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2007年3月

2007.03.31

ちょっと一休み!

3月31日 ブログは心を映し出すものですね

  ちょっと! ちょっと! ちょっと!(笑) ・・・・ちょっと一休みしていましたが雰囲気も少しだけ変えて再開いたします。
  ・・・・などど、大袈裟なものでもない、たんなる個人的な日記です。
  まずは、休息中にコメントをいただきましたちゃぶんさんとましゃさん、そして更新もないのにいつも訪問いただいていたブログ仲間の方々にはとても感謝しています。

  連日の残業と心労やブログ日記などの憂鬱感もあって、しばらく充電していたってわけです。
 
 ブログ日記といっても、書いているのは生身の人間ですから、現実の喜怒哀楽を反映してしまいます。
 そういうものだ!とわかって書いていたつもりだったのですがねぇ・・・・それが正直な気持ちですね。
 
 10日ほど日記を書くのを止めていると・・・

 桜の樹の花びらが日を追って開き始め、満開になるのも間近になっていました。
 娘の真っ黒な頭がちょっと茶色くなっていました。
 注文していた妻への「かぐや姫メンバーズ大全集CD」が週遅れの誕生日プレゼントとして届き、とても喜んでくれました。
 プロ野球セ・リーグも開幕して、応援している中日ドラゴンズも連勝スタートです。
 そうそう、職場の人事異動でたくさんの方々が、これまでとは違う職場や人生を歩むことになりました。

 まあ、いろいろある中で、プロ野球「楽天」の野村監督の「覚悟は最大の決断なり」っていう言葉の心境になるまでは、しばらく、いろいろな方のブログを読ませていただいたり、このNIFTYブログの「ココログの機能」について調べたり、ブログの本などもちょっと勉強していました。(解析方法やプロバイダー責任制限法など、いろいろ知らないこともわかりました)

 ・・・といっても、連日の残業でホトホト疲れきっていましたから、疲れすぎると「性格も歪む」恐れもあるか(笑)と本気で考えたりもして・・・・思うのです、素直に考えるのが最も誠実なことだと。

 この10日間、疲れている中でしたが、何年ぶりかと言える、とても感銘した本を読むことができました。
 感銘をうける本なんて、なかなか遭遇しないものですが、「最後の瞽女(ごぜ) 小林ハルの人生」(桐生清次著 文芸社)小林ハルさんの話を口述筆記した本ですが、少しでも長く読み続けていたい!そう思った本です。
 良い人に多くふれあう、良い本に多く接する・・・人間が嫌いになりかけているときの最高の良薬です。  

 (お願いです)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 これまで、私はコメントなどをいただいたときは、どんな場合でも、お礼と返事をするように心がけてきたつもりなんですね、それがネットの世界のコミュニケーションのとりかたの常識と素直さと思っていましたから・・・・
 しかしながら、そんなことばかりでもないのが現実のようです。

 それで、「コメント」と「トラックバック」には管理者の「公開・非公開」の保留という制限をつけさせていただきました。
 すみません、友だちからのコメントをいただいても即行で反映できないのが残念ですが、申し訳ありません。

 もちろん、「迷惑コメントや迷惑トラックバック」は場合は削除させていただきますし、フリーメールアドレスや偽アドレス、ごく普通の挨拶も何も無いものも同様に読まずに削除させていただきます。

 ・・・たいしたこともないこんな個人的なブログ日記だから、本当は必要ないことかもしれないんですがね。
 

 金八先生 贈ることば

 進歩の中には人を幸せにするものもあったし、
 不幸にしてしまうものも生み出されました。
 それらを踏まえて君たちは二十一世紀を生きていく。

 ブログ仲間・友人たちとのコミュニケーション手段の進歩は人を幸せにするものですね。
 
 

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2007.03.21

春分の日・・・ブログ日記

3月21日 ブログ日記について

 穏やかな日でした。

 職場の友人のお父さんが亡くなられて「告別式」に参列させていただきました。
 「お酒がすきで、苦労もされた・・・」と喪主の方があいさつされていましたが、参列者もたくさんみえていて、一人の人の関わりは大きく広い、そんな中で自分達は営みをしているんだなと実感しました。

 満ち欠けする月が細く輝いています、そのすぐ横には明るい一番星がキラキラと輝いている春分の日です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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2007.03.20

定年退職・・・団塊の世代

3月20日 「人生」っていうものを感じる日

 職場の定年退職を迎える方の「送る会」に出させていただきました。

 「学校を卒業して、学生服の姿でチンチン電車でこの職場に着いたときは、不安がいっぱいだった・・・・」と、挨拶されていた方々は40数年の勤務にピリオドがうたれるわけですが、同時に、団塊の世代の定年退職が始まるということでもあります。

 そうか「チンチン電車」がこの名古屋の街に走っていた頃、多感な若者であった時代から、定年退職という今日までを生き抜いてきた「人生」を感じますね。

 日本の高度経済成長期を支えた世代、まだこの国の将来に希望をもって、働く人の群衆の一人として、いろいろな意味で、日本という国とともに歩んできた「人生」を思い浮かべます。

 良いも悪いも、団塊の世代に生まれた方々は「個性的」です。
 その個性は「変わった人」というのではなく、何かしら信念を持っている方が多いと思うんです。

 ですから、60歳の定年といってもまだまだ「パワー」を感じる、ちょっとそこらの若輩者よりも、生きて生活する力は、はるかに大きいように思うのですね。

 60年安保闘争とか、社会変革とか、すくなくとも、まだこの日本に民主主義のための運動、「大衆運動」という時代の流れが高揚していた時代背景の中で、そんなことに関わった人も、関わらない人も、皆、そういう大きな社会の流れに、何かしらの影響を受けて歩んできた「世代」・・・それが団塊の世代といえるのでしょう。

 ですから、長く福祉職場の仕事に関わってこられた、今日の定年退職を迎えられた方は、やっぱり福祉や生活が苦しくなってきているこの頃には、人一倍敏感に「憂い」を感じることが多いんではと・・・

 「お疲れ様でした」って言いたいところですが、日本の社会を支えているのは若者であり、働き盛りの中年層であり、そして退職した方々、お年寄り・・・それら全ての人々ですから。
 第二の職場に行こうが、ゆったりとした退職後の生活を送ろうが、「生きる」という意味では疲れてはいけないんですね、きっと・・・・。

 自分にも言い聞かせているつもりなんですが・・・(笑)


   どうかその笑顔でみんなの心を
     いつまでも いつまでも
            和ませてください。   (金八先生 贈ることば)

 ・・・定年退職っていっても人生の一つの区切り、まだまだ日本の社会を支える「人生」は続くってことだから、幸か不幸か、団塊の世代に生まれた方の持っている「不敵な笑み」で、みんなの心を和ませてくださいな。

