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2006年10月

2006.10.31

家族捜索隊

10月30日 行方不明のポン太を探せ!!

 夕方、妻から突然携帯メールが入る「ポン太(愛犬の名)が逃げ出した、いまだ行方不明!」

 我が家の飼い犬は「出勤犬」だから、朝の家族の出勤とともに義母宅に預けられる、義母宅にはもう一匹親戚の犬がいるので、兄弟みたいなもので、二匹で昼間は遊んでいるのですが、どうも、少し玄関の隙間から、ピンポンダッシュならぬ、猛犬ダッシュで飛び出ていったらしい。

 義母がすぐ追いかけたが、走ることに関しては四本足の犬に二本足の人間は勝てるわけがないということで、そのまま行方不明になってしまたという話なのです。
 で、「ポン太行方不明」のメールが届いたってわけで、折り返し「お~い、保健所に直ちに連絡、連絡」って電話をして、夕方も暗くなってきたので見つからないかも知れないと思いながら帰宅すると、どうも妻と息子と娘と義母による捜索隊が編成されていたってわけ。

 で、「え~、父ですが、今帰宅したのだけど、発見できたかい~」って携帯連絡をいれると「どこにも居ない!自転車で中村公園や付近一帯を探しているんだけど、本日は捜索断念かも~」って返事。

 「時間が過ぎるほど遠くに離れてしまうから、続行、続行・・・」

 私も普段散歩で行く道などを自転車で探し回ったがなかなか見つからない。

 「今、どこら辺を探していますか~」って携帯連絡が入る。
 「え~、公園北側付近一帯を捜索中~、暗いから見つからないかも。そちらはどんな様子かな~」
 「○○(娘の名前)と一緒に探してますが、いません。中断して家に帰ろうかと思っていま~す」
 「(え~、もう諦めるかよ~・・・って腹の中では思いながら)、「わかりました、こちらは、もうちょっと、探してみるつもりで~す」 って返答。

 ポン太は大きな音に弱いので、車の多い大通りは多分越せないはずだから、ある程度範囲は限られるはずなのですが、それでも、車は裏通りまでビュンビュン走りますから、飛び出して轢かれることも考えられるし、暗くなっているので、どこかの茂みや空き地の隅でビバーク(野営)を決め込んでいるかもしれないし、競輪開催日だから、ヒョコ・ヒョコと知らないおじさんの餌でついていってしまうかも知れないし・・・などと思いながら自転車で捜索を続けていると。

 「もしも~し、ポン太発見、居るのだけれど動かな~い。いや、追いかけると逃げようとする~」
 息子が偶然に駐車場で発見したと携帯連絡がはいりました。(この暗い中、よく発見できたものです、えらい)
 「了解、了解すぐにそちらに向かうけれど、現在地は~」
 「わからな~い」「ばあちゃんちの西の方~」「建築中の家がある・・・・」

 まあ、せっかく発見したことだから、状況説明の下手さは勘弁するとして、どこら辺りかと、自転車でぐるぐる探してやっと駐車場に座り込んでいる、一人と一匹を見つけるたのでした。
 「ポン太、おいで~」さすがに餌付け名人の私の一言で寄ってきましたから、午後8時30分着手、じゃなくて確保となりました。

 とんだ、家族捜索隊の顛末というわけです。
 「ポン太がこのまま行方不明になったら、朝の散歩しなくて済んだわ」
 「いやぁ、今度は猫にするか~」
 「そうそう、探している途中に子猫がいたんだわ」
 まあ、見つかったから何を言おうがジョークに花が咲くってもんです。

 娘はポン太行方不明と聞いて半ベソかいていたらしいし、息子は「探すなら徹底して探すべき!今日は大仕事をやった」と、得意満面・・・

 さすがに何時間もウロウロしていたのか、当のポン太は家に着くなり水をガブ飲みして、普段よりおとなしい。
 精神的にも疲れたんだろうな、人間と同じで。
 
 ・・・・で、遅くなった夕飯を食べましたら、眠くて寝てしまい、先ほど起きて、とりあえず「本日の脱走行方不明事件はこれにて一犬落着だワン」って、オヤジギャグを書いているオヤジです。
 ちょっと疲れたな。

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2006.10.30

奥様は魔女・・・

 10月29日 「奥様」は激しい肩こり

 ここ数日激しい肩こりに悩まされている妻だから、必要な日用品の買い物に出かけた後は、ソファーにゴロリ・・・
 それで、同じように私もソファーの隅のほうでぼんやりしてテレビのWOWOWをつけるとニコール・キッドマンの「奥様は魔女」(2005年アメリカ映画)が始まるところだったので、家事も片付けも夕食準備も全部放り出して、2時間映画を二人で見てしまいました。

 おかげで、今日は、「弁当屋さん」の夕食になってしまったのですが、出来ないときはやらない、出来るときは頑張るがモットーの我が家のことですから、誰も文句はいいません・・・・ってな話は置いといて。

 1960年代から70年代にかけてアメリカのホームコメディとしてテレビ放映された「奥様は魔女」、サマンサ役はエリザベス・モンゴメリーで、自分が小学生か中学生の頃にテレビ放映されていて、よく見ていたものです。

 あの鼻をピコピコってやって魔法を使うシーン、鏡で物まねしても上手にできなかったですね。
 この「奥様は魔女」や「ルーシーショー」っていうアメリカのホームコメディはほんとに面白かった。

 アメリカという国の笑いのセンスのよさ、コメディはギャグやドタバタ喜劇とはちがった、普通の会話の中に「笑い」が盛り込まれ、表情も豊かな役者さんたちだったから、アメリカっていう国は心が広く、おおらかで、なんてセンスのいい国だと感心していたのが当時でした。

 もちろん、本当のアメリカはベトナム戦争を拡大していく頃で、おおらかな国でもなんでもなかったわけですが。

 コメディの面白さは会話の流れの中に作られる「間」と「笑い」だなぁ・・・って痛感したのですね、これがなにか自分の「お笑い好き」の原点になったのかも知れないのです。

 ですから、最近の「お笑いブーム」などは、最初の何回かは面白いと思うのですが、だんだんとパターン化されて「無理して笑いを取ろうとしているな」っていう表情がでてきてしまうと、コメディアンってもっと違うのではないかって思えて哀しくなってしまうこともあるのですね。

 ・・・というわけで、WOWOWの「奥様は魔女」、ラブコメディと解説されているわりには、笑う要素がすくなかったですが、その分ニコール・キッドマンのキュートな笑顔が魔女と小悪魔と可憐な女性のそれぞれを見せてくれたので、それだけで充分に満足できましたね。

 考えてみれば「女優」って魔女みたいなものかも知れませんね。
 いろいろな役になりきってしまうところは観る人が魔法をかけられたようなものですから。
 魔女といっても、グリムやアンデルセンや欧州の童話の世界に登場するカギ鼻の黒装束の魔女とは違って、現代の「魔女」は明るく、可愛い魔女だから、一度は魔法にかけられたくなってしまいますね。

 そういう意味では、結婚して新婚時代というのは、どこの夫婦でも妻という「魔女」の魔法の威力は絶大ですから、夫は魔法にかけられた姿なのかもしれないですね。
 この魔法が永遠に続いてくれるならば、とても「幸せ」なことでしょうが、魔法はいずれ解ける・・・・その時から、お互いの「愛情」が試されるってことかな。

 ひょっとしたら私なんぞ変幻自在の魔法にかけられっぱなしかも・・・・・ふむ。   

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2006.10.29

「柴又より愛をこめて」

10月28日 監督はつらいよ、じゃなくって「男はつらいよ」

 職場の対抗卓球大会の日でした。選手メンバーがそろわずに「男子卓球」は初の棄権となりましたが、一応「監督」の名札だけはぶら下げた自分ですので、女子の試合の応援団となりました・・・「監督はつらいよ」って。
 いやいや、スポーツに興じる姿はいいものです、勝っても負けても皆一人一人が個性のある役者みたいなものですから。

 栗原小巻のような役者がいたら「監督」も映画の作りがいがあって楽しいよって・・・これ山田洋二監督はそう思ったでしょうね。

 高齢のじゃなくて、恒例の今日の「男はつらいよ」は「柴又より愛をこめて」第36作(BS衛星放送)でした。

 二十四の瞳にあこがれて卒業後すぐに式根島で教師となって15年、真知子(栗原小巻)は島を離れられずに小学校の先生をしている。

 寅さん、初めて真知子と島で出会ったときに「寅さんって独身でしょう・・・首筋のあたりがどこか涼しげなの、生活の垢がついていないっていうのかしら」・・・・こんな微妙な言い回しに恋の灯がともりはじめる。 

 そんな彼女は死んだ友人の夫からプロポーズされて悩む。
 式根島にプロペラ機で帰る空港での寅さんとの別れのシーン、真知子の胸中の告白は名台詞です。

 「彼は誠実な人だし・・・なんの問題もないの」

 「もしそうなったとしたら、身を焦がすような恋の苦しみとか、大声で叫びたいような喜びとか、胸がちぎれそうな悲しみとか、そんな感情は胸にしまって、鍵をしたまま一生開けることもなくなってしまう・・・寅さんならどう答えてくれるかと思ってね」

