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2005年12月

2005.12.31

掛け声一番、実行二番

 12月30日の日記 WOWOWで一休み
 今日はとても妻に感謝している一日です・・って、平身低頭。
 「覚悟しておけ!」って昨日の日記にしるしたものの、娘は友達んところへFA宣言して行ってしまいました。
 息子も「大掃除モード」にほど遠い二軍暮らし状態から脱していません。
 あ~あ、まったく大掃除の家族軍団は結局、親二人の戦力不足の楽天イーグルスみたいでした。
 掛け声ばかりで大掃除はなかなかはかどりませんでしたね。
 それでも、昨日買った「高圧噴水洗浄器」の威力を試したらすごいです。
 玄関と門のタイルの水垢がきれいに取れること取れること、これはいけます。
 そいでもって、部屋のガラス拭きやトイレ掃除や風呂場のカビ取りなども頑張りましたね。
 「頑張る」っていうのは、こういうときに使う言葉なんです。
 疲れました。

 ・・・で、ソファーで軽く睡眠・・が、しっかり睡眠になってしまいました。
 その間、妻は台所とキッチンを磨いていた。
 今年は「重曹」で磨いたらしくて、ほんとピカピカの真っ白になっているではありませんか。

 出来の悪い指揮官はその後も、ちょっと休憩、なが~く休憩してしまいました。

 WOWOWの映画「ディ・アフター・トゥモロー」を観てしまいました・・暮の忙しいのに。
 異常気象によってアメリカの都市が壊滅するっていうSF映画なんですが、地球温暖化現象が言われている最近ですから、妙に変なリアル感がありましたね。
 ・・・って、うんちくを垂れている間に、妻はセッセと野良仕事じゃなくって、家事仕事でした。
 ほんとうに平身低頭です。ひとことも小言もいわれませんでしたし。

 そのあと、「仁義なき戦い」も観てしまいました。
 広島のヤクザの組抗争を描いた映画なんですが、暴力は肯定しませんが、義理と人情の崩れ行く渡世人社会がよくわかり面白いです。
 観終って妻に、「きょうは充分大掃除とはいかんかったじゃけん、明日は頑張るけんのう」ってにわか広島弁。
 「なに、影響されてんの」・・・って一言。
 
 明日は大晦日です。
 残りの家事仕事に精をだして、新しい年が迎えられますように努力じゃけん、こらえてつか~さい。(広島弁?) 

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2005.12.29

収納下手の掃除好き

 12月29日の日記 大掃除
 年末年始の休みの一日目、あと5日しか休みが無いのが残念です。

 それで、いつもよりは少し寝坊をしましたがテレビを見ると星座占いが最悪でした。
 が、そんなものは、ほとんど気にしません。
 「自分本位になるとダメ」みたいな星座だと言うんですから、ほんと、別に気にはしませんが、今日は言われるがままに掃除や買い物に従事することにしました。

 懸案になっていた花壇の用品収納庫をホームセンターに出かけて、ラティスふうのものを買いましたが、組み立てはとてもやっかいでした。
 ついでに、網戸やタイルなどの外壁掃除のジェット噴射器も廉価品を探して購入しました。

 義母の家の屋根瓦の様子がおかしいので見てくれと言うので出かけて、窓から半身を乗り出してなんとか修繕しました。

 この暮のこんな時に、娘が年賀状を出したいというので(喪中だからいらないのですが)パソコン年賀状の本を買いについて行き、年賀状つくりのお手伝いもやりました。

 夕方にはテレビのことで、街の電気屋さんが来ましたので、部屋の家具を移動したり、掃除をしたり、けっこう時間もかかりました。

 だいたい、こんなふうに年末の大掃除の初日が始まりますが、本番は明日からの部屋の窓拭きや掃除、生活用品の整理整頓なのです。

 「星座占い」を信じはしませんが、忠実に守りましたので、無事年末の一日が幸せに過ぎようとしています。

 明日も頑張るぞ~・・・って終えれば、とても良い家族思いの父親日記なので、妻や娘もこっそりと読んでくれれば納得しますでしょう。

 が・・・そうは問屋がおろしません。
 明日は間違いなく、星座の運は最悪ってことはないでしょうから、日頃のうっぷんを吐き出そうと思っています。

 何故かほんとうに、我が家は片付けが下手な連中ばかりなのです。
 買い物をしても、買い物袋がそのままになっています。
 子どもらも床の上に学校の用具を平気で放置するのですから、ましてや子ども部屋は、もう足の踏み場もないほどです。

 ダイニングテーブルや出窓のカウンターはいつも物であふれています。
 せっかくそろえたソファーは衣類置き場になっていることもたびたびなんです。

 以前は、収納の小物入れなどにせっせと私が整理するのですが、すぐにゴチャゴチャになってしまうのです。
 あった物を元の場所に戻さないのです、いや、単にめんどぐさがり屋だけなのです。
 だから、もう必要ない小物収納品や収納家具のたぐいは買わないことに決めました。
 片付けができてこその収納家具ですから、そこのところが問題なのです。

 それでも掃除や洗濯はセッセとやります。
 どうも、それは嫌いではないようなんです。
 私は四角い部屋を丸く掃除機をかけるタイプなので、時々小言をいわれるほどです。
 しかし、そこまで掃除ができるのならば、なんで、片付け、収納ができないんだって理解に苦しみます。

 ですから、明日の大掃除は我が家の皆が大嫌いな「部屋掃除と整理」なので私が指揮官です。
 一日中、家族の連中をこき使う予定がびっしりと詰まっています。
 ええい、みんな覚悟をしておけ~って。
 (星野仙一が中日ドラゴンズの監督就任の記者会見で選手達に、こんなふうに第一声を言いました。)
 

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仕事納めの日

 12月28日の日記 仕事納め 
 今日で一年の仕事納めとなりました。
 明日からは休みの残り日数を数えて暮らす年末年始になります。
 今年の正月やすみはあっと言う間に終わるに違い有りません。(はぁ)

 つくづく思うことなのですが、私は毎年仕事の処理や記憶力が右肩下がりの線を描いています。
 仕事の密度が濃くなっているのでしょうか。
 仕事の量の平均値が上がっているのでしょうか。
 それとも、やっぱり年齢によるものなのでしょうか。
  「おちこぼれ」といわれるのもそれほど遠くないでしょう・・・まあ、それも自然で良いことです。
 
 「仕事納め」というと、その昔は、職場の大掃除もしていました。
 老いも若きもバケツに汲んだ水に雑巾を入れて、禁煙権なんて言葉もなかった壁やロッカーの煙草ヤニもきれいに落としていたものでした。
 床掃除は業務用の大型クリーナーを持ち出して、そうそう、家庭の大掃除といっしょです。
 
 一年、健康で無事勤められたことへの感謝の意味もあったのですね。
 神社やお寺の「煤払い」っていうのも年神様を迎える準備っていう信仰心からきているようですし。

 でも、この数年間はもう自分達で大掃除をすることもなくなりました。
 そんな、余裕もないのですが、清掃会社の方々が毎日やっているから必要ないと・・・

 職場の生活(仕事)スタイルもずいぶんと変わってきているということなんですね。
 職場から、だんだんと生活がなくなっていってるような気がします。

 それでも今日、仕事を終えた方々が事務所の中でお菓子を食べながら歓談の輪ができていました。
 たったそれだけのことでも、大切な職場の生活なんでしょう。
  
 