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2007.03.19

温度差いろいろ

3月19日 あ~あ華麗なる一族、エキストラ悲話ですねん

 朝、出掛けに「まあ気を落とさないでね・・・」と妻が。

 ブログに書きまくったおかげで、気にとめてくださった方々には、いやはや申し開きができない・・
 しかも、ちょと前には、Yahooの「華麗なる一族」フォトギャラリーで「国会で津川雅彦記者会見」シーンが最終回の写真として載っていたから、話題になっていたらしい。

 でもって、出勤するなり「ねえ、どこに出ていたのわからなかったわ・・・」って聞かれて、苦悶しましたね。
 それから、沈黙を貫き通そうと、話題にはふれずにいましたら・・・案の定「華麗なる一族の・・・」、ひとしきり「話題」が飛び跳ねて、冷ややかな笑顔が渦巻いていましたね。
 くぅ・・・・。

 「だいたい、Yahooに載った最終回の場面写真として大々的に宣伝していたのが間違いのもとだな」
 「ワン・シーンじゃなくてドラマのテレビの中、モノクロ画像で一瞬じゃん、地味なネクタイで黒いスーツ、あれでは赤でも黒く映るから、なんじゃこりゃ・・・」
 「メイクさんもいる!メイクさんもスタッフさんもいらんわいな・・・あの画面では」
 「朝早くから集合した20名余のエキストラはガックリと落胆してるはな」
 「あのシーンなら、わざわざ名古屋市役所の庁舎じゃなくてセットで十分だったってもんよ」

 文句をタラ~リ、連発速射砲のエキストラ仲間と友人たちの会話です。 
 出たがり三人衆は完全に「笑いもの三人衆」になってしまい、残ったのはTBSマークのストラップとボールペン・・・まあ、このへんで今日は勘弁しておいてやるか。

 いやはや、エキストラの悲哀そのものです。

 ちなみに、その後も通行人とかレストランの家族役とかエキストラ話が来ていますが・・・躊躇するだろうな。
 
 というわけで、この話題は沈黙することにします(笑)
 制作会社、編集者、出演者、エキストラ・・・温度差はいろいろってわけです。

 で、出来る限り話題をチェンジしようとしている私です(笑)
 温度差というと中日新聞の片隅に面白い記事が載っていました。

 「団塊夫婦に”温度差”」
 団塊世代の熟年夫婦が一緒に居るときの体感温度は妻の四割が「下がることが多い」と答え、夫とは”温度差”がある・・・「上がることが多い」と答えたのは男性が76%・・・・女性は60%と16ポイントも低かった。
 ・・・・体感温度が変化する理由に挙げたのは、男性が「安らげる」「会話が弾んで楽しい」・・・一方、女性は「自分の自由な時間が減る」「嫌な面が目につく」「気を使って疲れる」・・・

 っていう調査結果なのだそうです。

 企業戦士、モーレツ社員などと言われた世代としての団塊の世代の老後を暗示するような”温度差”です。
 夫婦のありかたが問われているんですね。

 職場では、それ相応の肩書きや仕事ぶりが「評価」されたとしても、家庭にもどれば、そんな「名刺」みたいな基準は関係ないから、人間的本質が妻や子らからの評価となるわけですね。

 団塊の世代ばかりでなく、世の働く男性たちも、もう少しこころ豊かな情愛の感覚が求められている・・・っていう事なんでしょうね。
  

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華麗にはほど遠い一族

3月18日 妻の誕生日、そして笑ってしまう日曜日

 早朝からネクタイにスーツ姿で出た「華麗なる一族」のエキストラ・・・笑ってしまう結末でした。
 こういう、今流行のテレビドラマっていうだけで、期待感はもう富士山くらいの大きさ高さでしたから、ビデオを用意して、9時の時計の針を気にする。
 つまり弓をいっぱいに引きしぼり、十分に用意して、その映像を待つ「満を持して」ってわけでした。
 
 で、そんな津川雅彦の大臣インタビューなんて最後まででてこない。
 妻も「あれ~」、私も「全面カットってことか~」なんていいつつ。

 あはは・・・ビデをを巻き戻して「発見」、ちょうど私、トイレに行ってた時だったので、妻もマサカ「テレビ中継シーン」とは気がつかなかったようでしたね。

 ・・・・笑い話ですね。ドラマの中の「テレビ報道シーン」の一瞬とはね。
 一緒にエキストラをやった出たがり三人衆も「なんじゃこりゃ」って笑っているだろうな・・・
 
 自前のスーツで、NOギャラのボランティアで、弁当もなく、ただひたすら「華麗なる一族」と「エキストラ」と「テレビ出演」って言葉に翻弄された結末が・・・な・な・なんと「華麗」どころかぼやけた「テレビの中のテレビ記者中継シーン」ですからね~

 一瞬、豆粒のような姿が・・・・、あの津川雅彦さんの台詞も大幅にカット、「大臣~」って追いかけるシーンも「無い」。
 まあ、世の中、期待どおりには何事も行きません、前評判ばかり先行した職場の皆さんや、ブログを読まれた皆さんや、それに「華麗なるエキストラ・デビュー」を信じて見てくれた我が家の一族は・・・文字通り「ガックリ!」

 今日は妻の誕生日でしたから「エキストラ俳優(笑)」のプレゼントは没・・・もちろん、本物のプレゼントは「かぐや姫メンバーズ大全集(CD22枚組)」の注文です、しばらく日数がかかるけれど。

 あ~あ、「出たがり三人衆」は「落胆三人衆」になっちまったてことだわいな。
 ・・・・・ちょっと家事もやったけれど、いろいろと疲れた一日でした。

 

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2007.03.17

自転車散歩・愛知森林公園~定光寺を走る

3月17日 激しいアップ・ダウンロードを疾走する

 どえりゃぁ、なぎゃぁ(名古屋弁「とっても長い」)日記ですから、気がむいたらお読みください、写真だけでも。

 昨日の「男はつらいよ」最も多かったアンコール放映は「寅次郎ハイビスカスの花(第25作)」のようでした。
 「でした」っていうのも、先週は連日残業で帰宅も遅く、「寅さん」途中から、それでもって眠気と同居しながら見ていましたね。

 安心して、こころを解放して見られる映画だからこそのゆったり感です。

 実は、この「寅次郎ハイビスカスの花」は、自分が初めて見た「男はつらいよ」の映画でした。
 当時はリリー(浅丘ルリ子)の気の強さに違和感を持った記憶ですが、何度も見ていると、マドンナ役としては、もっとも寅さんにふさわしい、「所帯を持つ」現実味が一番大きかったマドンナですね。

 この作品、1980年に封切されています。
 当時の沖縄の風景がしっかり捉えられています、米軍基地や米兵、沖縄の言葉と風土。
 妻と新婚旅行で行ったのが沖縄、そのころの雰囲気が甦ってきますね、数年前家族旅行で行った沖縄とはずいぶんと違った「純朴さ」があったようにも思えるんですね。