 「俺のような渡世人にはそんなむずかしい話は・・・・その男ってとてもいい人のようだから・・・」寅さんまた引いてしまいます。


 大恋愛の三連発、「身を焦がす」「大声で叫びたい」「胸がちぎれそう」もうこれ以上にない恋の感情・・・・いつも寅さんは恋の三連発を毎回経験しているから、気持ちはとてもよく解るのでしょうね。
 だから、マドンナ達の恋はいつも寅さんに微妙な台詞を投げかけ寅さんに告白しているのですね。

 「男はつらいよ」はほんとうに台詞のひとつひとつに意味と感情が込められているから、ああ日本人の独特の「情感の世界」だなあって思います。

 さくらと博の息子、満男も言います。
 「おじさんって・・・どんなときでも、人をけなさないし、おべっかを使うとかしないから・・・」
 「おじさんを尊敬しているんか」
 「・・・・」

 この後の作品では、満男自身が「身を焦がすような恋」「胸がちぎれそうな恋」を経験することになるのですが、寅さんの恋はいつも実らぬ恋ではあるが身を焦がし胸がちぎれそうになって病気になるほどだから、大勢のファンはそんな寅さんの純情に自分の姿を投影してもいるのですね。

 「空気のような存在」「無関心な夫婦」を黙々と続けているご家庭がありましたら、もう一度、そんな新鮮な感情を呼び覚ませるには、とてもよい映画ですよ。

 我が家? お馬鹿な寅さんです・・・・・いやいや、タコ社長の娘「あけみちゃん家」だったりして・・・?
 

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2006.10.27

不覚だった、笑われた・・・はぁ~

10月27日 出産、結婚のお祝い会でした

 めでたい話はいいものです。

 職場の仲間の第三子の出生祝い(出生率をはるかに上回っている、よくやった!)と結婚のお祝い(いいですね楽しい新婚生活)をWで「お祝い会」としておこなわれました。

 ・・・とここまでは、ごく普通のお話ですが「宴もたけなわとは存じますが、ここらで一つお開きということで・・・」っていう幹事さんの発声を聞く頃に猛烈な睡魔がおそってきました。

 それで、皆さん二次会・三次会と繰り出すようですが、早々と「お先に~」って御無礼いたしまして、電車に乗ろうと思いましたが、眠い、実に眠い。

 それで、こりゃぁ「イカン」と珈琲飲んですぐ帰ろうと喫茶店に入った。でもって、本を手にして珈琲も少し飲んだ・・・大体その辺までは意識があったが、どうもその後で寝入ってしまった様子。
 どれぐらいの時間が経ったかわからないが、なにやら、隣の席の若い娘たちの「クスクス笑い」がぼんやりと聞こえてきたところで目が覚めた。

 不覚だった、本を持って読んでるふりをしたまま、瞼は完全に閉じていたが、隣の席からはバレバレだったようで・・・本を落とさなかっただけまだ良かった。

 ボトンと落としていたら完全に爆笑の種を提供していたに間違いなしだったという本日・・・・の日記。
 

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早い話が、おとなの遠足ってわけ

10月26日 138TOWER・PARKから国宝「犬山城」へ

 今日は日本シリーズがジ・エンド・・・誰も予測しなかった1勝4敗のドラゴンズでしたから、ヤケ酒ならぬヤケビールを飲みながらの日記です。
 
 愛知県犬山市の北にある「ツインアーチ138」の公園まで自転車2台を積んだ車で出かけ、そこから国宝の犬山城まで夫婦サイクリングを楽しみました。
 
 もう一月ほど前から10月26日はサイクリングの日と決めてあったので、もちろん休暇をとっていたわけなんですが、こんな日帰りの「お出かけ」にも準備期間が必要な我が家ですから、「明日どこかへ行こう」ってパッと行く事などめったにないのです。

 小学生が秋の遠足は○月○日だから、その日は楽しみにしていましょう・・・っていうのと同じだから、まるで大人の遠足というわけ、それで、おにぎり作って、お茶も用意して、みかんとバナナも忘れずに、カメラも準備して、もちろん、ジャイアントMR-4Fとルイガノの二台の自転車も積み込んで・・・・

Photo_1 私が学級委員で児童は2人しかいないクラスみたいなもんだな、こりゃぁ。それで、その児童の注文も多い「サイクリングロードがきちんとしていて、景色がよくて、尻がいたくならないところ・・・」
 そんな都合のよいコースばかりあるはずがないから、学級委員としては苦労する行き先選びでもあるってわけ。
 
 しかしながら、たった40キロほどのサイクリングですが、まあ、二人で走るちょっと遠出の距離のあるサイクリングとしては、妻もそれなりに楽しみにしていた様子でした。

 国営木曽三川公園内にある「138ツインアーチ」にも昇ってみましたが、予想以上にパノラマ展望が楽しめる、このところ「名古屋テレビ塔」とか「水と緑の館展望タワー」など、「高い塔」にばかり縁があるんですね。

 木曽川沿いからサイクリングロードを気分よく走り、途中の「スイトピア江南」の河川敷で昼食・・っていってもおにぎりと果物だけだが、それでも、ちょっとだけ紅葉も見られる木曽川縁は、秋らしく枯葉がハラハラと落ちてきて情緒もあります。

Photo_2 サイクリングロードと一般道の歩道をひたすら木曽川に沿って北上すると犬山城が見えてきます。
 国宝の犬山城って、彦根城・姫路城・松本城といった国宝の4城の中ではもっとも古い城であって、つい最近までは個人の所有する城だったが、いまでは財団法人の管轄になっているようです。
 天守閣からの展望も素晴らしいものでしたね。

 国宝の城を個人が所有するってことは、天守閣で寝泊りして、眼下に雄大な木曽川と犬山市街をみることができる最高の贅沢だと素人の私などは思ってしまうが、国宝だから床暖房やサッシ窓にするわけにもいかないので冬は凍え死んでしまうにちがいない!・・・って、まるで、小学生の感想文っていうところ。

 ほんとうは、国宝級の城を維持管理するには莫大なお金もかかり、ごくふつうの庶民にはできっこないのですね。

 城内の売店で抹茶を飲む。なぜか妻と二人ででかけると「抹茶」が定番なんですが、少しペダルを回して、慣れないサドルに「尻が痛い」っていっていたから、ひとしきりの休息でした。

 40キロのサイクリングがどうにかできたから、お次はもうちょっと距離のあるところまで行けそうです。

 

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2006.10.26

寝坊

10月25日 寝過ごす

 元来がいい加減な性格だと思っている。
 いい加減な性格の割には時々1+1=2でないと気が済まぬというところもあるので戒めとしている。
 変な正義感のようなものが時々顔をだすときもある。
 それでも、今はアバウトな性格を維持しようと努力している、いや、努力しなくても板についてきた。
 人間、それほど頑張らなくてもよいと思うから「身の丈に合った生き方」をできれば幸せである。
 「身の丈」といっても承服できずに頑張ってしまう人も多い。
 他人の評価と視線を気にしていたら「身の丈」がなんたるかも解らないだろうな。

 寝坊をしてしまった。
 たった20分ほどであるが、自転車通勤には致命傷となる、別に地下鉄を利用すれば始業時には間に合うものの、天気は快晴だから、この青空のもとで気分よく自転車通勤ができる季節が限られていると思うと、あわてて混雑した地下鉄などはゴメンだと思うのだ。
 こういう時にこそ、時間休暇制度というものがあるので、一時間の重役出勤をすることとした。
 始業時間を一時間遅らせて出勤ということである。
 出勤して「寝過ごしちゃったわい」と悪びれることもなく言ってしまうところが「反省サル」と同等かも。 

 どうも早起きが苦手である、「夜遅くまでパソコンなんかやってるからだ」ってのが妻の小言。
 ふむ、そのとうりでもあるし、そうでもない。
 本人は低血圧で知的にも肉体的にも始動に時間がかかるからだと思っているからだ。

 学生時代には朝寝坊の天才だったから、二時間目には必ず「早弁」ってやつをしていた。だから、当然これは朝食みたいなもので、昼休みには、優秀な「彼女」の弁当を半分だけ分けてもらって食べていた。
 実にいい加減なもので、それでも毎日々々そんなせいかつだったから、就職しても遅刻の常習者であった。

 上司から「君はプロ意識に欠けている」と宣告されたし、先輩からは「もっときちんと生活しないか」とお小言もたくさんいただいた。
 いつでも、こんな仕事など辞めてやるって強気に思っていた心のなせるワザだったかも知れない。

 まあ、そんないい加減な生活で、よくもこの世の中を生きてこれたものだと我ながら感心もする。
 日本がそんな「ゆったりしたリズム」で、仕事をなんとかこなせれば許される時代だったからかもしれない。

 あるときなど、遅刻しそうになって踏み切りの遮断機をムリヤリ通過したら、目の前に電車が迫ってきていた。
 駅員にこっぴどく叱られたこともある。もう少しで社会面に「無謀な横断」って死亡記事がでていたかもしれない。
 つまり、生活態度がなってなかったというわけである。