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2005.12.28

「和の芸」を親しむ

 12月27日の日記 和力「暮打逃」公演を親しむ
20051227wariki 今日はとても素晴らしい公演を観ることができました。
 「和力」という方々の「暮 打逃(くれのうちにげ)」という公演なのです。

 昨年に続いて、私は2回目の観賞となるわけなんですが、伝統的な和芸が舞台の上で繰り広げられます。
 太鼓や三味線やお囃子、舞、笛などの伝統芸能といわれるものが、一つの形をもって表現されています。

 去年は身近に日本の伝統芸能の良さみたいなものを感じたのですが、今年はもうすこし、じっくりと観賞する余裕もでて、どこが良いのだろうか見極めたいと思っていました。

 が、観ているうちに、そんなことはどうでもよくなってしまうほど舞台に溶け込んでしまう公演です。

 三味線や舞や笛などの個々の演芸の素晴らしさはいうまでもありません。
 それよりも、舞台の上でこれらの古くからの伝統芸能がなにかとても新しい創造的な世界を作り上げている・・・そんな感じですから、知らぬ間に魅せられて引き込まれている自分を見出します。

 年の瀬の公演というものも魅力をアップさせる要因かもしれません。
 加藤木さんという方の独特な口上も、舞台と観客の距離を縮めます。

 このところ、娘たちの和太鼓のクラブの激しい打ち込みを見る機会が多かったのですが。
 プロの芸というものの観客を取り込む迫力はやはり違うものだとつくづく思いました。

 とても、楽しく幸福なひと時を過ごすことができたことに感謝です。
 良かった。
  

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2005.12.26

「ノスタルジア」のトラウマ?

 年の瀬の慌ただしい仕事を終えて、ほっとした時間です。

 ブログを書くために部屋にこもってipodをONすると、懐かしい曲が流れてきます。
 東芝EMIから発売されている「ヒットポップス大全集」なのです。

 ちょうど橋幸夫と吉永小百合の「いつでも夢を」が流れてきたので、おお吉永小百合だ!!って(笑)
 それで「カナダからの手紙」なんて曲や「スターダスト・メモリー」「ダンシング・ヒーロー」なども次から次に流れ続けるわけなんです。

 音楽の異次元空間とでもいいましょうか、ノスタルジアのトラウマとでもいうのでしょうか(苦笑)
 懐かしい曲(妻は古い曲と表現するのですが)ばかりが部屋を駆け巡っているということなんですね。
  
 例年ですと、年の瀬のこの時期に実家の父親から干し柿が送られてきていました。
 父親というか自分の生まれた長野県の飯田の名産の「市田柿」という干し柿です。

 とても甘味があって軟らかい干し柿なので、子どもの頃から大変好きで、いくつでも食べてしまうんです。
 正月にコタツで暖まりながら食べるととても美味しいんです。 

 そういえば、幼心に家々にたくさんの干し柿が吊るされていた記憶があります。
 寒冷地だからでしょうか、白い粉がふいたこの「市田柿」は干し柿のなかでも絶品ではないかと思っています。
 
 その父親が今年の2月に亡くなったので、もう「市田柿」は届かなくなりました。
 そんな思い出があるので、よけいに、この干し柿が美味しく思えるのかもしれません。

 そんな、こんなを書いていたら、久保田早紀「異邦人」が流れてきました。

 とても、いい歌ですね。
 
 

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2005.12.25

イブの贈り物は「ローマの休日」と・・・

 12月24日 クリスマス・イブの日記 
 私の今年のクリスマス・イブの最高の贈り物はテレビ映画「ローマの休日」でしたね。

 何回と観ても、最初から最後まで、恋の物語に魅せられてしまいます。
 かずある洋画のうちで、もっとも完璧で無駄のない傑作中の傑作だと信じています。
 オードリヘップバーンの演じるアン王女は時代を越えて世界中の男性の憧れにちがいありません。
 1953年の作品であるにもかかわらず現代の純愛映画に勝るとも劣らないシネマといえます。

 昨年もこのブログで「ローマの休日」を絶賛しましたが、また書いてしまうほど惚れ惚れします。

 というわけで、たった今テレビの「ローマの休日」を観終えたところです。
 今日は娘の友達もお泊りということで、5人と一匹のクリスマス・イブです。
 そのお友達が持ってきたクリスマスソング(若い子のソングはよくわかりませんが)CDをかけながら、ケーキとコーヒーを楽しんでいる夜です。

 いつもの家族に遊びに来てくれた娘の友達一人が加わるだけで、いつもの何倍も楽しい家族のひと時になるっていうのは、とても不思議なものです。
 家族の友達が気兼ねすることなく訪ねてくれる家であったらいいと、常々思っているところなんですが、供働きで子どもも大きくなり、それほど来客なんて頻繁にはありません。

 だから、ほんとうは「ローマの休日」も最高のイブの贈り物なんですが、こうして、娘の友達が泊まりで遊びに来てくれたというのも感謝したいイブのプレゼントなんですね。 

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2005.12.23

雪スナップ日記 NAGOYA

 名古屋はもう雪が溶けはじめていますが、昨晩は大雪でした。

1yoru20051223







 それで、玄関犬のポン太も寒かろうと、誰かがバスタオルをかけていました。
 そんなんで暖かいか?

2inu20051223







 朝、起きると、昨夜の大雪がうそのように晴れ上がって、良い天気でした
 もうあちらこちらの家の前では雪かきが始まっていました。

 3miti20051223







 お隣さんちの庭にも昨夜の冬将軍の猛威が残っていました。

4niwa20051223






 犬は雪遊びが好きなんでしょうか。
 花壇のすきまから顔を出して「クウ~ン」とないていましたが、今日は用事があるので、雪あそびの相手はしてあげられません。

5inu2-20051223






 それでもって、今日は金虎酒造さんに「初しぼり」のお酒を取りに行く日なのです。
 全部で69本も注文しているから、応援もお願いしています。

 途中の信号機にも雪が残っています。
 雪国では縦に並んだ信号機が雪の重さの被害を避けるためだと、よくわかります。

6sinngou20051223






 金虎酒造さんは名古屋市北部の国道19号線沿いにある小さな酒造りのお店です。
 今日は仕込みなどの作業はやってませんでしたが、「酒蔵」を見せていただきました。
 思ったより近代的です。
 木の樽が幾つも並んでいる酒蔵を、なぜか勝手にイメージしていました。
 すみません。

7kintora200512237kintora2-20051223








 職場のなかま達と「初しぼり(金箔入り)」「初しぼり」「にごり酒」を車に積み込みました。
 酒蔵の裏門前に大きな雪だるまが造られていました。
 なにか、酒造りの心と同じ暖かさを感じるものでした。