 しかし、まあ、寅さんも所帯をもってリリーさんと一緒に暮らしていたら「男はつらいよ」も48作も続く「国民的映画」にはならなかったでしょうがね。(笑)
 男と女のバランス感覚、微妙な違和感、そうだからこそ最もしっくりしてた「マドンナのリリー」でしたね。

 ・・・というわけで、仕事にちょっと疲れ気味、職場の出来の悪い管理者にストレスが溜まり気味の今週でしたから、この気分を「激しいアップダウンのある道」を自転車サイクリングして、脳内活性化ドーバミンの大量生産による気分高揚を狙って、職場の仲間と選んだ行き先は「愛知・森林公園から国有林の山道を越えて定光寺まで」のコースでした。
 
 まるで自傷行為を楽しむかのような長い昇り坂とジェットコースターのような長い下り坂をあえて選んだようなものです。

    ☆            ☆             ☆           

 ここからは写真と感想文で、愛知・森林公園と定光寺の自転車サイクリング風景をお楽しみ下さい。
 もう春はそこまで、風もなく厳しい寒さもなく一面青空が広がっていた穏やかな一日です。
 森林公園の駐車場に車を停めて自転車を降ろしてサイクリングです。
 支度からここまでは車では名古屋市守山区の志段味地区を通ります。

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 この志段味地区はかって四年ほど通勤していた職場があって、毎朝出勤前のモーニングコーヒーを飲んだ喫茶店があります。20年近く前のことです。

 それで、その喫茶店に珈琲タイムで寄りました、当時は小奇麗でモダンな喫茶店でした。
 梁のある天井には大きなファンシーリングが廻り、薪ストーブが店内を暖めている。
 背もたれの少し高い椅子に座って、スポーツ紙を読んだり、小説を読んだり、ゆとりのある出勤前風景でした。

 区画整理がされて新道ができてはいるが、昔とちっとも変わらない雰囲気のお店です。
 「覚えてみえますか、昔この先の○○に努めていた・・・・・」とママさんに一声。
 「ええ、入って見えたときから分かりましたよ」
 とても嬉しいものです、何年も前のことですが覚えていてくださるということは。

 そういえば、この地区の職場から転勤するときに、真っ白な「珈琲カップ」を記念にいただきました。
 名前も特に告げたわけではありませんが「セッケンさん」と呼ばれていたらしい・・・後に知ったのですが(笑)
 こういう喫茶店は良いモンです、ママさんも私もずいぶんと歳だけはとったが昔のままです・・・

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 愛知県森林公園は総合公園として自然が多く残っています、名古屋からも近く各種のスポーツ施設や家族連れで楽しむ公園があります。

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 まだ春の陽気とはいえませんが、ちらほらと家族連れもいます。
 本格的な春のシーズンになりますと、ボート池や芝生の上ではファミリーの憩いの姿でいっぱいになります。

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 公園を越えて自転車を走らせますとアーチェリー場や野球場・テニスコートもあります。
 かって中学生の頃の卓球部のトレーニングでここまで来ました。
 夏休みの練習場でしたが、トレーニングというよりはスパルタ部活でしたから、この野球場外周を「うさぎ跳びで5周」なんて先輩の命令、1周でも苦しいから皆ダウンしていましたね。

 今でこそ、うさぎ跳びが膝に良くないといわれていますが、それも夏の炎天下、水を飲むとバテるから禁止などという非科学的トレーニングです、「巨人の星」星飛馬の世界です。
 もっとも、木陰で心配そうに見つめている優しい姉(彼女)の存在はなかったが・・・(笑)

 笑い話で話せる昔のこと、思い出しますね、毎日々々「なんとか先輩の目を逃れてサボる」ことばかり考えていましたね(笑)

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 森林公園乗馬場前のバス停を左折して愛知県瀬戸市の中水野の地域です。
 この公園の乗馬場もすっかりきれいに整備されましたが、この乗馬場は高校生の頃の「乗馬クラブ」のこれまた部活動の場所でした。
 並足・速足など週1~2回のペースだと思いましたが、馬に乗って練習していました。
 人間よりずいぶんとデカイのが馬です、体高が2mの馬上も人間が乗るとさらにもう1mは高くなるので恐怖感いっぱいでしたね。
 30数回目の騎乗のときに、素人に毛がはえたレベルの自分だって馬も気がついたのでしょう、暴走されて落馬して、それが最後のクラブ活動となりましたね。
 落馬というよりも、長靴や乗馬服など余りにも高価だったから、貧乏な家だったから「買いたい」って、言い出せなかったというのが本音でしたね。  

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 愛知県瀬戸市の中水野地区、その昔は山林でしたが、何十年も経つと、すっかり開けた市街地に変貌して、大型スーパーや戸建住宅が建ち並ぶ景色です。
 その先の愛知環状鉄道「岡多線」を越えると、国有林の木立の中を道路が続いています。
 いよいよアップダウンのあるロードってわけです。

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 斜度は12~13度ほどですが、慣れない昇り坂は休憩なしにはとても無理です、ギア比をチェンジしながらノロノロと昇り切ると、今度は下り坂になりますから、爽快感いっぱいです。
 速度制限30キロの表示の道ですが、目一杯走ると自転車でも40キロは楽に越えるから、まるでジェットコースターの気分、目的地の定光寺はすぐ先です。

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 定光寺公園はまだ人の姿も、まばらです。
 公園には、ここに住み着いているのでしょうか野良猫がやってきましたね。
 人をみると餌をねだる習慣ができているのでしょうか、ベンチで一休みしている傍で猫も佇む・・・
 公園脇の小店で「お好み焼き」と「おでん」の昼食をとりました、こういうサイクリング先で食べる「昼食」っていうのも楽しみの一つです。(途中のコンビにで弁当を買いそびれたので、怪我の功名ってやつですが)

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 臨済宗妙心寺派の「定光寺」です。徳川御三家の筆頭尾張藩の奥の院とも呼ばれているようです。
 尾張藩祖の徳川義直が葬られた重要文化財の「御廟の部」も山頂にあり、石段を登って行くと静寂な空気がとりまいています。

 ・・・・というわけで、自転車ポダリング、ちょっとアップダウンがきついのですが、このコースは「名古屋・ゆうゆう自転車散歩マップ」自転車生活ブックス編集部編をたいへん参考にさせていただきました。
 「名古屋郊外で上り系自転車散歩」・・・「平地だけでは物足りなくなったらココへ」っていう言葉に魅せられたんです。

 おまけ・・・・「車輪の下のたんぽぽ」です。
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2007.03.15

不覚にも・・・寅さん

3月15日 あと半月で4月だ~

 歳をとるとディスプレイの画面がやたらと読みにくい。
 自宅ではそんなこともないが、職場のものは尚更だから・・・これって、ただの仕事きらい?