 そんなあれやこれやの出来事も何十年も前の若い頃のことだから、いまではすっかり影を潜めているのだが、たまにひょっこりと顔を出し、若者たちにも「たかが寝坊ぐらい当たり前田のクラッカー・・・」って言いそうになる。

 こうした自堕落な生活態度は褒められたものではないが、毎日規則正しく、完璧な生活、努力の生活に神経をすり減らしている近頃の世の中を見れば見るほど、「身の丈に合った」生活で充分だと思うのである。

 ・・・・頑張ることは立派なことだが、ほどほどの良さが、周囲に心地よさを与えることもある。
 なぜに、それほど日々、前向きに生き続けねばならないのか、追い立てられているのならしかたがないが、自分の性格や意思によって「ガンバリズム」にはまり込み苦しむくらいならば、「自分はおちこぼれで~す」って、本気で宣言するぐらいの、懐の深さというか広さというか、そういうものが大切なんだろう。

 競争社会で勝ち抜く人は負ける人があって初めて成り立つし、ほんとうは勝ち負けなんてありはしないのだが、この幻想は根深いものがあるから、転げ落ちたときにこそ、真価が問われるのだ。


・・・なんて、寝坊の言い訳を書いている本日の日記である。
 ところで、中日ドラゴンズ・・・・どうなってしまったのだぃ、先が読めない。 

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2006.10.23

途中下車珈琲

10月23日 喧騒のなかの一人の時間

 夕方にはパラパラと雨模様となった。

 自転車ツーキニスト(通勤者)にはうらめしい雨だから、簡易雨具では心もとないので、久しぶりに電車で帰宅することにした。

 金山総合駅から名鉄本線に乗れば10分ほどで自宅近くの駅に着いてしまう。途中で「今日は雨だから電車で帰宅するので迎えに来て欲しい」と妻に携帯TELして頼めば、予想以上に早い帰りとなる。
 
 実に便利な移動手段なのだが、こんな日はあまりにも合理的な日常生活から少し距離をおいて、一人で珈琲を飲みながら無駄な時間を過ごして見たくなる。

 別に帰宅拒否症というわけではない。
 ざわざわとあちこちで話し声がする喧騒の中で、一人で読書の時間をとってみたくなるということだが、あいにくと手持ちの小説本もない。

 近くの本屋で物色した結果、高橋克彦の文庫本短編集「高橋克彦の怪談」を購入して喫茶店に入る。

 案外と一人で読書する若い女性もいる。
 仲良くお喋りするカップルもいる。
 少しくたびれたサラリーマンが帰宅前の珈琲に疲れを癒している。
 それでも、ほとんどは何人か連れの若者達が圧倒的に多く、ざわついている。

 こういう雰囲気の中で注文した珈琲を飲みながら短編小説「妻を愛す」を一編読み終える。
 意外なほど集中できるものだ。喧騒、不思議なものでこうした都会のざわつきが心地よいBGMにしか聞こえてこない。
 
 ほんとうは途中下車なんかではない。
 たまには、うるさいほどの街の喧騒の真ん中で、自分だけの非日常的な空間を楽しんでいるというだけである。

 明日の夕刻にはこの雨もあがるから、いつもの帰宅、いつもの通勤が、また始まる。

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にわか評論家です・プロ野球

10月22日 第二戦、ドラゴンズ負けてしまった

 思い入れが強ければ強いほど野球中継を見るのが疲れるものですが、それがまたいいところでもあります。

 日本シリーズ、第二戦は見事に日本ハムに逆転負けを喫してしまいました。
 山本昌投手と八木投手の投げあいは見ごたえがあった、「大人の軍団」が「若さの軍団」に接戦で勝つ予定でしたから、あの制球力からして山本昌投手が打たれる確率は低かったはずなんですがねぇ・・・
 
 などと、にわか評論家のように、野球中継に見入ってしまいました。
 野球人気が低下しているといいますが、どうしてどうして立波選手や新庄選手への声援を聞いていると、裾野は広いと思いますが・・・

 この場面では誰を使うのか、続投なのか継投なのか、  
 ピッチャーがどんな球種で何処を攻めるのか、バッターはこのアウトカウントで何を待っているのか。
 あと一振りで勝ちゲーム・・・・内角高めにコントロールできれば打てないはずだが・・・

 野球ファンは試合の流れと選手個人のデータをよく知っている。それで、この場面にはこうするべきだ!なんて、けっこう、にわか評論家、にわか解説者になってゲームを楽しむものです。

 ですから、バッターボックスに入って、ピッチャーが投球動作に入る、その何秒間かのスリルを味わい、考えながら、「読み」ながら楽しむスポーツのような気がします。
 超美技や弾丸ホームランはプロの凄みをみせてくれるから、「ほ~」「うわ~」って唸らされる。
 エラーはしないのが当たり前で、計算どうりにゲームを運ぶのがプロのプロたるゆえんでしょうか。

 そんなふうにゲームを見ていると疲れてしまうというのが正直なところです。
 それに比較して、サッカーはシュートが入らない、コーナーキックのチャンスが生かせない・・・と、失敗の連続の中でのゴールですから、試合から目が離せない、トイレもハーフタイムを見計らってしか行けない。
 いつ、どんな局面でゴールされるか、するか、緊張感が持続するのだが、なぜか疲れない。
 
 この差はなんだろうといつも思うのですが、試合の「読み」と「結果」を考えるゆとりというか「間」がプロ野球にはある、あるからこそ結果の前に緊張感の絶頂が続く。

 サッカーには、読みは「外れる」ものがあたりまえだから、ある瞬間の「当たり(結果)」によって興奮の絶頂があるんではないかとも思う。

 どちらにしても、スポーツを観戦するには、ひいきの球団・チーム・選手を持って、解説者のように評論家のように応援すると、何倍にも楽しめるのは間違いないでしょう。

 北海道では中日ドラゴンズ2勝して名古屋に戻って欲しいものです、朝倉投手期待してますよ。

  

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2006.10.22

向かい風強し

10月21日 木曽山川公園から長島スパーランドへ85キロのポタリング(日帰りサイクリング)

 岐阜県の木曽川、揖斐川、長良川を一望できる「木曽山川公園」から、木曽川・長良川の輪中の先端「長島スパーランド」までを一周する延べ85キロのサイクリングに出かけた。

 明日の日曜日は一緒に家事をやるという約束で行ったのですが、今回はこれまでの最長不倒距離のポタリングってわけで、一般道の路肩を自動車といっしょに走るコースもあり、スリルとサスペンス(はないか)を味わうコースということでした。

 日頃の自転車通勤の地道な努力が実って、それほど疲れないから、おそらく一日100キロは充分走れるのではないかという自信にもなりましたね。

 木曽山川公園は岐阜県になりますが三重県の長島町方面も走ったので、愛知・岐阜・三重の東海三県を制覇したことになる・・・って「東海自転車散歩」(山と渓谷社)の受け売りです。

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 公園にある展望タワーにも上ってみると雄大な濃尾平野が一望でき、日本でも有数の一級河川である木曽川・長良川・揖斐川の川幅の広さにあらためてこの地方の肥沃な大地の歴史を感じるのです。
 斉藤道三が織田信長が豊臣秀吉がこの地方を舞台に戦国乱世の時代を闊歩していた、そんな時の歴史も感じさせてくれるというものです。

 長良川に沿って先端の長島スパーランドまで一周35キロほどを走る。
 尾張大橋や木曽川大橋などの風景を楽しみながら走る。
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 自転車サイクリングの良さを充分に満喫させてくれる秋の日の一日、川面がキラキラと輝き、遮るものの無い河川道路は向かい風もとてもつよかったのでした。

 昼食おにぎり・おはぎ 320円 お茶のペットボトル 150円 展望タワー入場料 600円 午後の珈琲タイム680円・・・なんとまあ、たったこれだけで一日楽しめるって、安上がりでんねん。

 朝の8時に自宅を出て、夕方6時に帰宅できましたから、日本シリーズ中日×日ハム戦にも間に合いました。
 ダルビッシュ投手ってスピードと切れがあって若いピッチャーですからいいですね。
 今日はコントロールに苦しんでいましたが、間違いなく次の登板時には中日にとっては「強い向かい風」間違いない。

 本当はもっと手ごわい「向かい風」は・・・トラだったんです。阪神タイガースではなくて「フーテンの寅さん」が9時から衛星放送でやるので、う~んどうするべきか・・・結局、この後の日本シリーズを見極めるには、やっぱし最後まで野球中継をみておかなならんわいって。
 本日の隠れたMVPは井端選手の守備に尽きます、あの堅守がなかったら危うかったでしょうね。

 というわけで、「男はつらいよ」は第35作「寅次郎恋愛塾」の後半一時間のみ、若菜役の樋口可南子はどんな映画にも上手にとけ込めるうまい役者だとほれぼれします。
 平田満も「蒲田行進曲」でもそうだったが、あの純朴な役どころがピッタリ似合う役者ですね。

 「ところで、タコ社長、おまえんちは人手が足りなくて困っていないかい」
 「うちなんか、誰が一番いらないかって考えてみたら、自分(タコ社長)だったりして、社長は辞めれないからな~あはは」
 「で、兄さん、どんな仕事をしていた方なんですか、その人」
 「写なんとかって・・・」 「写植でしょう」 「そうそう・・・」