8kintoradaruma20051223







・ 
 720mlの「初しぼり」と「にごり酒」を、ちらかったテーブルを片付けて撮ってみました。
 左端にあるのがおまけの酒粕です、とてもいい香りです。


10hatusibori20051223







 今年の酒は例年以上に美味しい酒に出来上がっているとのお話でしたので、とても楽しみです。


PS:ちゃぶんさんお手伝いありがとうございました。
   お礼に「タイトル」を物まねしてパクらせていただきました。(笑)
 

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2005.12.22

猿ぼぼ係長と心霊写真

 きょうはとても楽しいお話と心霊写真をお見せしたいと思います。

 その前に
 名古屋は夕方からの雪が今も降り続いています。
 もう20センチ以上は積もっているので道路は車も少なく人も車道を歩いて帰宅を急いでいます。
 あすは降り止むのでしょうが、我が家では、今度はお風呂場に「雪だるま」が登場しました。
 作ったのは「口止め」されなかったので言いますが妻でした、歳甲斐もなく・・・かな。(苦笑)

sarubobo2005 では、さっそくタイトルのお話に移りましょう。

 12月のはじめに白川郷と高山に職場の方たちと旅行に出かけたのは前にご紹介いたしました。
 その高山市内の朝市を楽しんでいる一枚の写真なのです。

 飛騨高山の「猿ぼぼ」といえば縁起物の子猿のぬいぐるみのことをいいます。
 この猿ぼぼの観光写真用の看板に写っているのが私の職場の係長なんです。
 そして、この写真を無理ヤリ撮ったのが同じ係の若い女性というわけなんですね。

 もちろん写真の掲載にあたっては係長さんからは「小さな写真ならば」という条件付、
 つまり自分と判らないほどの豆粒のようなものならと了解いただいたのですが。
 やむなく小さめにトリミングいたしましたが、わかる人にはわかるでしょう(笑)。

 しっかりと写真をみていただくと、真っ赤な猿ぼぼの顔の前にほんわりと「坊さん」のような人顔が写っていますでしょう。
 とぼけたような人顔が浮かび上がり、両手を広げ両足を開脚した等身大の猿ぼぼが、この上もなく「癒し」の一枚になっています。

 親しみを込めて「猿ぼぼ係長」と命名したのは私ですが、猿ぼぼの縁起のよさと福よかな仏顔が、思わず笑いを誘うとてもよい写真ではないかと思っています。

 それで、職場のすべてのコンピューターの壁紙を、この「猿ぼぼ」壁紙にして、朝電源ONしたら、一斉に「猿ぼぼ係長」が起動する(笑)・・・こんな提案をしましたら、けっこう評判がよいものでした。
 密かに、口コミでほかの職場にも、この壁紙の良さが伝わっているようですから、
 そのうちほんとうになるかもしれませんね。
 
 登場する係長さんとしては「○○さん(若い係員)が、ワシを無理ヤリ立たせて撮ったんだわな、顔穴からもっと顔を出せもっと顔をつきだせって言って・・・」と笑って弁明されていますが、撮るほうも、撮られるほうも、遊びごころのよく判っている方々なのです。

 福祉関係の職場はとても忙しい現場となってきていますが、こうした「遊びごころ」が随所に顔をだし、協力して仕事を行ううえでは、とても良い雰囲気をだしています。

 お互いの性格や気持ちをよく理解しようと努めているからこそ、相手の笑いの心をつかまえることが出来るのでしょう。

 というわけで、次に心霊写真といきましょう。

2sinnrei2005 同じ写真の左上に、よく見ていただきますと、目鼻立ちのしっかりした男の人の笑った顔がわかるでしょうか。
 少し角度を変えて見るとわかリやすいのですが・・・
 わからない方のために倍率アップの写真を載せましたのでこれなら判るでしょうね(クリックしてポップアップさせると完璧にわかるはずです)。
 で、これは偶然「猿ぼぼ壁紙」を見学(?)に来た他の課の方が「人間の顔が映っている」って発見したそうです。
 映画「マトリックス」のキアヌ・リーブスではないかという話がもっぱらなんですがね。
 これ以上は、何も申し上げる必要もないでしょうから楽しんでいただければと思います。

 いやぁ映画ってほんとにいいものですね・・じゃなくって、いやぁほんとに心霊写真なんでしょうかねぇ・・(笑) 
 

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柚子湯

 12月21日の日記 柚子湯
 今日もとても寒い、寒波がまたやってくると天気予報はつたえています。
 仕事を終えて帰宅して夕食後にちょっと寝てしまったので、ほんとうは22日の夜中です。
 あと一日勤めれば三日間の連休がありますから、寝る時間が減ってもあと一日耐えればいいって・・・
 それで、ちょっと遅めの風呂にはいりましたら、柚子がポカンと浮いている・・・・柚子湯でした。
 効能なんかは良くわからないのですが、ゆったりと風呂につかって、頭の疲れを流すのが一番です。

 このところ職場の待合椅子に、もう馴染みになっている路上生活(ホームレス)の方が毎日顔を見せています。
 もちろんお風呂など何年も入っていないから、酸っぱいような臭いが空気を伝わって流れてくるわけです。 
 この寒さで夜の寝床は冷凍庫のようなものだからとても寝ることはできないから、昼間に暖房の完備したビルや事務所で睡眠をとるというわけです。
 この方がどのようないきさつで、そうしたホームレスの生活にもう何年も入っているのか、多少は聞いて知ってはいるのですが、とても頑固で、コミュニケーションをとるのが難しそうです。
 少し前、この職場の清掃関係の仕事をしているおばさんが、この方について「またゴキブリがいる」って同意を求めるように私に話しかけてきました。
 このおばさんにとっては、掃除の邪魔になる迷惑な存在なんでしょうからそういう言葉になってしまうのでしょうが、ホームレス=社会の害(落ちこぼれ)という見方が社会通念としてできてしまうならば、とてもやりきれなさを覚えるものです。
 人の生き方がさまざまあっても、それぞれの暮らしぶりや置かれている環境に心を寄せることができなければ、やはり人と人とのコミュニケーションは成り立たないのでしょう。
 柚子湯につかりながら、あの路上生活を続けている方が、ゆったりとお風呂に入れる日がほんとうに来るのだろうかと思った一日でした。
       

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2005.12.21

初しぼり

 お酒知らずで、お酒に弱いが、お酒好きの、お酒のはなしです。
 日本のいろいろな地方にあります「初しぼり」などといわれるお酒はとても美味しい。
 秋口に精米されてから酒蔵で仕込みがなされ清酒となっていくそうですが、この熟成されていない一番搾りのお酒を「初しぼり」という、聞いただけで美味しそうな名前でよばれるそうです。
 つまり一年をかけた酒造りの初めての「旬」の時期のお酒というらしいのです。
 というわけで、2年ほどまえから名古屋市北区にあります酒造りのお店の「金虎初しぼり」という銘柄のお酒を注文するようになりました。
 年末から年初めにかけて飲む日本酒の銘柄にまで我が家では定着しました。
 口コミで伝わった地元のお酒なんですが、初めて口にしたときの美味さが、日本酒の美味しい季節ということもあり、なかなかのものだったわけです。
 今年から私が職場の注文の取りまとめをすることになりました。
 こういう美味しい話の手間ひまは、惜しむと損損っていうことなんです。 