 パソコンはもう職場の必需機器になってきた、電卓やボールペンと同じで文明の進歩なんでしょうか。
 パソコンが使いこなせなければ、仕事も、まずパソコン習得から・・・ってなのが普通。

 当たり前のことかも知れませんが、苦しんでいる方も多いでしょうね。

 ・・・って、そんな書き出しの日記ですが、ブログの友人から「寅さん」やってるって教えていただいて、何度見ても楽しい映画ですから、残業もちょっとやって、猛ダッシュのサイクルマンになって帰宅しましたね。

 それで、「男はつらいよ」のアンコール作品、視聴者投票第二位に選ばれた再放送でした。
 「口笛を吹く寅次郎」第32作品です、俳優渥美清がもっとも元気な頃ですね。

 例によって、ウトウトと列車の座席で眠りこんでいる寅さんの「夢シーン」からの始まりです。
 幽体離脱?した寅さん柴又の「とらや」に帰ると、タコ社長が見合いの話を持ち込んで、さくらや「とらや」の面々は「これで寅さんも落ち着くか」と喜んでいる。

 そこに、寅さんが戻ってきて、大ハシャギ・・・おいおい「俺はここにいるぞ」って幽体離脱した寅さんは呼ぶが誰も気がつかない。
 そんな場面で、「もしもし・・」って、列車の親子連れのおやじに起こされる・・・おやじ役は懐かしい「レオナルド熊」(知らないだろうな)さんの鉢巻姿でした。

 で、ここまでが記憶に残る本日のNHKBS放送「男はつらいよ」です。
 寅さんの寝覚めとともに、不覚にもテレビの前のソファーで寝込んでしまった自分、気がついたらもう終わっていました。
 
 ペダル回転全開してバイク・メッセンジャーのように、すっ飛ばして帰宅した意味が・・・なんちゅうことでしょう。

 「夢」のシーンは全48作中24作で映画の冒頭シーンとなっているから、ファンならばそれを期待するってのが定番になっています。

 寅さんの夢シーンを見ながら,夢の世界に突入した自分でした。

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2007.03.14

小さな声で内緒話

3月14日 日記です・・・

 今日も寒い一日でした。
 仕事をしました。
 帰宅して夕食後に居眠りして、ブログを書いています・・・・まあ、そういうのが何も無い日の出来事?

 それでは、ブログらしさに欠けるので、私なんぞが書くと、以下のようになっちゃうんだな、これが。

 帰宅すると妻が「ホワイトデーのお返しは?」、「ない」「じゃあ、この前のCDでいいわ」
 一日の3分の1が仕事で3分の1が睡眠(不足気味)で、残りが家庭の生活です。
 生活に困っている家庭のケースワーク仕事をしていた頃には、いつも思っていましたね。
 自分の家庭の幸せを考えられない奴が、他人の生活をどうのこうの言えるだろうか?

 だから、ブログ日記も、家庭のあれこれを書いてしまう。
 冗談は書いても嘘は書かない、お笑い話の掛け合いはしても、「嫌味」は言わない・・・家庭でも職場でもそう思っていますね。

 で、もうすぐ妻の誕生日だから、いっちょCDでもプレゼントしようかな。
 「かぐや姫」のメンバーだった伊勢正三の大ファンなんです(どこがいいのやら?)
 それで東芝EMIから「かぐや姫メンバーズ大全集」CDが発売されたので欲しいと前から言っていたので、ちびちびと溜まっている小遣いをはたくか・・・ちょっといい値段だけども。

 「22歳の別れ」っていう曲がある、妻は名曲だという。
 あの伊勢正三のどこがいいのかわからないが作詞・作曲らしい。

 歌詞はこうである。

   あなたに さよならって
   言えるのは 今日だけ
   明日になって またあなたの
   暖かい手に触れたら きっと
   言えなくなってしまう そんな気がして
      ・
      ・
   私の誕生日に 22本のローソクをたて
   ひとつひとつが みんな君の
   人生だって言って 17本目からは
   いっしょに火をつけたのが 昨日のことのように

   今はただ5年の月日が 永すぎた春といえるだけです
   あなたの知らないところへ 嫁いでいく私にとって

      ・
      ・

 たしかに、情感あふれたいい曲です。
 妻が22歳の頃は私と一緒になっていた。
 それから、もう何十年も月日が経つが、最初のころには誕生日には「薔薇とかすみ草」の花束を買って贈っていた。
 十年ほど続いたが、もうそろそろいいだろう・・・って勝手に決めて贈ることもなくなった。

 だから、「22歳の別れ」はなかったが・・・
 妻が面白いことを言っていた、「17本目から22本目だから、年月は6年になるはずだ」って
 計算高い、じゃなくて計算の強い妻である。

 ・・・・ってな日記になってしまうから、本当はこういう話は「内緒話」にしておきたいもんだなぁ。

 おまけの話をひとつ。

 3月18日の日曜日、「華麗なる一族・最終回」が90分スペシャル番組のようで、小さな声で、大きく言いますが、ついに、私と友人の出たがり三人衆がエキストラ登場いたします。(多分)

 場面は国会議事堂から出てくる大蔵大臣の津川雅彦を取り巻く「東都日報」の記者役です。
 もちろん中心は津川雅彦でその他大勢の一人がエキストラというもんですが・・・

 あはは、ブログちゅうもんは面白いです。
 ただのエキストラが話題の「主役」になってしまうからね。

 それで、おまけのおまけの記者ぽっぽ、じゃなくて汽車ぽっぽ・・・ってことで、某インターネットサイトで写真がありましたので、小さな声で、控えめに載せておきます。(なんせ、本番は映らないかも知れんので)

 えへへ 一応、私いました・・・素人の雰囲気で、ここから階段を降りるシーンですが・・・お楽しみに(笑)
 どこにいるかって? 聞かれましたら白状いたします(笑)

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2007.03.13

若い人たち

3月13日 驚きです・・・7人に1人とは!

