、全てが『おめでとうございます』という家庭ばかりではない・・・」
 「え、なんのこっちゃ・・・」と思いましたら、「例えば障害をもった乳児の場合は・・・」
 ひぃえ~、え、え、実に唖然とした驚きの言葉が聞こえてしまいましたね。
 子どもが生まれる、その子が障害児であったら「おめでとうございます」って言うのを躊躇するってことか!

 障害をお持ちのお子さんで、子育ても大変なことですね(健常児でもハンデーという事を除けば同じです)っていう気配りなら理解できるが、「おめでとうございます」とは障害児の家庭には言えない・・・なんて考えがまともかどうか、ごくごく普通の常識人ならばわかるだろうに。

 そうです、戦前には障害者は「お国の役にたたない非国民」っていわれていたし、障害者を社会から隔離して「部屋に閉じ込めていた」座敷牢、そんな非人権的な家庭もありました、この時代でも。
 なにか亡霊の声を聞いているような気がして、段々と怒りと腹立たしさが増してきましたね。

 「これは書いて記憶に留めなければ、気が済まない」って。

 どんな重度の障害児であっても、生まれた命の尊さは同じなんですよね。
 それは恥じることでもないし、同情されることでもない。
 生きる上でのハンディを社会福祉がどう補うのかであって、福祉は「慈愛」でも「施し」でもないのです。
 
 福祉って、人間は誰しも「平等である」ことを実感し、実現する施策ですから、だからこそ、福祉に関わる人々は人権感覚を最も大切なこととして考えなければならない、「人は生まれたらどの様な環境であっても平等なんだ」ということですね。

 その福祉職場の管理職が真顔で言う言葉ではないし、実に情けないこの国の「縮図」のような職場に思えてしまいました。
  
 差別的感情や差別的な言葉は、もっとも非人間的な唾棄すべきことだと思っています。

 先日、広島の原爆記念碑だと思ったが、訪れた方々の記録ノートに外国人への差別的・中傷的な書き込みがされて、そのノートは撤去されたという記事が新聞に載っていました。(ちょっと記憶が曖昧ですが)
 障害者だけでなく、外国人の方々への差別的言動もとても気になる最近です。

 外国人であっても、この日本で生活している方々はたくさん見えますし、国籍の違いによって人間的な上下関係や差別などありえないはずですね。
 ヒットラーの民族排外主義=反ユダヤ主義も、中身の思想は同じでしょうね。

 それでも、やっぱり差別的な思考は根深いものがあります。
 格差社会、一人親(母子)世帯への偏見、男尊女卑のアナクロニズム思考、同和問題、いじめ問題、・・・・いっぱいありすぎるほどです。
 こうした考え方の根幹に「差別」思想が横たわっているんではと思いますね。


 ・・・というわけで、待ったなしの仕事が帰宅を遅らせる・・・・残業でした。
 家にたどり着くと、妻も息子も寝込んでいましたから、まだ夕食は摂っていないと。
 それで、簡単な食材で夕食の準備をして・・・・食洗機というべんりなものもありますし、この際キッチンシンクもちょっときれいにして。

 愛犬の夜の散歩もまだだから「お~いポン太、今日は短縮コースだからな」って言い聞かせて、夜の散歩道へ出ると、まん丸なお月様が夜道を照らしていました。

 風呂を沸かして、なにか慌ただしい一日の終わりに「気が済まない人権話」をブログに書いていると、あ~もう夜中です。

 明日は、100%「待ったなしの仕事」ですから、早く寝ればよいが、私には少しぼんやりとする時間がどうしても必要です。
 心の切り替えなんですね。
 
   

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