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2005.12.20

「チョコレート革命」俵万智

 少しゆっくりと日数をかけて俵万智の「チョコレート革命」(河出書房新社)を読み終えました。
 短歌の世界の言葉のすばらしさに大いに感激したところです。
 その昔に「サラダ記念日」という俵万智の第一歌集を読んだときには、なぜかサラサラと読んでちょっと違う世界だなあと思っただけだったのですが、この本は惹かれるものがありました。
 現代という時代の恋する心、愛する心の何ともいいがたい「揺れぐあい」がリアリティを持って歌われているから、妙に納得してしまう歌なんですね。
 こういう「人を想う世界」は激しさと危うさの間をさまようようなものだから、その何ともいえない心の動きをこんなふうに短歌として表現されると言葉というものの不思議さにとても感心するものです。
 俵万智は「あとがき」の中で

 恋の歌については「ほんとうにあったことなんですか?」ということを、しばし聞かれる・・・確かに「ほんとう」と言えるのは、私が感じたという部分に限られる。
 その「ほんとう」を伝えるための「うそ」は、とことんつく。
 短歌は事実(できごと)を記す日記ではなく、真実(こころ)を届ける手紙で、ありたい。

 と、こんなふうに述べています。
 なるほど俵万智という歌人の短歌にたいする想いを見たような気がします。
 もういちど「サラダ記念日」を読んでみようという気にさせる本でした。
  

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2005.12.18

暖かい部屋

20051218 朝から雪が舞っていました。
 ボタン雪なので降り積もって大雪にはならないだろうと思っていたのですが、けっこう積もっています。
 部屋の中はしっかり暖房されていて、格子の出窓越しにチラチラ舞う雪を眺めるのも風情があります。
 暖かい部屋があってこそ味わうことができる雪景色ということでしょうか。
 近くの公園にはダンボールと水色テントで作った小屋で生活する路上生活(ホームレス)の方がいるのですが、例年よりも寒さが厳しい今年は大丈夫だろうか、暖は取れているのだろうかと心配になります。
 夕方からまた雪が降り積もりました。
 めずらしく子ども達も今日は休養日でしたので家族が勢ぞろいでした。
 もちろん愛犬のポン太君はペット用の暖房マットの上で上機嫌でした。
 夜の9時には部屋の外の温度計は2度を指していましたので、まだまだ下がるのでしょう。
 玄関先の門柱の上に小さな「雪だるま」が登場しました。
 誰が作ったのかは「ブログに書くな」としっかり口止めされているので言えないのが残念です。   

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2005.12.17

賛美歌312番

12月17日の日記・結婚式
 今日は姪の結婚式がありました。
 親戚の叔父夫婦ということで参列させていただきました。
 結婚式場でキリスト教式の結婚式をあげて、フランス料理の披露宴だったのです。
 新郎は終始ニコニコ笑顔でしたし、姪もとてもうれしそうでした。
 友人たちのお祝いのメッセージも楽しく、二人には思い出となるものでしょう。

 そんなわけで結婚式としてはごく普通の式と披露宴でしたが、結婚式場で行う教会式の結婚式はもちろんキリスト教の信者でなくてもよいのですし、牧師さんも雇われの方のようです。
 参列者もほとんど仏教の信徒でしょうから、キリスト教式といっても雰囲気が主なものです。
 式が始まって、聖歌隊の方々にあわせて、私は初めて「賛美歌」というものを歌ってみました(これまではけっしてうたいませんでしたが)。
 日本語の歌詞を口に出して歌ってみると、なぜか心地よさがあるのを発見しました。
 本物の教会でもなく本物の牧師でもなく「式場」の賛美歌ですが、とても不思議な気がしました。
 結婚式でよく歌われる賛美歌312番です、記念に書き記すことにしました。

      いつくしみ深き 友なるイェスは
      罪科(つみとが)憂いを 取り去り給う
      心の嘆きを 包まず述べて
      などかは下ろさぬ 負える重荷を

      いつくしみ深き 友なるイェスは
      我らの弱きを 知りて憐れむ
      悩み悲しみに 沈めるときも
      祈りに応えて 慰め給わん

      いつくしみ深き 友なるイェスは
      変わらぬ愛もて 導き給う
      世の友我らを 捨て去るときも
      祈りに応えて 労(いたわ)り給わん

 
 
 

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2005.12.16

サラ金と派遣会社の話

 おそらくどこの会社・職場もそうなんでしょうが派遣会社に雇用された方が正規の社員や職員と一緒に仕事をしているのでしょう。
 私の職場でも3名の派遣社員の方が仕事についています。
 ちょっと前までテレビCMで「うちの会社で一番輝いているのは派遣社員のレイコさん~」っていうのをやっていたのですが、このところあまり見かけない。
 嫌いなCMの一番はサラ金の「事前によく計画を・・・」ってなやつで、二番目に嫌いなのが、この派遣会社のCMなんです。
 サラ金や派遣会社っていうのは、一昔前は金貸し業であったし手配士(人買い業)だったわけで、どちらも、まっとうなお天道様の下でやる商売とは言われないものでした。
 「金色夜叉」の寛一がお宮さんへのあてつけにはじめた「金融業」は人が最も嫌がる商売を選んだっていう話しだそうです。
 また、「女工哀史」に出てくる農村の娘さんを安い工賃で集めたのも手配士(人買い)というわけだから、近代的なビルが建って「サラリーマン金融」とか「派遣会社」っていう、それらしい名前になって、社会進出しているのですが、よく見るとその本当の姿は何も変わらないと思うのです。
 どちらも「ピンハネ」の商売ですから、「お父っあんが金を返せなければ娘に女郎でもやってもらうか」っていう、悪人の親分や「こんな貧乏百姓では食えねえだろう、峠のむこうの工場に娘を働かせたらどうだ、盆、暮には帰れるし、いい話じゃないか」っていうドラマのシーンと本質はかわらない。
 派遣会社の社員さんたちは、よく仕事をしていただいています。
 おそらく、私の給料の何分の一かの契約なんでしょうし、期間も三ヶ月程度と決められています。
 一生懸命仕事を覚えても(覚えなければ再雇用にさしつかえるのでしょう)期間終了でおしまいになってしまう。
 派遣社員の方が言ってました「20代ならばまだ派遣社員でも仕事が選べるが、30を越えると仕事を選ぶなんてことはほとんど出来ないって」
 安い給料で使えるうちにどんどん使って、あとは知らん、若い人はいくらでもいる・・・っていう感じ。
 そんなひどい派遣会社ばかりではないのかも知れませんが、やっぱり「派遣社員哀史」と思えてしまいます。
 ニート世代、フリーター、派遣社員のみなさんは安い給料で雇用条件も不安定です、これに、リストラで退職された人達を加えて、社会的には「不安定な労働者グループ」が作られようとしていると思うのです。
 そうではない、競争社会を勝抜いた「管理者の仕事」をするグループが「勝ち組」としてできあがる。(いつ「負け組み」に転落するか怯えながら)
 世の中が、こんなふうにして二極化していくように見えてしまいます。
 私の世代の息子や娘たちが学校を終えて社会に出ても、なかなか就職が難しい時代です。
 好きでニートになりフリーターになっている人たちばかりではないでしょう。
 