 ブログ日記を始めて2年半になります。
 よくも、まあ続いているもんだって、おまけに月日が経つごとに更新が早くなり、文字数も増えていってます。
 このまま行けば、うんざりするほどの文章羅列ブログに変貌は間違いありません(笑)

 それで、ブログのおかげで見知らぬ方や若い方々との「会話」もできたりして、別の世界に入り込む・・・そんな雰囲気ですね、って、まあ、つまり歳ですね。

 若い方々のコメントや会話を読ませていただくと、いろいろと感じるものがあります。
 若さと危うさと「希望」、それにちょっと「つまずき」そんなものが、いろいろありますから、宝石箱のように思えるのですが、「本当の心」はどのへんにあるんだろうか、って思う・・・そんな新聞記事を目にしました。

 20歳から24歳の女性の七人に一人(15%)がリストカット(手首を切る行為)などの自傷行為の経験があることが厚生労働省研究班の調査で分かった。四人に一人は「したことはないがしようと思ったことはある」(中日新聞)というのです。

 これは、驚きの数字です。
 ネットの若い方々のブログなどでは、現代版「話し言葉」で楽しく書き込まれ、ときおり使われる絵文字(おじさんは絵文字が苦手なのだ)は、若さと楽しさが一段とアップしているのですが。

 一方では、そんな「ネット」と「携帯メール」が寂しさを紛らわす手段になっているんでしょうか。
 ブログ日記が文章を書くというよりも、友人に語りかける言葉として、重きが置かれているのを読むと、たくさんの人々の中で「孤独と苦悩」を癒しているような気もします。

 そうした、ネットの言葉のコミュニケーションの世界を否定しているわけではありません。
 生身の生活の中で感じる「ちょっと空虚な気持ち」が友人たちの会話で、「ちょっと頑張ろう」ていう思いにさせてくれるならば、そんなに良いことはありませんから。

 けれども、確実に「リストカット」などの自傷行為を経験した若者が七人に一人もいるという現実です。
 「リストカット」は自殺行為ではなくて、どうしようもない自分の解決行為だという、SOSなんですね。

 この調査を行った機関の方は「特に若い女性の間に厭世(えんせい)的な気分が広がり、世の中への失望が自傷に向かっている可能性が否定できない」と話しています。(中日新聞)

 青春の蹉跌です。

 ・・・それでも、辛く、苦しく、悩むことが絶え間なく生じるこの社会ですから、「リストカット」も自分自身の表現方法の一つかも知れませんね。

 それよりも、もっと良い方法が見つかるならば、探してみるといい。
 「リストカットをしているんだ」「苦しんでいるんだ」そう伝えてみると良い。

 人は一人では生きて行けないし、生きられないから、本当の仲間探しの旅に出るといい・・・おじさん達の世代と現代の世代の若者気質が大きく変わっていることは、そのとおりですが、どんな時代にも「悩める青春」は横たわっている・・・そんな気がした本日ですね。

 先日、法事で行ったお寺の「会報」に載っていました。

 いろんなこと
   あるけれど
 明日は
   きっと
  いいこと
     あるさ
 だから
  もうすこし
 がんばろうよ
       自分に

 がんばらなくてもいい、だけど もうすこし がんばろうよ!・・・これ、自分に言いきかせてみようかなぁ

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2007.03.12

バイク・タワー

3月12日 ・・・・・・・

 朝からみぞれまじりの雨、それでも天気予報は晴れのはずだが・・・
 「春一番か」な~んて昨日書いたら、「冬将軍」のようなお天気でした。

 土曜日に予定していた所用を本日の午後に済ませて、帰りがけにスポーツ自転車店によって「バイク・タワー」を購入しました。
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 以前から玄関にデンと居座っている、サイクリング用折畳みロードバイク「ジャイアントMR-4F」がジャマ物扱いされていたので、思い切ってポール吊り下げの「バイク・タワー」にしたのです。

 狭小住宅に住む悲哀なんですね。

 玄関の愛犬の寝場所の上に取り付けたら「地震が来たらポンちゃんがつぶされるじゃん・・」って娘の反論もあったが、かなりしっかりと固定したから大丈夫だろう。
 まあ、マゲネチュード7とか8とか、そういう震災がきたら家そのものが危険ということですがね。

 「バイク・タワー」・・・気分ののらない日は、買い物依存症になってみるのもいいものです。
 「木の芽時」という言葉があります。
 人間も冬から春の気候の変わり目は、心模様の変化が激しい季節なんですね。
 
 春先にはメンタルクリニックや精神科を受診する人が増えるといいます。
 こんな世相は「鬱的気分になって当然」な~んて思っていますが、悩みなんか何もない、ストレスなんて感じたことがない・・・などと平気で言いまくっている輩は、「人の悲しみや、苦しみに」無頓着な輩以外の何ものでもないんではと・・・

 私のストレスの原因は、こうした輩が社会の中で、その無頓着さゆえに人を傷つけていること。これを容認できない!・・まあ、このあたりですね。

 というわけで、受験に苦しんでいる生徒諸君、仕事で苦しんでいる鬱的気分の方、AC(アダルトチルドレン)にもがいている方、み~んなに共通する「金八先生の贈ることば」です

 泣きたいときは、遠慮しないで泣きなさい。
 涙が乾いたら、代わりに希望の芽が出てくる。

 正直な心に立ち戻るって難しいよなぁ
 それで、希望の芽が出てくる・・・そうだと信じたいですね。
 

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2007.03.11

春は目の前・・休養日和です

3月11日 強い風、春一番なんでしょうかね・・・休養・休養・休養日です

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 心にも体にも休養が必要ですから、久ぶりに朝のちょっと長めの愛犬散歩です。
 ちょっと寒くて、風も強いから飼い主に似て、臆病な「ポン太」は看板が音をたてて揺れるとビクビク・・・
 正直に反応するところが、とても可愛いというものです、飼い主心理です。

 ところで、昨日は義姉の法事で愛知県の瀬戸市に妻と行きました。
 いつものお寺といつものちょっと短い「お経」、喧騒を忘れられるところが何よりもいいもんです。

 私のすぐ上の兄嫁であった義姉は、私の母と同じ年に若くして亡くなりました。
 看護士の仕事をされていて、穏やかで、優しい方でしたが、病院で病気の人らと何人も関わってみえたからでしょうか、とても「落ち着いた義姉」という想いです。
 兄の家のリビングに優しく微笑んだ義姉の生前の写真が飾られています。
 私の抱いているイメージそのものの義姉の写真です、家族を優しく見守っているように感じられましたね。

 亡くなる数年前に「一年に一回の癌検診では発見時には手遅れになる場合もあるから、本当は半年に一回は検診が必要なんだわね」って話してくれたことや「肺がんの検査は大変よ」って、もう病気については、「こういう人がプロというんだろうな」って、「こういう人が家族にいれば一生安心だなぁ」そんなふうに思ったものでした。
 しかしながら、人生って、人の命って、誰が決めるものだろう・・・なにか改めて心に思う、そんな昨日でした。

 話題は本日のブログ日記です。
 中日新聞に「今週のことば」という欄があります、それで少し前の言葉にこんなのが。
 
 忙しいということは 怠けている証拠です   安田理深 

 ・・・唖然としましたね。なんでそうなるの?
 で、解説を読んでいきますと、妙になっとくするものがあるのです。
 
 ・・・・「忙しい」といって、われを忘れ、気がついたら「こんな年になっていた。
 わたしの一生は一体何であったのか」と虚しさが襲ってくる。
 人生を真面目に生きてきたことを否定するのではない。
 ただ時間に流され、自身の生きる意味を問うことをしなかった。
 それが怠けている証拠だという。
 昔の人は「忙しい中をようこそ」といわず「暇をかいてようこそ」と人をむかえた。
 時には「暇をかいて」、自身をしっかり見つめて生活したいものである。 (中村薫)