 なんて、いつものように「とら屋」での会話のあとで、若菜の就職を頼む寅さん

 「となりの、おまえんちよりもう少しきれいで、仕事は5時にきちっと終わり残業なんてなくて、お昼なんかは目いっぱい休みが取れる。それでもって、何か悩みがありそうな顔をしていたらみんなが『どうしたんだい』って聞いてくれる。夏は軽井沢、冬はスキーなんかに社員旅行に連れて行く・・・そういうところがいいな」
 (ちょっと台詞があいまい・・記憶だけだから、でもまあそんな雰囲気だったはず)

 私も、そういう職場があたら再就職してみたいものだ、え?、雇用年齢制限にひっかかるって・・ははは  
 

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2006.10.19

アクセス・カウンター

10月19日 検索ワード「mixi」「M字開脚」、笑い話だな、これって・・・

 天気の良い日が続いているので自転車通勤、しかし体力もいるものでついウトウトしてしまうと、夜中にブログを書いたり読んだりということのなってしまうので、今日は15分の一気書きして終えようとおもうから、笑える話でも書いてみよう。

 この2、3日のサイドバーに貼り付けてあるアクセスカウンターが一日200などという数字になっているので、それほど多くのブログ友達もいないし、人気ブログでもないのに異常な訪問者数なのだ。それで、検索ワードっていう解析を見てみると「MIXI」「M字開脚」なんていう文字検索による訪問がこれまた異常に多いわけなんで、何事かと実に不思議に思っていたらその原因がわかった。

 昨日「週刊ポスト」を喫茶店の憩いのひと時に読んでいましたら、どうも完全招待制SNSのはずの「MIXI」から実名まで含んだ「きわどい写真」がウイルスかなにかによって流出したらしい、それで「2ちゃんねる」とかいうところで話題となったり、なにせプライバシーには厳しい「MIXI」のはずがそうしたことが起こったから、MIXI会員でない全国のブロガーが興味本位で「mixi」「M字」ってワード検索したものだから、少し前に「MIXIの世界」ってミクシーバトンの記事を書いているから、なんとまあ、つまらぬ私のブログに訪問していただいたようで、多分「な~あんだ、違うじゃないか」って即刻退散していったのではないかと思われる。(笑)

 パソコンの普及にこうしたアダルトものが一役買っているというのは定説になっている、SNSという制限されたネットだからこそ、気をゆるして本名や住所などを載せている方もいるでしょうし、「危ない写真」なども、そういうことなのだろうか・・・

 「M字開脚」なんていうワード検索を見て笑ってしまいましたね。つくづくエネルギーに満ち溢れた若者が多いものだと、こういうのはエンターテイメント・プロレスの高田モンスター軍から、小川直也のハッスル軍に裏切った「インリン様」のM字開脚リングファイトで楽しめばよいものだが、実名とか写真とか流出とかそういった、裏系の「世界」に多大な興味を示し過ぎるのも、いやはや立派なというか、懲りないというか、なんとも困ったちゃんなんだろう。(笑)

 ということで、アクセスカウンターや、ワード検索っていうのも、たしかにインターネットのブログの動向を忠実に反映しているので、おもしろい話であるが、こんな記事を書くと又してもカウンターの数字がくるくる回るかもねぇ(笑)

 ・・・・ということで、本日はお終いです。
 

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老舗電波塔・名古屋テレビ塔に昇る

10月18日 消えゆく電波塔としてのテレビ塔

Gp0062 休暇をとって、まだ済ませていない定期健康診断を受けにいった。
 数値上の問題はなし、「4キロ減量した」と記入したら、さすがに保健士さんの問診でチェックされる「どうかされたのですか?」って、「いやいや自転車通勤の結果です腹も凹みました」「男性の方は体重がすぐ落ちますね」って笑顔で・・・女性の方は脂肪が癒着してんだろうか、なんてバカなことを考える。
 休暇のなせる余裕である。

 2011年にテレビの地上波放送が終了してデジタル地上波に変更されるため、日本初の集約電波鉄塔として建てられた「名古屋テレビ塔」に昇ってみた。
 電波鉄塔として1954年に建設されたのだから、もう50年以上も前というわけで、自分の歴史にあわせて電波を送り続けていたことになるが、秋空にそびえ立つ鉄塔は銀色に輝いていた。
 ほんとうは銀色ではなくて紅白の色の鉄塔にするつもりだったらしいが、白い街「名古屋」らしい鉄塔色ともいえる(白い街名古屋・・・自己主張が下手ということか派手さがないということか・・ふむ)。

 東京タワーよりも古い、 大阪の通天閣よりも高い・・・なんて自慢にもならないほど、名古屋市内にはさらに高いビルが建設されているから、何十年ぶりかに昇ったテレビ塔から見る名古屋市内はギッシリとビルに取り囲まれているという雰囲気である。

Imgp0073 それでも、観光客はその高さから見下ろす地上のミニチュア模型のような街に感動をしていた。
 「なにかねぇ、悩んだときはねぇ、こうして高いところから見下ろすとねぇ、悩みも小さくなるんだよねぇ・・昔からそういうでしょ・・」おばさんの団体さんから話し声が聞こえてくる。
 そうかも知れない。
 
 地上90メートルにあるスカイデッキからエレベーターでなくて階段で降りてみることにした。
 小学生のころ、この階段を降りた記憶があるが、その時はさすがに怖いと思ったものだが、べつにどうということはない、ただ、間近に何本もの鉄骨構造が見えるので「鉄塔」らしい・・・鉄骨美である。

 名駅JRビルやオアシス21、名古屋高速道路・・・新しい建築物がこの広い名古屋の街に造られ、何百万という人々が生活している「大都会」、ビルの屋上には外観とはほど遠い広告看板の鉄骨が露骨に見えるし、狭い街に押し込まれるように人間の生活が広がっている、裏と表の表情なのだ。

 というわけで、街角自転車散策をした一日でした、たまにはこうして小さな人間社会を見下ろすのもいいもんだ。 

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2006.10.18

介護についてちょっと考える日

10月17日 久しぶりの夜の愛犬散歩

 このところ残業もなく少し早めの帰宅ができる、とはいっても午後の五時を過ぎれば外は真っ暗で自転車もスピードを控えてIPOD音楽を聴きながらゆったり帰宅。
 最近は無灯火の猛スピード自転車乗りが多くて歩道といえども危険がいっぱいだから、頼むから無灯火で走るのは止めて欲しいと大音量のスピーカーで叫びたくなるのです。

 それで、早めの帰宅=夜の愛犬の散歩という「役目」が待っている、今年で9歳になるポン太だから昔と比べると落ち着いている・・というか動きもスローになってきている。
 人間年齢に換算すれば60歳くらいなんだろうか。

 そういえば、犬の指は何本あるのか?っていうと前足は4本の少し上に一本爪らしきものがあって合計5本なのだが、後ろ足にはその爪の部分が無いので4本なのだろうか、どちらにしてもじゃんけん「グー」の足だから関係ないか・・・
 などと、つまらぬことを考えながら散歩を終えて帰ってくると、妻と娘が有吉佐和子原作の「恍惚の人」のテレビドラマを見ていた。

 認知症の父親をもつ家族の生活を現代風にアレンジしてドラマ化している。
 我が家では近くで義母が高齢の母親を介護しているが、「老人介護」の問題は今は直面していない、ましてや認知症の親族もいないので、「介護」という問題が先延ばしされているが、この後、しっかりと考えていかなければならない問題だろう。

 もちろん、知人の家庭での認知症の親の介護の大変さや、認知症の一人暮らしケースなどに関わった経験からするとテレビドラマ「恍惚の人」もリアリティをもって見てしまう。
 現実の高齢者介護の問題は切実である。介護保険制度といえども無償の制度ではない。

 我が家で一番初めに介護が必要になるのは誰か?
 たぶん、おそらく9歳になる愛犬ではないかと思う、散歩も困難になり失禁もするだろうから、それなりの世話が必要になると思う。
 犬だから鎖につないで一日寝かせておいても、人間のように高齢犬虐待にはならないだろうから、適度な運動と適度なえさと適度な衛生面に気を配ればいいんだろう・・・

 なんとなく考えさせられる。自分が介護者の世話にならずに「ポックリ」と自宅で死ねたら幸せだと思ってしまうほど介護福祉の現状は大変だ。

 数年前のことだが、某老人病院に訪問したおり、大きな部屋にギッシリとベッドが並びその間隔は30センチほどで、カーテンの仕切りもなく、私のような訪問者が来ていても、なんの躊躇もなくオムツを目の前で取り替えている現場を見て、もし認知症でなく羞恥心もあり意識のしっかりした方だったら、どんなにやりきれないだろうと思ったことがある。

 入院患者の人権というものがほとんど無視されている、そんな病院や施設があるならば、そして、そんなところに自分が入るということを想像したとき、死ぬ間際まで絶対に元気でいてやろう!と痛感したものです。

 