 サラ金や派遣会社のCMが嫌いな私の理由はこんなところにあるのです。 

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間違えてしまった

 12月15日の日記 
 先日、知的障害者作業所の皆さんがやっている年末の物資販売でちょっと値段の高めの生チョコレートを買いました。
 障害者の皆さんの授産工賃(仕事の給料)が少しでも上がればいいんだが・・・
 それで、職場の冷蔵庫に入れておいて、本日持ち帰ったということなんです。
 たった一箱の生チョコレートなんだけど、「ハイ、これ生チョコレート、美味いらしい」って
 そしたら、妻が「もしかしてこれって・・・・」
 すかさず言ったんですね。得意げに「まあ、結婚記念日ってことで・・・」
 「・・・・・」
 間違えてしまったのですね。明日16日でした。
 もうこれ以上はこの話題には触れないつもりで、夕食を食べ、そそくさと愛犬の夜の散歩にでました。
 妻は追い討ちをかけるように娘に「お父さん結婚記念日間違えたんだよ、ひどいよね」て言っていました。
 今日は残業で疲れていたので、ちょっと間違えただけなんだが・・・せっかくの生チョコレートも、ただのお土産チョコレートになってしまいました。
 日頃から「形」よりも「なかみ」を大切にする私ですから「これくらいちょっとした間違いなんだ」と自分に言い聞かせています。
 それにしても・・・はぁぁ。 
 

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2005.12.13

寒い朝

 今日は早朝から名古屋市内でも雪が舞っていました。
 降り積もるほどではなかったのですが本格的な冬将軍を思わせる寒い朝でした。
 「寒い朝」といえば思い出すのがシャープの液晶テレビのCMで見られる吉永小百合の若い頃のヒットソングです。
   ♪北風吹きぬく 寒い朝も 心ひとつで 暖かくなる
   ♪清らかに咲いた 可憐な花を みどりの髪にかざして
   ♪今日もあ~あ~
 たしか、そんな歌詞だったような気がします。
 うろ覚えなのは、私の少し上の年代の方々が「サユリスト」と言われる熱狂的な吉永小百合ファンであって、
 まだ小学生だった私はこの「サユリスト」の一人であった兄から少し影響されたのかもしれません。
 吉永小百合が日本映画の「青春もの」に出始めていたころ、彼女は早稲田大学の夜学部に通っていた。
 当然、人気の青春スターだから級友たちにチヤホヤされてもいいのですが、彼女は学友たちにお茶を入れたりして、ほかの学生と同じ学生生活を送っていたという。
 こんな話を聞くとなんとなく映画の世界そのままの清々しい吉永小百合の実像と思ってしまう、そんな小学生だったわけです。
 たぶんに、「サユリスト」といわれる人達によって作られた伝説なのかもしれないが、いま60歳をむかえている吉永小百合という俳優に20代の頃の彼女の面影を見続けているような気もするのです。
 そんな彼女のイメージを壊す歌に「奈良の春日の鹿のフン(と思ったが)」という歌もありました。
  ♪奈良の春日の青芝に 腰を下ろせば 鹿のフン
  ♪フン フン フン 鹿のフン 
  ♪フン フン フン 鹿のフン 
  ♪フン フン フン 鹿のフン 
 これもちょっとうろ覚えの歌なんですが、これを聴いたときには「なんてこった」と笑ってしまったものです。
 しかしながら、「寒い朝」という歌は、あかぎれで真っ赤になった両手をふーふーさせながら、小学生の私の心を暖めるには充分な歌だったのでした。
 「サユリスト」よりもよっぽど「サユリスト」らしい思春期を前にした少年だったのです。

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2005.12.12

small携帯フェチ

 12月12日の日記
 今日は確信犯(?)のように休暇をとることに決めていた。
 毎日同じように出勤して毎週、毎月、同じような日常を過ごしていると、非日常的な無駄な一日を入れたくなる。
 生来の怠け者の性格が顔をだしたということなんだが、それでよいと思っている。
 そんなわけで、久しぶりに名古屋市中区の大須商店街をぶらぶらしてみた。
 平日にもかかわらず、この電気(IT)商店街は人出がある。
 みな休暇ではあるまいし、どこから湧き出てきたのだろうかとも思えるのだが・・・
 PC関連の製品にはこのところ面白いものもないので興味がわかない。
 唯一、感心の対象は現在使っている携帯電話preminiが小さすぎてメールに適さないのが難点で機種変更をしたいから、何か面白い物はないかとウロツクこと。
 もともと携帯なんて通話がほとんど、それも家族からの追跡コールばかりで、メールは自宅のPCがメインだから、携帯でインターネットが繋がれば最高なんだがなあ。
 ・・・が、データ通信は料金が高い1パケット○円とあるが、ネットのページを見まくると定額であっても結局多額の出費となってしまう。
 そんなに通信情報料を払っても元がとれるほどの情報なんてないから、DOCOMOのFOMA1000なんていうビジネス機種は興味をそそられるのだけれども、やっぱり通信料がネックになってしまう。
 現在の携帯電話premini(初代)は9センチ×4センチほどで片手の中に納まってしまうので手放しがたいが、小さいことはやはり機能に制限があるということだ。
 なかなかsmall器機愛好家が満足できるものはでてこないのが現実なんだな、これが。
 そんなわけで、ウロウロ、キョロキョロしながら大須商店街を歩き回り、最後に行き着いたのは、FOMAとmovaのpreminiを2台使い分けるってやつで、デュアルネットワークサービス。
 月額300円で一つの電話番号をFOMAとmovaで切り替えて使うものだが、使いこなせるかは何ともいいがたいが、それでも現状ではGOODな選択でしょう・・・
 本日のお買い上げ、ドコモのFOMA D901is&デュアルネットワークサービス加入・・・うん、納得かな?。