 年がら年中「忙しい」のが現代です。
 サラリーマンだけでなく、働く人々はますます酷使され、生活そのものが追いまくられている感じです。
 「暇をかいてようこそ」と友人を迎えられる、せめて気持ちだけはそうありたいと思う本日です。

 ちょっと休養して、心にゆとりが生まれてこその心もちなんですがね。

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2007.03.09

残業がもたらす父と娘と愛犬の時間

3月8日 夜中のブログですわぃ

 連日の残業で帰宅が遅くなるのが続いています。
 夜の自転車帰宅は暗いから、スピードも控えめでやっぱり時間がかかります。
 「自転車だから大変でしょう」と気を配って言ってくれる方もみえますが、不思議なことに疲れていても気持ちが良くなる「自転車通勤」です、これ本当ですよ・・・・
 
 と言うわけで、妻と息子の風邪も回復にむかっていますが、まだ寒い外に出るには用心に越したことはないです。
 それで、帰宅して遅い夕食のあとの「愛犬散歩」はバイト休みの娘が行ってくれるというのだが、暗い夜道の愛犬散歩。

 暴漢のたぐいが出ても、ご主人よりも真っ先に逃げ出しそうな「愛犬ポン太」ですから、(そういえば、「熊に襲われた主人を助ける犬が何パーセントいるか?」っていうシコミ番組があったらしいが・・・)私も一緒に愛犬散歩に付いて行くことになりました。
 
 最近アルバイトを始めたばかりの娘です、いろいろと心配事も多い、おまけに自動車学校にも通い始めているから、これも又心配の種になるって様子です。

 初めての客商売の店のアルバイト、働いてお金を稼ぐことの「楽しみ」と「心配」を天秤にかけると「心配」が重くなるようで、アルバイト先の様子を散歩の道すがら話してくれます。

 「心配性」「断れない性格」「自分が我慢してでも・・・って性格」「失敗に慣れていない」などなど自己分析をして、「こういう性格は嫌だなぁ~」って、ちょっとため息まじりですね。

 成長期の社会の人間関係を知ってゆく始まりですね、けっして「優しい人」ばかりでないこの社会で、生きてゆく学びの経験ですね。

 それで、「大丈夫、経験が性格を変えさせることも出来るから」「失敗してこそ成長するから、失敗は大切だしな」な~んて、父と娘の会話が続く、ポン太はそんなことには無頓着にマーキングに忙しい。

 残業で疲れてはいるが、今の娘の心の内を知るにはとても良い時間だったというわけです。
 親から見ると、素直で正直な娘だと思いますね、これにちょっとだけ「失敗を恐れない力」が付けば、この先もなんとか切り開いて行ってくれるだろう・・・そんなふうに思えるのですね。

 散歩から戻って、ダイニングの椅子に座ると、どっと疲れがでて、ついウト・ウト・・・。
 「風呂に入らなきゃ~」って娘に言われる始末、♪風呂の中でも~、こりゃ花が咲くじゃなくって、睡魔がくる。

 始めてです、風呂あがりに椅子からふら~りと転げ落ちそうになりました。
 「残業がもたらす父と娘と愛犬の時間」こんなのも、何年か先には「あん時は・・・」なんて想い出すことになるんだろうな。

 中途半端にうたた寝したから夜中のブログ書きになってしまったなぁ~ まあいいか。
 

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2007.03.08

憤怒・気の済まない日

3月7日 朝から目一杯・・・

 妻と息子がそろって風邪でダウンしました。

 それで、朝からちょっと早めに起きて「愛犬」の散歩を終え、朝食用のとりあえず珈琲を作って簡単一人モーニング、「珈琲はキッチンに作っておいたから・・・・、出勤するわ」って、まだ横になっている家族に声を掛けて出勤です。
 そうそう、娘はバイトと自動車学校で四苦八苦している・・・
 バタバタ協奏曲ってところですね。

 起床時間のリズムが変わるとどうも低血圧の私は気分も今ひとつです。
 ですから、ちょっと嫌味な言葉には「笑顔」じゃなくて「反撃」してしまう余裕の無さというところです。

 福祉職場であっても「福祉という顔」をしながら「非人権感覚」の持ち主もいるものです。
 ちょっとした一言の中に人間の本性が現れるもんです。

 あの「女性は産む機械」とほざいた無能大臣もいましたが、言葉尻をとらえてどうこうする気はないのですが、「少子化」と言われる現実の庶民の感情や状況を理解していないから非難されるのですね。
 女性を機械と同じにとらえる・・・それも問題だが、子どもが出来ない家庭、子どもを育てられない家庭、経済的貧困、そうした様々な暮らしに心が寄せられないから、それは多くの人々を傷つけているということも気がついていないのです。

 同じような事柄が本日はありましたね、職場で。
 新生児の誕生した家庭を訪問するという仕事について、ある管理職が言いました。
 「新生児が生まれたからと言って、全てが『おめでとうございます』という家庭ばかりではない・・・」
 「え、なんのこっちゃ・・・」と思いましたら、「例えば障害をもった乳児の場合は・・・」
 ひぃえ~、え、え、実に唖然とした驚きの言葉が聞こえてしまいましたね。
 子どもが生まれる、その子が障害児であったら「おめでとうございます」って言うのを躊躇するってことか!

 障害をお持ちのお子さんで、子育ても大変なことですね(健常児でもハンデーという事を除けば同じです)っていう気配りなら理解できるが、「おめでとうございます」とは障害児の家庭には言えない・・・なんて考えがまともかどうか、ごくごく普通の常識人ならばわかるだろうに。

 そうです、戦前には障害者は「お国の役にたたない非国民」っていわれていたし、障害者を社会から隔離して「部屋に閉じ込めていた」座敷牢、そんな非人権的な家庭もありました、この時代でも。
 なにか亡霊の声を聞いているような気がして、段々と怒りと腹立たしさが増してきましたね。

 「これは書いて記憶に留めなければ、気が済まない」って。

 どんな重度の障害児であっても、生まれた命の尊さは同じなんですよね。
 それは恥じることでもないし、同情されることでもない。
 生きる上でのハンディを社会福祉がどう補うのかであって、福祉は「慈愛」でも「施し」でもないのです。
 
 福祉って、人間は誰しも「平等である」ことを実感し、実現する施策ですから、だからこそ、福祉に関わる人々は人権感覚を最も大切なこととして考えなければならない、「人は生まれたらどの様な環境であっても平等なんだ」ということですね。