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2006.10.16

黄門さまの痛快感

10月16日 日本人的な痛快感なんだろうか

 月曜夜8時の定番テレビ番組「水戸黄門」を久しぶりに見た。
 いや、なにやら靄のかかったような、出勤拒否症的な月曜日という一週間の始まりだからこそ、「葵の印籠」の効果があるのかも知れないですね。

 何十年と続いているこの番組、キャストはほとんどが変わってしまい、変わっていないのは由美かおるぐらいなもので、里見浩太郎の水戸黄門は爺さんメイクがきつすぎて不自然だし、助さん格さんは威圧感というか、ご老公を守る役目のはずだが迫力というか重みが足りないな~。
 やっぱり、黄門役は月形龍之介とか西村晃などといった悪役どころの役者がよく似合うと思うのですがね。

 それに比べると 疾風のお娟(はやての おえん)役の由美かおるは、実に良い・・・何が良いかっていうと、もうずいぶんと歳のはずなのに若い芸者役が絵になっている、太刀まわりも軽やかで存在感がある。
 その昔、西野バレー団ってとこで由美かおると金井克子と原田なんとかっていう三人娘で歌っていた記憶があるが、彼女だけはいつまでたっても歳をとらないから不思議だ。

 ・・・・ってわけで、いつもの悪役町奉行と悪役商人と悪役ごろつきが結託して「お代官様も悪でございますねぇ」っていった台詞こそなかったが、8時45分には「助さん格さんもうよいでしょう」・・・「静まれ~静まれ~この紋所が目に入らぬか~」って「ここにおあせられるのは先の副将軍水戸光圀公であらせられるぞ~」って「頭が高い~」・・・

 勧善懲悪の時代劇、わかっているから、わかっている上で見ている視聴者がいる。
 これは、ひとつのストレス解消時代劇なんでしょうかね。

 時代が不明瞭になればなるほど単純化された構図がもてはやされる、刹那主義と英雄待望論がそうだが、水戸黄門はちょっと違うかな、町民文化の心情をもったヒーローだから。

 余談だが、実際の水戸光圀はたしかに江戸から諸国を廻ったようだが全国ではなく、それも悪代官を懲らしめ苦しむ町民を助けるためではなく、諸国の土地の実測のためだったらしいから、まあ測量のようなものに秀でていたという話を聞いたことがあるが・・・

 それで、一緒に見ていた妻につい余分な一言「由美かおるは20代30代でも通用するよな」って言うと「・・・っていうことは歳上の彼女が私より若く見えるって言うこと?」って横から一声「いやぁ、由美かおるの方がたしかに若く見えるんだがな」・・・・・・「ピキッ!」・・・「ははは・・・・沈黙」

 一週間の始まりですからちょっとカラ元気でもだして。 

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2006.10.15

ピンポン合宿と愉快な仲間たち

10月15日 卓球ぼうやが主役でした・・・

Rennsyuuimgp0052_1 昨日から泊りがけで職場の卓球部の合宿にでかけてきました、今年で2回目の合宿ということだったのですが、元気者で盛り上げ上手なKさんやHさんが都合で不参加となり、やっぱり人数が減るとちょっと寂しい、とはいえマイナースポーツであるが故というべきか、生涯スポーツの王様というか、年齢を超えたスポーツの良さもあるので、子育て真っ最中のお母さんなどの参加は当然お子さんも一緒ですから、「ピンポン」合宿の楽しさと愉快さと筋肉疲労を充分に満足させてくれるというわけです。

 職場の卓球クラブですから人事異動などがあると突然メンバーが減ったり、変わったりしますが、これは地域の卓球クラブなどとの大きな違いなんです。サッカー人気や野球人気などに比べると、あのチョコマカしたしゃもじのようなラケットで小さな球を打つこと自体が魅力としてはダイナミックさに欠けるから、若い方の入部が少ないのですね。
 って言うか、この国の社会政策で格差拡大・リストラ・雇用減によって、パートやアルバイトは増えても、正社員(職員)は全体としても減っているので、企業のスポーツチーム廃部が続出しているように、職場にもそんな波が同じように押し寄せてきているんでしょう。

 しかしながら、まだまだ中高年のパワーは健在といえるようです。40代・50代の方々の健康スポーツへの意識は格段に高いのが現状ですから、職場のスポーツ空洞化現象とは裏腹にスポーツジムに通う方や地域のスポーツクラブはそれなりに中高年層の元気さと活発さがあるようですね。

 というわけで、久しぶりの練習量をこなしたのですが、毎日のスポーツ自転車通勤のおかげで、持久力はちょっとだけ向上している。いや年齢は確実にとっているから、現状維持しているだけかな。
 それでも、これまでならすぐに息が上がって「ハ~~ハ~」言ってたのが・・・ない。
 恐るべき自転車通勤効果とでもいいましょうか。

Pinnponn3syounenn 今年は小さなアイドルボクちゃんが体育館でいっしょに走り回ってくれましたから、大人たちはこのボクちゃんに遊んでもらったというところでしたね。
 こういうところが、世代を超えて楽しめる職場卓球部の良いところです。

 ですから、もうずいぶんと昔になった自分の子どもたちの幼い頃を「ああ、こんなふうだったな!」なんて思い出したりするんですが、そのたびに、ちょっと生意気な口をきくまで成長してきた息子や娘たちの顔も浮かんできて、「子どもは三歳までにその『可愛さ』で親孝行を済ませる」というのは本当なのかも知れません。

Oinnponntorannpu ファミリー的な雰囲気の多い楽しい「卓球部合宿」でしたが、職場がギクシャクして乾いた人間関係に傾いてきつつある、この社会現象の中に在って、こういう人と人のふれあいは貴重なものでしたね。

 土曜日NHK衛星放送「男はつらいよ」が見れませんでした、個人的な趣味としての好みの大原麗子がマドンナだったというのに・・・・残念!・・・切腹!・・・って(笑)

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2006.10.13

「きっこの日記」を買う

10月12日 チャイムダッシュで・・

 晴天の日は良い、自転車通勤が気分よいから終了の音楽と同時にピンポンダッシュで自転車帰宅・・って言いたいところですが、着替えなければならないからちょっと時間がかかるチャイムダッシュというわけです。
 それでも、近頃にはなかった残業もサービス残業もない即時帰宅となったが、それは帰り道で本屋に寄りたかったためなんです。

 10月10日に「きっこの日記」っていう本が発売されて、けっこう在庫がないなんて記事がでていたので、「あるかな?ないかな?」って楽しみだったのです。
 「きっこの日記」っていうのは、自分のブログのサイド・バーで勝手にリンクしているブログなんですが、もう一年ほど前からリンクしていて無断転載は禁止だけどリンクはOKって書いてあったので、ほんとに勝手にリンクを貼っています。
 大人の常識では連絡メールくらいはいれなきゃ・・と思いつつも、一日何万というアクセスがある超有名ブログですから、リンク連絡メールも気が引けるという小心者のなせる技なんです。

 「きっこの日記」っていうブログはとにかく文字数も多く毎日書かれていますから、ブログテェックの最後には「読み物」って感覚で読む習慣になっていましたら、「きっこの日記」が出版されると聞いて、在庫もあまりないと聞いて・・・・それで、ピンポンダッシュならぬチャイムダッシュでいつもの寄り道「本屋」に行きましたら、まだ5冊ほど残っていましたのでラッキー、それで買ってしまったということなんですねKikko_1

 おもしろいと思って気に入っているブログの一つです。何が気に入っているのか特によく考えているわけではないのですが、作者の「きっこ」さんという方の生き方や考え方みたいなものがしっかり伝わってくるのですね。

 猫の話やいろいろな生活から時々の時事問題まで幅広く考え方が書かれている、感じたことが書かれているので、その辺が面白いし、そういう生きる姿勢みたいなものが読んでいると私には元気になれるということなんでしょうか。

 ブログを書いている方なら知らない人はいない超有名ブログの本・・・読んだ部分もありそうだが、読んでない新しい発見もありそうで、ちょっとワクワクしていますね。

 「きっこの日記」 きっこ 白夜書房 定価1300円 (本の写真入れちゃった、許してもらえるでしょう、きっと)

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2006.10.12

三角関係の話

10月11日 父と母と子 ・ トライアングル論・・・ふむ

 一日、中日ドラゴンズの優勝話に花が咲いた今日でしたが、プロ野球史上初めて地上波TVで実況中継がなかったということでテレビ局には抗議の電話が殺到したらしいですね。
 BS放送の契約をしていて本当によかった!