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「男の書斎」・・亭主元気で留守がいい

 ちょっと前に流行ったこのフレーズは世の中年世代の奥さん方がよく使っていた。
 休日ともなれば家の中でゴロゴロしている世の亭主族を皮肉ったものなんだが・・・
 二年前に思い切ってローン地獄を覚悟して家を新築した、自分で設計図を何枚も描き、ほぼ思いどおりのものにしてもらった。
 姉歯建築士とかヒューザーとか悪質な建築業者が横行しているの見ると、木造在来工法ではあるがこの家も大丈夫なのかと心配もする。
 なにせ、違法建築物であったら、ローンを抱えて途方に暮れるからだ。
 その家の中に「男の書斎」という父権主義の権化とはほど遠い約3.5畳のひと部屋が私の部屋になっている。
 子ども達は6畳の部屋を持っているのに比べればたしかに小さいので、妻は「物置」と言っているが、充分に自分の欲求を満たすには最高の部屋である。
 インターネットを配置し、壁面書棚を作りつけ、エアコンこそないが角部屋だから、窓が二つもある。
 約270センチの細長い机にはパソコンとプリンターとipod用のスピーカーが置かれ、何の不自由もない。
 だから、こんな快適な部屋はブログを書くにもよいし、70年代や80年代のポピュラーミュージックを「なんでそんな古い曲ばかり」とちょっと小馬鹿にされることなくゆっくり楽しめるし、ゆっくり本を読むにもいいのだ。
 しかし、この部屋にこもると、ときどき「何やってるの、何書いてるの」って妻がやってくる、詮索しているのだ。
 部屋を出てリビングにでも行くと「何こもってやってるの、いいねえ自分の部屋が在って」ってことになる。
 この部屋以外は全て妻の部屋みたいなものだし、リビングやダイニングは娘や息子がテレビとともに占領しているから、「いいねえ・・」それは間違っていると心では思っている。
 こんな快適な部屋は一人でゆったりとしていたいものなのだが、なかなかさせてもらえない。
 インターホンで呼ばれる、すぐにやってくる・・・人間たまには孤独がプライバシーが欲しいってもんだが・・・
 そういえば、図書館に行った帰りにちょっと喫茶店によるものならば「今何処にいるの~帰りにお菓子が欲しいな~」って携帯が・・・・
 これは愚痴ブログかもしれないな、それにしても「亭主元気で留守がいい」って多干渉にさらされている自分には羨ましいと思う言葉でもある。
 見捨てられるよりましだって、ふむ・・それはそうなんだがなぁ・・・
 
 

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2005.12.10

師走のハンター

 久しぶりの休日。先週は旅先だったので一週間の疲れもたまっている。
 ・・というわけで、二週間サイクルの恒例の図書館通いの日でした。
 いつもよりちょっと厚着をして愛用のIpodをベルトに挟んで自転車でゆったりと走る。
 これが、休日のベストな気分転換になるってもんで、娘は昨日から修学旅行で沖縄に行っているし、息子は大学のなんとかかんとかで出かけてしまった。
 妻はこれ幸いに誰もいないことをいいことにWOWOWの映画「たんぽぽ」を観ている。
 今日はゆっくりと街角散歩ができるっていうもんだ。幸せ・幸せ・・・・
 名古屋市中村図書館は今日もけっこう利用者がいる。
 図書館っていうのは雑学の宝庫、癒しの本棚、知識と好奇心のおもちゃ箱・・な~んて思いながら、今日はやっぱり「立松和平」と「俵万智」と「峠三吉」とフォトジャーナリスト「広河隆一」なのだ。
 穏やかさと激しい命の葛藤を扱った本を読みたいと思ったからなのです。

 中村公園は隣接する競輪場が開催日とあって、師走の大博打の一攫千金の夢が膨らんでいる。
 自分には今は縁遠いギャンブルだ。
 昔はパチンコもよくやっていた頃があって、今のようにデジタル流行ではない頃、「はね物」っていうのが全盛のころだから、ずいぶんとむかしだが生活費が無くなるとパチンコ店で数日分の生活費を稼いでいた。
 しょっちゅう行くと出る台も決まっており、案外小さな夢のあるパチンコ台だったが、ある日なぜか時間がもったいない・・・と思った瞬間にピタッと辞めてしまった。

20051210 ・・・で、本日のタイトルのお話である。
 公園にはほんとうにたくさんの鳩たちが餌を探して、人間にも慣れているのか足元にもやってくる。
 人間と共存している(鳩フン公害も言われているが)鳩なんか、この日本では誰も取って食う人なんかはいないだろうと思っていたら、突然、木の茂みから黒猫が飛び出して、鳩に飛びついて襲ってしまった。
 ほんのすぐ傍での出来事で持っていたデジカメでしっかり撮ってしまったのです。
 しばらく黒猫は様子をうかがって鳩を咥えていたのだが、カメラを持った私に気がついて、少しずつ移動し始めたその時に、見事に鳩は羽をばたつかせて難を逃れたというわけなんです。
 一見平和な休日の公園なんですが、生き物にとっては生死を分ける野生の世界が広がっている。
 餌をとり損ねた黒猫に同情すべきか、はたまた難を逃れた鳩によかったなと同情すべきか・・・・
 いやいや猫も鳩も同情などは期待していないだろうな。
  
 

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2005.12.09

ちょっと元気のでる話

 12月9日夜中の日記
 世間を見渡してもなんとなく暗くなってしまう話題が多いので元気のでる話が欲しい。
 子ども達への凶悪な犯罪も新聞紙上をにぎわしている。
 同世代の親御さんにとっても他人事ではないので不安と怒りでやりきれないだろう。
 ・・と思っていつものブログ訪問していたら「じぇるとましゃみ」ホームページでじぇるさんが書いていた。
    「こんなにも病んでしまった世の中にいる自分。。。
     自分の生き方、考え方、周りとの関わり方をもう一度考えてみたいと
     思わずにはいられません。」
 そうなんだよなあ、人と人との関わりが「となりは何をする人ぞ」っていう希薄なものになっている、住んでいる家だけでなく、働いている職場でもそんな風潮が多いんだなあ。
 でも若い方々が日々社会的な問題にいろいろ感じて考えている姿はとても健全で文化的でもあるんだと共感しうれしくなる、おじさんの世代は。

 昨日、全身性障害と知的障害という重複障害のお子さん(といっても大人の方だが)をもつお母さんとお話する機会があった。
 この前の国会で「自立支援法」という法律ができて、障害のある方がヘルパーや施設などを利用すると、利用する量に応じてお金がかかるという「応益負担」という考え方のものなんだが。
 これまでは「応能負担」という収入に応じた負担だったので、収入の無い人には負担がかからない、これがヘルパーさんとか利用する量でお金がかかる、収入がなくてもかかる、とまあ簡単にいってそうゆうことなんですが。

 お母さんがいうのは
  「うちの子のように重い障害の子は一人では何も出来ないので、何かとお世話になることがおおいんですよね」
  「自立支援法ができて、年金だけだからこれからお金のことでも心配しなければならないし、たいへんなんです」
  「なんか、戦前の障害者はお国の役に立たないって言われた時代に戻っていくみたい・・・」

 ほんとうにそうだと思う。
 なにか形を変えた「社会的ないじめ」そのものなんではないだろうかと。
 でも、ここからが、このお母さんの素晴らしいところだった。

  「でもね、うちの子が障害があって手がかかるといっても、こういう障害がある子といっしょに暮らしていると、この子からいろいろ教えてもらうことも多いのね」
  「障害をもっていて、いつも何も喋れないけど、同じ人間だから、感情もあり、生きている尊さっていう実感を教えてくれるんですよ・・・」