 その福祉職場の管理職が真顔で言う言葉ではないし、実に情けないこの国の「縮図」のような職場に思えてしまいました。
  
 差別的感情や差別的な言葉は、もっとも非人間的な唾棄すべきことだと思っています。

 先日、広島の原爆記念碑だと思ったが、訪れた方々の記録ノートに外国人への差別的・中傷的な書き込みがされて、そのノートは撤去されたという記事が新聞に載っていました。(ちょっと記憶が曖昧ですが)
 障害者だけでなく、外国人の方々への差別的言動もとても気になる最近です。

 外国人であっても、この日本で生活している方々はたくさん見えますし、国籍の違いによって人間的な上下関係や差別などありえないはずですね。
 ヒットラーの民族排外主義=反ユダヤ主義も、中身の思想は同じでしょうね。

 それでも、やっぱり差別的な思考は根深いものがあります。
 格差社会、一人親(母子)世帯への偏見、男尊女卑のアナクロニズム思考、同和問題、いじめ問題、・・・・いっぱいありすぎるほどです。
 こうした考え方の根幹に「差別」思想が横たわっているんではと思いますね。


 ・・・というわけで、待ったなしの仕事が帰宅を遅らせる・・・・残業でした。
 家にたどり着くと、妻も息子も寝込んでいましたから、まだ夕食は摂っていないと。
 それで、簡単な食材で夕食の準備をして・・・・食洗機というべんりなものもありますし、この際キッチンシンクもちょっときれいにして。

 愛犬の夜の散歩もまだだから「お~いポン太、今日は短縮コースだからな」って言い聞かせて、夜の散歩道へ出ると、まん丸なお月様が夜道を照らしていました。

 風呂を沸かして、なにか慌ただしい一日の終わりに「気が済まない人権話」をブログに書いていると、あ~もう夜中です。

 明日は、100%「待ったなしの仕事」ですから、早く寝ればよいが、私には少しぼんやりとする時間がどうしても必要です。
 心の切り替えなんですね。
 
   

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2007.03.06

スポーツ精神年齢の話

3月6日 ちょっと卓球、少しピンポン

 寒い日になって、春が遠のいたかに思える今日です。
 職場の卓球部の「お楽しみ大会」ってのが催されて、本当に久しぶりにラケットを握りました。
 もう、ピンポンというか温泉卓球のような「楽しむ卓球」への過渡期のようなもんです。
 
 ところで、スポーツをする人の「スポーツ精神年齢は70パーセント」というおもしろい理屈話を聞きました。
 つまり、50歳の人は7割の年齢、35歳の気持ちでスポーツに取り組むというらしい。
 40歳ならは28歳ってわけで、60歳ではもちろん42歳の気分という計算になります。

 ふむ、なんとなく妥当な考え方のような気もしますね。
 振り返ると、自分なんか35歳前後の頃がもっともピーク時であって、それから練習量も落ちて、集中力も落ちて、最近では目に見えて動体視力なんかガタガタだから、球とラケットの間が衝突しないってなところです。

 まあ、卓球というスポーツは「昔とった杵柄」ってやつが、実に幅を利かせる特徴があるから、少々歳をとってパワーが落ちても、技術がなんとかカバーするのです。

 退職してもスポーツセンターでバリバリ頑張っている卓球人もたくさんいますし、たしか80歳を越えても大会に参加しているおばあさん選手もいると聞いたことがあります。

 生涯スポーツですねピンポンは・・・・
 で、自分のスポーツ精神年齢の70パーセント論を適用すると、絶好調であった年齢から下り坂にさしかかっている年齢的気持ちということになるのですね。
 
 まあ、ピンポンでも温泉卓球でも楽しくやれれば最高~ってもんです。
 それでも、問題があります。
 頭脳は若くても、体は実年齢ですから「差」が生じます。
 ここに、気をつけないと怪我をしたり、「昔とった杵柄」的な横柄な人格がでてくるのですね。

 人は生活もスポーツも実年齢を良く考えて、それにふさわしいスタイルを作り上げることが大切なんでしょうね。
 長くスポーツを楽しむことができるコツなのかも知れませんね。

 団塊の世代が社会の第一線から引退し、第二の人生を歩み始めスポーツを楽しむ人口も増えるんだろうと思いますが、「自分の年齢」を知ること、歳をとるという意味・・・まあ、若い方々が全力でスポーツが楽しめるような、環境や組織を支える役割を自覚することも必要かな。

 歳をとっても、俺が俺がと「バカな王様」のような自己主張を続けていれば、段々と仲間は遠のいていくんでしょうね。

 年齢に応じた「豊かさ」はそんなスポーツの世界にもいえるんでしょうね。
 でもしかし、かってのロッテのエースだった村田兆治投手がシニア・リーグで140キロ台の速球が投げられることや、中日の40歳を越えた山本昌投手が現役でローテーション投手であることを考えると、「年齢への挑戦」という希望も見えるから、スポーツと年齢というものは奥が深いもんですね。

 

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2007.03.05

 気落ちした日

3月5日 気が萎えるということ

 ♪ 人生楽ありゃ苦もあるさ~   ・・・・というけれど。

 なかなか好調なことばかりではないから、気落ちしたときはどうするんだろう・・・人は。

 逆切れして攻撃性を発揮して、できるかぎり自分に都合の良い理屈と方法を考える。
 自分の資質の無さを嘆いて、自己卑下して落胆する。
 まあ、こんな日もあるさと、気分を切り替える。

 重箱の隅をつつくような論議に辟易する日、こんな日に限って仕事につまずく。
 「うんざりする」気分があるから、仕事も「嫌気」が増してくる。
 だいたい、そんなところだろう。

 仕事が楽しいということは幸せなことである。
 仕事がつまらないと感じるときは不幸である。
 仕事が楽しくもつまらなくも感じられなくなったら最悪である。

 人から同情される経験はほとんどないから、あまり嘆いたり怒ったりすることも少ない。
 だから、ほんとうは寡黙になる。
 寡黙になって、普通の会話をする。

 あまりよい日ではない3月5日でした。

 生きていること自体すばらしいンだ。
 
        (金八先生 贈ることば より)

 こんなすばらしい言葉に反応する力が鈍っている、そんな心境が問題だってことでしょうね。


  

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花粉症と「つくし」採り

3月4日 庄内川の堤防で「つくし採り」を楽しむ

 今年は花粉症に悩まされるのが例年より2週間は早いと妻が言ってました。
 ですから、この季節は窓を開けない、洗濯も室内干し、布団はといえば・・・干せない。

 鼻炎症薬が手放せないので、ひどいと鼻にティッシュを詰めて、千年の恋もいっぺんに冷めるって姿なんだなぁ
 逆療法の荒療治で「いっちょ、庄内緑地でも自転車で走るか!」って誘っても「いかな~い」