 なんて事をいいつつ、数人で仕事で作業をしながら夫婦と子どもの関係について面白い話を聞きました。
 常々私なんぞは夫婦関係を第一に置き、親と子の関係は第二次的に考えるという「トライアングル論」を家庭の基礎だと主張してきたのですが、どうも異論があるようなんです。

 母親は子どもと夫のどちらを取るかという究極の選択をした場合、間違いなく子どもを取るというのです。
 それに比べて父親というのは、その辺は躊躇するものであるらしい。
 仮定として子どもの命を救うために母親の命を投げ出すかと問われたら、母親はためらわずに「はい」というが、父親はちょっと「・・・・」間を置いてから「はい」というらしい。

 血のつながった親子と赤の他人の夫婦の決定的な違いだという考え方もあるらしい。

 ふ~む・・・
 納得いくような、いかないような話だとおもうのですが私は、傍に居た三人の女性の方々は「当然じゃん」という表情なのですね。

 ふ~む、本当だろうか。
 たしかに、車の下敷きになった子どもを信じられない「ばか力」で車を持ち上げたっていう母親の逸話を聞いたことがあるし、「自分のお腹を痛めた子」という言い方もあるわけだが・・・
 特に母親と娘の関係が歳をとっても接近している場合が多いし、父親と娘、母親と息子という場合は微妙に異なっているもんです。

 私は男ばかりの四人兄弟でしたから、それぞれ皆年齢に応じて、親との距離を取り出したので、感覚的には親と子の「きずな」の強力さというものに縁遠いのだろうかとも思う。
 しかし、母親が夫よりも子との関係を大切に(究極的選択だとしても)するというのは、やっぱり何かが違うような気がするのですね。

 親にとって子どもは大切な家族であることは間違いありません。父親であってもそう思うものです。
 血縁という点では親子の強さは、夫婦の比ではありません。
 だからこそ思うんですね、その親子の家庭のバランスを保つ方法が夫婦が第一、親子は第二という順位付けによるものだと。
 夫と妻と子のトライアングル論から親子関係第一義論に比重を移すと不均衡になり、そこから「小言の多い妻」と「粗大ゴミの夫」なんて関係が生まれるもんだと思うのですね。

 親子関係は自然に成立しやすいが、夫婦関係は意識的でないと壊れやすいと思いますね。
 もっとも、そういう関係にある親子だからこそアダルトチルドレン(AC)の温床・・・・過度な親の管理や抑圧が生まれ機能不全家庭にもなりやすい。
 もちろん、家庭を顧みない仕事人間夫や家父長的夫もまだまだいますから、それだけが要因ではないんですがね・・・
 夫婦は意識的に関係を築いていかないと崩壊しやすい・・・夫婦関係の悪化した家庭でそだった子どもはACになりやすい・・・・やっぱり、家庭の基礎は夫婦にあると思うのですがねぇ。

 などと、思うがままに書いた本日の日記でしたが、父親だからそんなこと言うんだよっていわれそうだ・・・ふむ。
 
 

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2006.10.11

泣いた!喜んだ!感動した!・・中日ドラゴンズ優勝

10月10日 長かった・・・中日優勝で~す

 落合監督が泣いていた、マジック点灯から今日まで、中日ドラゴンズの優勝がやっと決まった。
 BS放送があったので、夕食もストップ、ポン太の散歩もストップ。
 今日の試合はこれまで見た優勝決定の瞬間の中ではダントツの一番でした。
 川上投手も打たれたが踏ん張ったし中継ぎ陣も力がこもっていた、仕上げの岩瀬投手は打たれる気がしない。

  ♪ 一番荒木が塁にでて
  ♪ 二番井端が連続安打
  ♪ 三番福留タイムリー
  ♪ 四番ウッズがホームラン
  ♪ いいぞ、頑張れドラゴンズ、燃えよドラゴンズ~

 もう最高の12回の攻撃でしたし、あとは球界最高のストッパー岩瀬がピシャッと締めるから。
 
 それにしても、落合監督が涙でインタビューにつまる光景は感動でした。
 人情とインテリジェンスを兼ね備えた名監督です。

 感動の優勝場面をBSテレビから撮った、色も悪いし、鮮明でもないが、中日ドラゴンズのファンならば、この感動を充分満足してくれるでしょう。

Imgp0005
 3-3の延長12回、福留選手のタイムリーを誰もが予感した、頼れる首位打者なのだ。

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 ウッズ選手と抱き合う落合監督・・・嬉しそう、ウッズ選手のホームランでみんなが「これで決まった」と確信したんだ

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 最後の締めくくりは岩瀬投手! 優勝にカウントダウン・・・声援も一段とでかくなる

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 落合監督の胴上げの瞬間、歓喜・・歓喜・・歓喜の嵐

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 選手もファンもいっしょに喜びを分かち合うのだ!

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 優勝監督インタビューにむかう落合監督、選手を一度もけなすことなく、二年まえより確実に選手たちは成長していますと断言してくれました。
 ほんとうに強い恐竜軍団に成長したのでした。あとは日本一を待つのみです。

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2006.10.10

おじさんが見る「中学生日記」

10月9日 恋する心の成長・・・

 今日はいろいろな出来事も多かった祝日でしたが、秋晴れの青い空も高かった。

 北朝鮮で地下核実験の報道ニュースもながれてきたし、中日ドラゴンズがいよいよマジック1となりましたが、同列に扱うニュ-スではないと思いつつ、平和な秋の祝日を過ごす国民もいれば、核開発が軍事的抑止力となると本当に思っている輩が権力を握っている国・指導者・政治家も多いものです。

 地球上のあらゆる核兵器を廃絶するということは、アメリカや中国やその他の核保有国も含まれるのですが、そこんとこは、核保有国とその同盟国では問題外になっているし、核実験のニュース報道も北朝鮮の核は問題にしても、非核三原則が事実上ウヤムヤになっている日本の現状はなかなか報道の対象にもならないから、テレビなどのメディア報道は「本当か?」って疑ってかかることが私はおおいですね。

 それに比べたら、ああ、なんとドラ・ファンは嬉しいことかマジック1になっちゃった。・・・テレビ中継がなくてラジオ放送を聴きながらの確認ですが、まさか「大日本帝国発表」のような「勝った勝ったの虚偽報道」ではないでしょうから、間違いなく明日は読売巨人軍に勝って「優勝」でしょう・・・しかし、新聞休刊日でテレビ中継もないから、まあ多分臨時で実況中継をどこかの局がやるんでしょうね。
 
 ごく普通の日本のごく普通の私の家庭の休日は、昼前から家具を移動させて床のワックスかけと掃除に忙しい、午後からは妻がサイクリング用のズボンが欲しいというのでスポーツショップへ、ついでに通勤用の自分のスポーツシュ-ズも買いました。
 今月の下旬に一緒に休暇をとって日帰りサイクリングをすることになっているのです。
 わずかずつスポーツ自転車の世界へ引きずり込んでいる(表現が悪い?)のですが・・・・あせらない、あせらない、趣味なんてものは押し付けてもムダですからね。

 休日はいいもんです、夕食が全員無事に一緒にとれるというあたりまえの事があたりまえでないご時世ですから、出来合いのものでもなんでも楽しく食べられるのが一番です。
 それで、ちょうどNHK教育テレビで「中学生日記」を放送していましたので皆が見たのですが、この番組は久しぶりでしたね。
 昭和47年から放送しているNHK名古屋放送局製作の隠れた長寿番組です「別れさせ屋の恋・二股恋愛を撲滅せよ!」ってタイトルもおもしろいから、死語ともいえる「一家団欒」のお喋りの花もさきます。

 「二股をかけられたって知ったときは男はその彼女を責めるが、女は二股かけている男の相手の女を責めるんだよな」
 「そうそう、そのとおりかも・・・」
 「へぇ~そうなんだ」
 「○○(息子の名前)もそんな経験があるの」
 「お兄ちゃんは、その前の段階なんでしょう・・・」
 「このまえ買ってきてあげた、男性ファッション雑誌をちゃんと読んでる・・・」
 「うるせ~なぁ」
 (台詞がだれの言葉かは秘密にしておきます)

 中学生の恋愛というものにも「二股」なんてのが登場する時代なのですね。
 オープンな世界なんですね、「一途な恋」とか「心に秘めた愛」なんて、もうず~っと昔のそのまた昔の感覚なんでしょうか。

 それでも、形は変わっても、本当は、恋する相手を大切にするという気持ちを、今の子どもたちも尊いものだと思っているし、純粋な相思相愛の「恋」を求めている姿は今も昔も変わっていないですね。
 自分に正直になろうとして、失敗などを繰り返して成長していくんでしょう。

 ところが・・・・・どこでどう変わってしまうんでしょうか。
 10年20年30年と経って、「形だけの夫婦」「形だけの家庭」にすっかりおさまってしまう男女も多いものです。
 先日、久しぶりに会った昔の同僚が「うちは仮面の夫婦だ」って言っていたのを思い出しましたが、その彼だって中学生や高校生の頃には純粋な「恋心」を大切にしたいと思っていたに違いないでしょう。

 「恋愛」もむずかしいが「夫婦」というのもむずかしいものです。
 出会ったころの初心(恋心)をどこかに忘れてしまって「生活する」ための「夫婦」になってしまうことも多いですが、「中学生日記」を見ていて、皆それぞれの「恋」を経て、幸せや不幸や無感覚なあるいは何年経っても恋心を持ち続ける・・・・いろいろな「夫婦」にたどり着くものだから、それこそ二股、三股の道がある。

 だからこそ、貴重な「大恋愛」という経験を人生一度は経験しておくべきだろう、結果はどうなろうと、初心(恋心)はお守りのようなものだ・・・そんなふうにも思いましたね。
 
 