 こんなお母さんたちが社会に大勢いればもっと障害者もそうでない人も豊かな生活ができるのでしょう。
 こんなお話をちょとお聞きして元気をもらいました。

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2005.12.07

幸せのトライアングル

 ちょっと家族の話である。
 福岡で18年間もの間、母親によって自宅に軟禁状態にされていた少女が保護されたというニュースを聞いた。
 少女は18歳であるにもかかわらず身長は120センチほどしかなく、まるで小学校の低学年児童の成長で、着ていた服も児童用のものであったという。
 40歳になる母親は「この子の発育の遅れがあり外に出すのが恥ずかしかった」という餓鬼のような理由で、自宅から一歩も外出させずに学校にもまったく通わせてもいなかった。
 まったく自己本位のバカ親であったか、あるいはまともな愛情を知らない無知がさせたことなのかどちらにしても親としての子に対する愛情の欠如以外の何ものでもない。
 なんとも衝撃的で痛ましい事件であり、この少女の18年間という長い辛い生活は想像を絶するものがある。
 それ以上に、この先、この少女が受けたであろう心的外傷(PTSD)との苦闘を思うと家族とは何だろうかと考えられさせてしまった。
 家族としての、父と母と子はちょうどトライアングルのような三角関係をなしているのだが、この三角形の絆(きずな)というのは同じ距離ではないと思っている。
 子どもを家庭生活の中心において父と母が存在するというのは一昔前の良妻賢母の家庭で、子は鎹(かすがい)などと言われていたが、ここでは親が子どもとの距離を縮めて一方あるいは相互の依存関係が出来ていることが多いと思っている。
 これは夫婦よりも親子関係が重視された家族なのだが、これはトライアングルではなく子どもを支点にした「やじろべえ」であるから、ふわふわと安定しているうちはまだ良いが、子どもの成長とともに支点が自立すれば壊れてしまう。熟年離婚の典型の家庭の姿なんではないかと思う。
 この逆には大人になりきれない大人の夫婦像が容易に想像される。子どもへの真正面からの愛情が成り立っていないから、ネグレクト(養育放棄)なんていうことが起こる。
 いや、もうすこし突っ込むと、その親自身が成長過程において機能不全家庭で育ってきたAC(アダルトチルドレン)の問題もあるかもしれないが・・・(言いすぎかもしれない)
 家庭生活においては夫婦関係が一番目に大事にするべきだろうと思う。
 夫婦関係を大切にしてそこから家庭生活を築いていくことが大切だと思っている。
 夫婦の愛情が壊れている家庭では子どもへの愛情は夫婦関係の代替として、子どもに共依存していまいがちになる(全てがそうだとはいえない、それはたとえば「一人親の家庭」でもとてもよいバランスを保っている家庭もあるから)
 だから、仲の良い、いたわりや時には喧嘩もある夫婦があっての子どもの健康な成長だろうと思っている。
 子どもは夫婦の愛情を見て人間らしい心と体を作り上げていくのではと思っているのだが・・・・
 はたして我が家は・・・自信があるわけではない・・・ちょっと言いすぎたかなあ・・・・・ふう。 
 

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2005.12.06

穏やかな日々

 12月6日の日記 
 どうしようもないような悲しい現実や辛いことが、自分を含めたこの社会をとりまいているのを目にすると、とても疲れるものだ。
 今日の夕食はおでんであったが、妻は風邪なのか胃の調子が悪く横になると吐き気がするとう。
 娘からメールが入り地下鉄まで車で迎えに行き、あわただしく夕食をとる暇もなくピアノの教室に送ってゆく。
 その間に自分の夕食を食べ、またピアノの教室へと迎えに行く。
 ほんとうにあわただしいのだが、妻は不満そうな顔をしているので聞くとまだ食事をしていないという。
 胃のムカつきがあるのでおでんは食べたくないという、ついでに「ちっとも心配してくれない・・」と
 「暖かいうどんでも作ろうか」というと昼食で食べたという。
 他の食材もあまり無いので「スープとパンでも少したべるか」と聞くとそれでいいという。
 こんがり焼いたアツアツのトーストパンとあったかいコーンスープを作って持っていく。
 それを見ていた娘が「いいなあお母さんは私も作って欲しい」というので娘の分もつくる。
 食事らしい食事ではないが、暖かな食材というだけで美味しくみえるようだ。
 「Hi-Fi-set」の曲を聴きながら久しぶりに流し台のシンクの排水口まできれいに掃除をして食器もあらう。
 風呂に入れるように準備をして、暖かい日本茶を二人分用意をする。
 普段ならば、とっとと家事から逃げ出してしまうのだが、今日は何故かいろいろと家事をこなして、あわただしく動き回ってもいいという気持ち。
 穏やかでいたいと思う日である。
 友人が職場を休んでいる。
 とても辛い現実であるのだが、自分がどうすることも出来ないという現実でもある。
 家族にちょっと優しく接してみたい気分になっている自分である。
  
 
 

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クリスマス・イルミネーション

 数日ふりの愛犬ポン太君の夜の散歩にでると、寒さが一段と増し小雨もパラついている。
 冬型の気圧配置のなかにすっぽり入り込んだ日本列島なので、いよいよ冬らしい天気なのだ。
 この時期の隠れた楽しみの一つはクリスマス用に飾られるイルミネーションが一軒また一軒と増えていくことで、我が家の周辺では三軒の家庭がキラキラと輝いている。
 トナカイに乗ったサンタが走り、煙突をサンタが昇り降りする。
 電飾の輝きを冬の張り詰めた空気がいっそう鮮やかに見せているのだ。
 街中のネオンの飾りや名古屋市中心部、栄町あたりの街路樹に巻きつけられた商業用のイルミネーションは嫌いだが、この辺の家庭用のイルミネーションは派手すぎることもなくちょっと楽しい心地を味わわせてくれる。
 よく見ると昨年よりも今年の方が飾りが一つずつ増えている。
 今日の散歩途中の家では雪の結晶の電飾が昨年より増えていた。ここの家人も楽しんでいるんでしょう。
 日本のような多信仰を良しとする国ではいろいろなものが神として祀られるので、巨樹信仰があり、山の神があり、水の神や雨・雷の神など多種多様だから、キリストの生誕を祝うのも、ほんと日本らしい。
 かといって、クリスマスは年中行事みたいなものだから、クリスマス・イブの日に彼氏や彼女と過ごすだけのものでも、寛大な神の御心なのかもしれない。
 ・・・などと思いながらふと気づくと、ポン太君が道端でウンチポーズになっているのであわてて後始末。
 我が家でも妻がほんとうはあのイルミネーションを取り付けてみたいと思っている雰囲気がチラホラある。
 あれは、他人の家のを見て楽しむもので、自分の家に付けて見せるものではない・・・っていうのが、私の理屈であるから、我が家ではクリスマス・イルミネーションはこれからもありえない。
 クリスチャンでもないし・・ってダメ押し。  

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2005.12.04

こころの原風景

20051203gassyou もう30年ほどこの都会に住んでいるのだが、山あいの農村で生まれた私の心の奥底に流れる心情のようなものは、純朴な田舎の派手さや明るさから遠のいた、それでいて落ち着いたそんな心象が原点になっているような気がしている。
 旅なんてゆうものは限られた時間と日数のなかで観光地をまわり、客慣れした宿泊先の宿で温泉にでも浸かって旅情だ~と言ってみる程度である。
 だから、旅仲間の日常では見せたことのない姿や、旅先での思わぬ発見などが、旅の思い出として記憶に残れば充分なのかもしれない。
 それで、最近は風光明媚な観光地であっても、ひとつ裏の路地に足をむけたり、何か人情話やその土地の情緒のある非観光的なものはないだろうかと探してしまうのである。