 花粉症って、何年も平気だった人がある年突然罹ってしまうことがあるようです。
 「そんな軟な鼻じゃない」な~んて精神論をとなえている私ですが、そういえば最近、自転車通勤時に何となく目がシバシバすることもあるし、突然クシャミに襲われることもある・・・くわばら、くわばら。

 ・・・・で、まあ本日は自宅でゆったりするかと思いきや「どこかへ行こうか」って突然言い出す妻。
 そうだろう、こんな半袖でも十分なお天気の日に、家の中に閉じこもっているのも不健康ですよ。

 というわけで、自転車ポタリングは止めて、我が家から10分ほどの庄内川縁に「つくし採り」にでかけました。
 じいさんばあさんがつくし採り、親子連れ四人がつくし採り・・・出足がおくれたから、もう無いかも。
 子どもはつくし発見の名人なり。
 遊び感覚で探しまくるし、目も良く効くから大量のつくしを袋に下げていましたね。
Tukusiimg_0013

 陽射しは春そのものです。
 暑いくらいで汗がでてきます。
 なんとか皆さんが取り損ねたつくしを探してビニール袋に半分ほどの収穫です。
Tukusiimg_0018


 「半分ほどは私の収穫かなぁ・・・」って。
 「まあ、そういうことにしておいてあげるわ」
 自然の恵みというか、忘れられた遠い昔の「懐かしさ」なんでしょうかね。

 それで、本日の自然の恵みの収穫への報酬は缶ジュース2本なり、近くの神社の境内にある遊び場のベンチで喉を潤したということです。
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 いやぁ、じつに写真日記らしいブログを書いてしまったなぁ・・・

 本日のおまけ・・・

 金八先生 贈ることば より

   点数点数で小さいときからただ競争にかりたてられ、
   生きる目的をしっかり持てないからイジメが起きるんです。
   楽しくないから、弱い者イジメをするんです。

 これは学生達ばかりではない、会社でも、地域でも、この社会を生きている現代人に共通しますね。
 会社に就職して、何年も出世競争にさらされて、どんな人生を歩むかなんて考えることを忘れてしまう。
 その場限りの楽しみは金銭でなんとかなるが、本当の「生きる楽しみ」を忘れてしまうから、弱者への共感も、心を寄せることもしない。
 社会の職場のイジメはそんなところから生まれるもんではないか・・・なんて思っている今日このごろです。   

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2007.03.03

小さな楽しみ

3月3日 ひな祭りの土曜日

 やっとごく普通の日常生活に戻ってきたような気がします。
 たった三日の家族旅行を終えて、浦島太郎のように「毎日」の生活が復活したという心境ですね。

 今日も良い天気で、春本番のようです。
 コートもいらないぐらいの戸外、図書館の返却日でしたからポカポカ陽気の中自転車で「青春のフォークソング」を聴きながらゆっくりと自転車散歩です。

 新しい「種田山頭火」の本が入っていました。
 こういうのを見つけると嬉しくなってしまいます。
 ついでに、貸し出しCDのコーナーで中島みゆきの「LOVE OR NOTHING」と松任谷由美「LOVE WARS」も借りてしまいました。

 図書館前で男子の高校生が「だるまさんが、転んだ・・・」って子どもの遊びを楽しんでいました。
 そばでは同じ仲間の女子高校生が微笑んでいます。
 楽しく遊びに興じる姿は、もう、見ているだけで清々しいというものです。

 楽しいことは世の中いっぱいありますが、楽しく受け止める気持ちのゆとりが必要なんですね。
 世の中嫌なことは五万とあります。
 
 私なんか、自分の身の丈以上のものは求めない、他人の目は気にしない、無理なガンバリズムはしない。
 いつ頃からなのか、多分、世の中の社会的な弱者って言われている方々、生活に困っている方や障害をもっている家庭の方や、精神的なストレスや病に苦しんでいる方々とたくさん接しているうちに、自然と考え方が軌道修正されたような気がしますね。

 で、そうしているうちに、無意味な地位とかプライドとか金銭とか虚栄心などというものが、人間関係の中でしか通用しない、一人ぼっちの飾らない世界では、じつに「つまらない」ものだって思うようになったのです。

 「先生、先生」ともてはやされ、「社長、部長、課長」って組織の中で通用するものが、剥ぎ取られれば「何も残らない」そんな人生よりも、素朴でも貧しくても笑顔が美しい、穏やかな、ごく普通の人々の生活の中に「本物の人生がある」って、まあ、哲学者のような言い方なんですが、そう実感したってところです。

 ですから、普通の生活をし、普通の喜怒哀楽を自然に受け入れることができたなら、人生最高でしょうね。
 壮絶な人生を歩んだ人もいますし、苦しみぬいて歴史に足跡を残した人もいます。

 漂泊の俳人、種田山頭火もそうですが、今日借りた別の本で「瞽女(ごぜ)」という盲目の女旅芸人の生涯を書いた「最後の瞽女-小林ハルの人生」桐生清次著(文芸社)って本も、壮絶な人生のようです。

 こういう人たちの人生を綴った本は、読んで自分の幸せに感謝するというよりも、幸せも不幸せも健常者も障害者も、それぞれの人生っていうか生活を、生き抜く中で「何を」掴みとって、輝いているのか・・・
 そんなことを知りたいからかもしれません。

 それでは、今日の楽しいおまけです。
 金八先生?・・・・ではありません。新聞を整理していて見つけたブラック・ユーモア話です。

 中日新聞の連載「世界のジョーク  ー公約のワナにはご用心 」(フランス)より

 ある政党の党首が事故で亡くなった。天国の入り口で迎えた聖人がこう言った。「政治家をどう遇していいか分からない。神様は君が地獄で一日、天国で一日過ごしてからどちらに行くか選ぶことを望んでおられれる」
 党首は「もちろん天国です」と申し立てたが、「もう決めたことだ」と聞き入れられなかった。
 地獄は予想に反して天国のよう。旧友や気のいい悪魔と酒を酌み交わし、美食に舌鼓を打った。翌日の天国はみな礼儀正しいのだが、貧しい人ばかりで顔なじみがいない。話題もまじめだった。
 党首が「天国は興味深いのですが、地獄でのびのび暮らします」と地獄の扉を開けると、そこは一面の焦土。鎖でつながれた人々はぼろ着をまとい、ごみを拾っていた。
 ぼうぜんとする党首に向かって悪魔が陰険な笑みを浮かべた。「昨日までのことは選挙のキャンペーンで、お前は地獄への投票を終えたのだ」

 あはは・・・なんというブラック・ジョークだこと、地方選挙も始まる日本でも通用する「笑い」ですね。
 面白いでしょう、新聞整理も楽しいもんですよ。
 最後までお付き合いいただきまして感謝です。

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