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2006.10.08

自転車で走る秋です

10月8日 湖東(琵琶湖)・近江八幡サイクリング

 素晴らしい秋の空、強い向かい風も敵ではない・・・今日は琵琶湖の湖東にある「西の湖」周辺から近江商人のまちと言われる「近江八幡」まで、およそ30キロのポタリング(日帰りサイクリング)に出かけたので、ゴチャゴチャ説明するよりも、手っ取り早く「近江サイクリングロードの写真」をアップします。
 湖東のサイクリングロードから「秋」をちょっとだけお届けということです。
 
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 サイクリングロード端で柿の実が・・・ひとつもぎ取って食べてみたいものです。

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 秋の空と遠くに広がるのは「西の湖」、世界の絶景100選には選ばれないだろうが、このサイクリングコースからの眺望は、私的100選として覚えていたい眺めです。

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 コースに描かれた「自転車と親子」が微笑ましい。これをデザインした人は二人乗りを推奨しているかなんてことではなく自転車道と遊歩道ということです。前方は「西の湖」で走りやすい景観のよいロードです。

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 ヨシの群生する水郷を小さな「水郷めぐり船」が行く。ヨシがもたらす水質浄化が見直されているという。船上から水郷を眺めるのも、都会にない原風景ということなのでしょう。

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 近江八幡の「八幡堀」、白壁の土蔵が目をひき清流がなんともいえない。近江商人の発祥の地であり「功名が辻」でも登場しました豊臣秀次が開祖したまち。
 それにしても実子ができて養子の秀次を自害させた「秀吉」の晩年は見るに耐えないが、バカサルの秀吉も死んでしまえば神として「豊臣神社」(名古屋市中村区)に祀られているのですから、トホホ・・・

 ・・・というわけで、スポーツ自転車でツーリングはほんとうに爽快です。
 この2ヶ月で体重が4キロ減量しましたし、なによりも腹回りの肉が落ちましたからポッコリ腹の中年おじさん、おばさん方も5歳は若返ること間違いありませんよ。


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足踏みしてます・・M4

10月7日 大須の街は優勝待ちモードでした

Doragonz ちょっと用事で名古屋市中区の大須商店街を通ったら、中日ドラゴンズの優勝モードの準備でしたが、今日は負けてしまいましたからマジックもそのまま・・・足踏み状態でしょうか一服でしょうか。阪神が勝ちましたからゲーム差は2・・・それにしても強いタイガースに塩を送りたいものです。

 で、今日も「男はつらいよ」観てしまいました。フーテンの風子役で中原理恵がマドンナの「夜霧にむせぶ寅次郎」第33作目というわけ。
 寅さんの失恋というよりも、渡世人にあこがれる風子を優しく見守る寅さんって感じですから、この作品は失恋とはいいがたい。
 
 「寅さん、寅さんがもう少し若かったら」
 「あたし、寅さんと結婚するかもしれないわ」
 「・・・大人になにいってんだい、じゃあな」

 ちょっとメモ取らなかったから、しかしこんな台詞で、いつもの上着をひょいと羽織って去っていく今回の寅さんは実にカッコイイ。 
 私もこんなふうに言われてみたい、それで「・・・何いってんだい」って去っていく役をやってみたいもんだって(笑)
 テキヤという渡世人の任侠の世界もチラッと見せてくれたから、高倉健や藤純子の仁侠映画を見ていた頃がなつかしいですね。

 風子の結婚式の披露宴が行われたロケ地が北海道の根室地方の養老牛温泉だそうで、そこからカメラアングルがすーっと引いて雄大な原生林を捉えるラストシーンは、やっぱり「男はつらいよ」の定番シーンですね。
 行ってみたい温泉の一つになりました。 

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2006.10.06

遊び心で十五夜

10月6日 白点のようなお月様なのだ

 雨もやんでしっかりと満月が雲間から輝いています。
 これで都会のネオンや街路灯が消えれば、月明かりの夜道の風情がいっそう増すので、5分でもよいから、病院や信号機はまあしかたないとして、停電にでもなってくれるとありがたい・・・と勝手な要望ですね。

 そんなわけで、400メガの小型デジカメで満月を撮ろうとしたが、満月ではなく「おぼろ月夜」になってしまうのです。
 何でそうなるの!限界か~って思ったりしたが、ブログ友達が掲載している満月写真はきれいに取れているので、ほんとうはマニュアル設定して三脚固定して、一眼レフの望遠レンズでしっかり撮れば月うさぎなんかも餅つきしながらピースしてくれるかもしれないな。

 ・・・と、ここで引き下がると「素人デジカメ写真家」の名がすたれる!ってんで、はたと思いついたのが「たらいに浮かぶ満月」、たらいなんて代物はこの家の何処にもないので、ここはひとつ洗面器で代用じゃい・・てんで、いっぱいに水を張った洗面器に満月を写してみたが、秋の涼風が満月をゆらゆらとなびかせる。
 こういうのも面白いものだとカシャリとやってみたが、白点にしか見えない、それではフラッシュをたいてみたら、ははは・・・満月が映らないから、あたりまえです。

 写真もよいが肉眼で満月をぼ~っと眺めてみるのもいいものです。
 たった今のこの瞬間に自分が見上げているこの月を、同じように見上げながら何かを思っている方がたくさんいるのでしょうね。

 洗面器に映った小さな白点でしかない満月を愛でる今夜でした・・・ほんとうに白点でしかない遊び心(笑)。
Imgp0025
 ↑洗面器の水に映った小さな月・・・反転した飛蚊症・・・いややっぱり白点ですね。

 

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ストレスをチェックしたら

10月6日 セルフケアというけれど・・・

 暗い日記ですので、今日は読み飛ばしてください・・・・っていうと読むでしょうね(笑)

 少し前に職場で「ストレス調査」なるものが行われ、その回答「ストレスプロフィール」が送られてきました。
 そういうわけだからでもないのですが、今日は異様にストレスを感じる一日だったですね。
 原因と状況は自己管理していますのではっきりしていますから対応を考えればいいのですが・・・

 で、その「プロフィール」には「あなたのストレス状況はやや高めな状態」と記入されていたが、周囲には「まったく問題なし」と回答されていると笑いながら喋っている人もいましたから・・・同じ職場の中でも環境の違いというか、心にヒダがないというか・・・・ほんとうは問題が山積みされていても気にならない人もいるというのが、不思議であって、ああ、あの人ならば「人の心など気にもとまらない」から当然といえば当然ストレスもないわけだ。

 そのプロフィールの中身をちょっと紹介すると「活気が低く、不安感・抑うつ感が高く、また身体愁訴が多い・・仕事のコントロール度が低い」とまあ書かれているから、当然予期したとおりの結果であるわけです。
 これは軽度の「うつ的状態」といってまちがいないですね。
 とくべつ一人で悩みを抱え込んでいるわけでもないですから、自己コントロールはたぶんもんだいないでしょう。

 日本は精神的ケアについての認識がとても低い国だと思っています。生活や人格の違う人々が「仕事」という一点で交わりあう職場というのはストレスが溜まってあたりまえですから、ストレスとどう対応するのかってことなんですね。

 風邪をひいたら風邪薬をもらう感覚で精神科や心療内科にかかり治療するというのには抵抗感が強いのが現代の日本ですが、それ以上にストレスに苦しんでいる人は多い。
 心のもちようでは解決しない精神的なストレスは専門医と相談すればいいし、必要に応じて適合した治療薬を服用したりカウンセリングを受ければいいわけですが、ちょっとこの国では敷居がたかいし「異質」に見られるのを恐れて悶々として、病状を悪化させてしまうケースも多いです。

 ・・・というわけで、「セルフケア」にはお決まりのように適度なストレスは「人生のスパイス」だけど「ストレスと上手におつきあい」なんて書いてあるが、まあ、気休めきやすめってところかな。
 ストレスに強くなる栄養素として「乳製品や小魚などのカルシウム」の摂取が書かれていますが、これらも本質的には副次的なことばかりです。

 精神疲労→適度な運動、怒ったあとには→深呼吸、対人関係の仕事では→一人でボーっとする・・・よく眠る、よく遊ぶ、よく聴く(音楽など)、よく浸かる等などが心の元気方法らしい。

 そのとうりのごくふつうのセルフケアの回答ですから、べつに異議申し立てなどしませんが、こんなレベルの方法論では「心の病」はなくならないだろうね。
 「心の病」に悩んでいるその原因を取り除きなさいとは言ってないし、言うだけの「心のアフターケア」を常時おこなうほどの組織も体制もない。
 たとえばセクハラ相談員という人が配置されていても、だれも相談なんかしないのが現状なんですから。

 日本社会の職場は封建時代の大名社会と大差ないと思うし、見掛けはスーツですが見えないチョンマゲを結っているようなもんですから、バッタ、バッタと簡単に人の心を切り捨てごめん状態ですね。

 ・・・・・とまあ、こういうところが私の「・・仕事のコントロール度が低い」というストレスプロフィールの中身ですからいやはや、「美しい国日本」の社会状況の縮図みたいな職場状況がストレスを増加させる・・・困ったもんだわい。  