 白川郷と高山に行ってきた。
 東海北陸道の高速道路を車で走り、まだ残る秋の紅葉を楽しみながら白川郷につく頃にはすっかり雪の舞う冬の日本の情景を見ることになった。
 世界遺産でもある白川郷の合掌造の伝統美は観光化されているとはいえ、実際に見て触れてみると、人間の生活様式という歴史の大きさに圧倒される。
 雪国という日本の村の共同体が作り上げた生活様式の芸術である。
 村のメインの本通りには土産物店が並び観光地そのもの。
 しかしながら、一歩そこから外れると合掌造りの家と現代の民家が混在する生活感が漂ってくる。
 雪があられとなってパラパラと降り続くなかで、寒さに耐えながら雪深い村の厳しさのほんの少しを実感する。
 なにか昔から見てきたような不思議な心もちになるのである。

20051204 高山は観光地そのものである。見たいものや感動感が少ない。
 おお勢の観光客が古い歴史の街並みに連なる土産店ののれんをくぐり土産物を買っている。
 自分もそのおお勢の一人だ。
 街を流れる宮川そいに「朝市」がたつ。
 高山名産のほう葉味噌や漬物をならべた露天商がいくつも続き観光客に声をかけている。
 そんな中の一つの店でおばあさんが「赤かぶ」をビニール袋に無造作に入れて売っていた
 3~4個で100円という安さである。
 他の店では漬物に加工された「赤カブ漬け」のお土産品ばかりなのに、ちょっと変わっている。
 漬け方もていねいに教えてくれたこのおばあさんに写真を撮らせてもらおうと頼むと、少しテレながら微笑んでくれた。
 もうすでにこの世にはいない私の母親にどことなく面影が似ていた。 

 **サイドバー「街角散策&ちょっと一枚」に白川郷の風景写真を載せてみます 

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2005.12.03

小京都高山の宴(モブログ)

高山市も小雪が舞っています。総勢20名の団体で繰り広げる宴は日頃見られない人間模様を垣間見せるもの。日本酒がとても美味い、寒い地方で飲む酒の味は格別で、十二指腸潰瘍もどこかに行ってしまいます。 都会の雑踏を忘れた憩いの時間が流れています。 それにしても携帯メールはつらい。明日は高山市内の観光で、土産も買うので我が家の厳しい眼差しも和らぐだろう。

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白川郷は雪景色(モブログ)

慣れない携帯でモバイル送信しています。 岐阜の白川郷はやっぱり小雪が舞い、合掌つくりの藁葺き屋根は真っ白におおわれています。 ちょっと遅めの昼食は蕎麦を風情のある古い民家調のお店で食べているところ。 さてこれから高山市にクルマを走らせます。

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2005.12.02

初冬の高山・白川郷

 いやまだ出かけていないのだが、明日から一泊二日で職場の友人たちと、ちょっと団体旅行である。
 カミさんには「いいねえ何時も自分ばかり・・・」って・・・、なんと言われようがもう決定済みだから明日の今頃はゆっくりと温泉なのだ。
 日本の小京都といわれる岐阜県の高山市はどうやら小雪が舞っているらしい。その向こうの合掌造りの民家で有名な白川郷はもっと雪かも知れない。
 どちらも古い街並みが保存された観光地だから、少しは初冬の情緒が楽しめるかもしれないな。
 
 ・・・っていうわけで、一度、銀河の幌馬車隊さんがやってみたモブログ(モバイル・ブログ)でもやってみようかなとおもっているが、携帯にはカメラがついていない。
 ってことは、文章でもって、日本の初冬の風景を書かねばならないのだから、これは、たいへんである。
 ただでさえ、初代の「Premini」っていう、ちっこい携帯なのだから、メールが打ちにくい。
 おまけに、これまで携帯メールなんて2回ぐらいしか送ったことがないのだから・・・
 いやいや、何事もやってみてなんぼ(これって方言かな)のもんである。

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2005.12.01

「十二指腸潰瘍で酒席」話

 12月1日の日記 
 師走、忘年会のシーズンが来たのだが、むかしからの持病である十二指腸潰瘍がうずいている。
 もう何十年来の病気で、X線のバリュウム写真は見事にガタガタに変形した胃と腸の間の十二指腸を写しだしている。目に見えて変形しており潰瘍を何度も繰り返した結果なのだが。
 この病気は神経質な体質の人がかかりやすいといわれており、20代に人にも言えないようなあまり褒められた生活をしなかった因果のせいで持病となった。
 この7~8年ほどは完璧に発症をとめていたつもりだったのだが、久しぶりの苦しみである。
 病気の経験者にはわかると思うのだが、食間、特に夕方の4時と夜中の2時に胃が空っぽの頃に、しくしくと痛み出すもので、ガスター10とか新サクロンなどの市販の食間胃腸薬が必需品なのである。
 ・・・って、病気の話をするつもりではなく、酒席の話である。
 毎年のことだが、12月は職場やあれやこれやの忘年会が待ち受けている。
 いわゆる酒席である、たいていは「○○課忘年会」っていったやつで、あちらでもこちらでも街の繁華街は赤鼻のおじさんやおねえさんやおばさんが陽気な千鳥足をみせている。
 いまでこそ多少の酒は飲めるようになったが、昔はまったくダメだった、飲むとすぐに気分がわるくなる。
 だから、この宴会ってやつが苦手で、ひたすら食べるしかなく、陽気な盛り上がりは別世界でしかなかったものだった。
 昔は宴席に必ず音頭とりがいて、欠席者が出ないように上手に声をかけ楽しい雰囲気を盛り上げていた。
 盛り上げるといっても、現在のように、芸人顔負けのエンタの神様的話術と踊りというよりも、飲めない奴には配慮というのがあって、それなりに楽しめるものだったが。
 それに比べると今は酒を飲む「場所」という雰囲気が強く、じっくりと身の上話をしたりするそんな宴席が少ないのである。
 酒が飲める奴も、飲めない奴も、引っ込み思案なやつも、エンタ的芸人も、みんながひっくるめて楽しむという宴会の要素が何かしら変わってきているような気もする。
 職場の義理堅い忘年会は昔からづーっと続いているが、知らない人の間に挟まれた日には最悪で、無理やり会話を探さなくてはならないし、型どうりビールを注いでチョン、それがなんだというのだろうか。
 かといって、辞めてしまえばいいかというと「この世は義理でもってる部分もある」
 つまり、やっぱり、面白みのある宴会が少なくなったということか。
 おまけに、十二指腸潰瘍でここしばらく断酒状態で、酔っ払った勢いもだせない宴会は最悪なのである。
 まあ、知人同士でおこなう宴会というのはこれまたちょっと違うのであるが・・・

 ふむ、今日の日記は間違いなく混乱している・・・調子が悪くてうまい酒が飲めんと言ってるだけか。
 

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