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2006.10.04

愛犬を癒すのです・・・

10月3日 中日がM6になった、ハルウララが引退するそうですね

 まちがっても愛犬に癒されるではないのです。

 中日ドラゴンズがM6になったのをしっかり確認して、夜の愛犬の散歩に出かけました。
 ポン太のほうも、「そろそろだわん」って言ったかどうか知らないが出かける準備をして待っています。
 いつもポン太って書いているのですが、命名は「ポッキー」というのは以前のブログに書きました。
 街のペットショップから引き取られたので血統書というのがついていて、まあ戸籍上の名前というものもあるんです。

 犬名:郡要号 
 種別:柴犬 赤
 生年月日:1997年7月7日
 性別:オス
 出生地:愛知県岡崎市

 ・・・と、これが戸籍名でもちろん父犬と母犬と兄弟犬も記録されているというわけです。それにしても「郡要号」って名前の由来は何だろうか、どちらにしても名前だけは勇ましいから笑えてしまいます。

 それで、このところ毎日帰宅してからブラッシングをしてやっているのですが、季節の変わり目なのかムダ毛が取れるは取れるはで、ちょっとすっきりスリムになって、毛並みもつやつやしてきています。
 よほどき気持ちが良いのか10分ほどですが、うっとりと仰向けになったりして抵抗しないし、ブラッシングがストレス発散の効果にもなっているようです。
 
 散歩から戻ってインターネットニュースを読んでいたら、高知競走馬の負けに負けても走り続けた、あの有名なサラブレッド「ハルウララ」がとうとう引退するという記事が載っていました。
 10歳の牝馬で113連敗の記録を残したそうです。
 馬主の安西美穂子さんという方は「今後は人を癒やす仕事をさせたい」と話しているそうですから、牧場や観光地で子どもたちを乗せてゆったりと歩いてくれるんでしょうか。

 先日、世界最高峰レース凱旋門賞に出馬して日本中の話題となった「ディープインパクト」は日本馬初優勝は逃したものの、名馬中の名馬であることにはかわりないが、それに比べると「ハルウララ」は一度も勝てない馬だった、その「勝てない」ことが話題となって、注目を浴びたわけですから幸せな一生を終えることが出来るのでしょう。
 何が幸せをもたらすかわからない・・・不思議なものですね。
 かって名前は忘れましたが競技中に足を骨折して、そのままでは苦しむだけだからと薬殺された有名な競走馬がいました。
 それだけではなく、多くの競走馬の余生で種馬となって暮らせるのはほんの一握りともいわれ、食用の馬肉などに処分されているのがほとんどだと聞いているので、自分自身はギャンブルはしませんが競馬中継を見ていますとどうしてもサラブレットの勝利の栄光よりも人間の身勝手というか商業主義に「命」をゆだねる姿が見えてしまいます。

 サラブレットだけではなくてペットショップの売れ残ったかわいい犬達や猫達の「命」も同様だから、個人的にはペット産業なんて、本当に動物を可愛がれる、飼う覚悟のある人だけを対象にして、細々と営業すればいいと思っています。

 ちょっと前にこんな話を聞きました。
 犬を飼いたくて、あるお客さんが血統書つきの高額な犬をペットショップで購入したのですが、どうしても飼えないので、数日後に「半額でも無料でもいいから引き取って欲しい」と思って店に行ったところ、「動物は商品ではなくて生き物ですから、一度買って頂いた動物はただでも引き取りません」と言われたそうです。
 ほんとうにその通りですが、それに続けて、「どうしても飼えないのでしたら、保健所に申し出て「処分」をお願いするしかありませんね」という悲しい話でした。

 やっぱりペット産業なんか流行らなくていい・・・・そんな思いですね。
 我が家の一員となったポン太君は、我が家でゆったりとした一生を終えるように努力しようっと・・・


 今日の中日×広島戦の見どころは9回表の落合監督の継投をどうみるかでしょう。
 完封目前の朝倉を降板させて一人一殺の3人の投手をつぎ込んだ・・・・この継投策です。

 テレビ解説者は「8-0ですから、ファンも朝倉の完封を見たいんじゃないですかね」と解説していましたが
 私の「オレ流」解釈は違いますね。重要な広島4連戦の第一戦で投手力の豊富さを見せ付けることで、戦いのレベルの差をファンに見せようとした。
 強さというものを誇示する必要があった、それはドラ・ファンに対してであり、選手への決意表明であり、ひょっとしたらブラウン監督と広島の選手の戦意喪失を誘う意図だったのかも知れないな
 ・・・なんて思う心理学的落合采配論の本日でした。
 

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2006.10.03

撮る

10月2日 デジ・カメで撮れるもの

 職場のカレンダーを一枚めくると早いものでもう10月が始まったという実感がわいてくる。
 最近読んでいる本・・・「ぼくの昔の東京生活」という赤瀬川原平のエッセイ。
 時代背景は自分よりちょっと上の世代だが、充分につたわるものがある。
 
 世の中がわかりやすい時代だった頃は人の心もわかりやすいものだったから、凄みのある人や職人気質の人や細やかな人、大雑把な人、みんな心のなかにはっきりとした「思想」をもっていたものだ。

 それが正しいか正しくないかそんなことは結果の問題で、その瞬間の生きている実感から未来(将来)を展望していたように思われる。

 エンドレスのゲームのような世界はなかったように思う、だから、ある日を境にして、いろいろな思いを持ちながら、考え方を転換したし、生き方を現実社会に引き戻したりした。

Kasa0019 「いい加減なこと」や「アバウト」なことにも意味を見つけようとした。
 「モーレツな生き方」もあったし「自己卑下」もあった。
 それらが、何かしらの自分の「価値」であると確信していた。

 今は、不思議な時代だと思う。
 朝もやのような霧中のようなエンドレスのような不明瞭な世界だと思う。

 雨の中でさしていた傘を列車の座席に立てかける。
 一本ではなくて二本の傘が立てかけられる、ただそれだけのことを撮ってみる。
 デジ・カメのこちらには現実があり、カメラで撮られた二本の傘の柄には別の世界がある。
 何を思うのかは自由な想像力でいいし、つまらない一枚のデジ・カメ写真でもいい。

 そんなことを考えた今日であった。

 
 

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2006.10.01

キャンパス・ロード

 10月1日 雨降る学園祭でも熱気があふれてる

 愛知県知多半島の名鉄電車の小さな駅を降りると山間の小高い丘にある学園へと道がのびています。
 とくべつ変わったこともないふつうの舗装された一本道です。
 周りには民家もなく少し上り坂になっている道の中央には「ユリノキ」が続いています。 Kyannpasu20061001
「ユリノキ」別名「ハンテンボク」ともよばれ、あの昔羽織った「半纏(はんてん)」に葉が似ているところからそうも言われている、初夏にかけて花を咲かすらしいが、私はいつも訪れるのはこの季節だから、まだこのキャンパスに続くユリノキに咲いた花々をみたことがないのですね。

 今日は娘の学園祭が開催されるというので、またしても妻に「行くでしょ・・・」って既定方針のようにムリヤリに出かける羽目になったのです。本当は晴天ならば、車に自転車を積んで、木曽山川公園に朝の早いうち出かけようと準備はしていたのですが、天気予報が見事に当たってしまい雨の神無月の始まりでした。

 雨の中、やっぱり学生さん達の足取りは軽く楽しいお喋りが傘の数だけ聞こえてきました。
 毎日毎日このキャンパスへの道を踏みしめた娘達の三年間はどんな思いだったのだろうかとふと思う。
 楽しいこともあっただろうし、辛いこともあっただろうし・・・それでも、よく頑張って3年間の高校生活を送ってきたものだと、ちょっと感傷的にもなる。

 化粧が濃くなって、眉毛が無くなりそうなほど細くなって、スカートも短くなって、外見はずいぶんと変わったというのが今の高校生たちの姿なのですが、成長期のこの時期に、この坂道を上るように少し汗をかいて、少し寒さに震えて、そうしながら一歩ずつの成長をしているのだと思うと今も昔も青春は同じなんだろう。

 というわけで、なにやら文化祭の「ミュージカル劇」を上演するからというのが、きょうの出かけた目的でもありました。
 おせじにも素晴らしいミュージカルとはいいがたい「学生ミュージカル劇」でしたが、クラスの生徒さんたちの一生懸命さは充分に伝わってきましたから、いろいろと相談しながら考えて発表したのだろうと想像もできる・・・それぞれ個性を持って高校生活を送っている学生さんたちが、日頃は「大丈夫かな若い子らは・・」なんていう大人の身勝手な思いもきれいに消し飛ばしてくれるような「みんなで力をあわせた」熱気のようなものを感じましたね。

 学生生活というものはほんとに良いものです。
 友人を得て、知識を得て、心の広がりを身につけて、どんどんと成長してゆけるのが学生生活の特権ですね。
 パンフレットに載っていた校長先生の語りかけも心あたたまる言葉でちょっと引用させていただきます。

 「人は、孤独でいるときでも、周りの世界と心の中で対話しているのです。信じあえる友は、人生の宝物です。それは待っていたってこない。出かけていって見つけ出そう・・・」

 ほんとうにそうですね、特に若さあふれる君達の世代は。
 
 

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