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2005年2月

2005.02.27

本の整理

 我が家の階段下の収納場所が以外と広く使えるために、蔵書(そんな立派なものではないが)がダンボール10箱ほど入れっぱなしになっている。
 本というのは昔からコレクターのように買い続け、どんどん溜まってしまう一方である。
 売るということがないので、そうなってしまうが、さすがに、この家に引っ越してくる前に3分の1ほど、勝手に妻に廃品回収に出されてしまった。
 雑誌のたぐいで、まあ諦めもつく代物ばかりだったのでしぶしぶ(いや、無理やり)納得したものだが・・
 名古屋には本山や鶴舞、上前津などに点在して古本屋があるが、昔は時間があれば古本屋にちょくちょく顔を出していた。
 ボーナスがでてちょっと大金をもって、東京の神田古書店街をあるいたり、京都や神戸あたりの古本屋にもいったりしていた。
 京都の古本屋は、毎月古書目録を出している店もあり、よく注文購入もしたりしていた。
 最近はめっきり古書店には行かなくなったが、神田古書店街の近くに生活している人が実にうらやましい。
 ・・・といった話ではなくて、階段下の整理をしようと、ホームセンターでスチール製の棚を購入して、転居以来手がついていない場所の整理をした一日であった。
 まだ、以前の住居にも、屋根裏にダンボール積みで置きっぱなしになっている。あれも何とかしないと、処分されてしまいそう。
 ☆プロフィール写真を変更した。職場の友人が即興で描いてくれた自画像のデッサンである。よく描かれていると気に入っている。
 
 

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2005.02.26

鬱的なもの

 知的障害者作業所の所長さんらと久しぶりに話しあう機会があった。
 ガイドヘルパーの養成講座を取り組んでいるとのことで、終わった後の歓談であったが、施設運営の厳しさは相変わらずで、それでも安定した運営にはほんとうに苦労して取り組んでいる様子である。
 

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2005.02.21

ちょっとした会話

 テレビでライブドアーの堀江社長がインタビューに答えているのを見ていた息子が・・・
 息子「堀江社長が株を取得して放映権をもったらサラ金のCMを減らすことができるかなあ」
 父 「むずかしいんではないかな」
 息子「さいきん、サラ金のCMばかり増えている、若者がサラ金に手を出して将来をだめにしている」
 父 「そんなにサラ金のCMがふえているかな」
 息子「だって、以前はサラ金被害のニュースも伝えていたが、今はほとんど無い。CM放映権料をもらわないかんので、流せないんだ」
 父 「なるほど」
 
 たしかに、若い女性のアイドルやかわいらしいペットの出るCMがやたら多いのも事実。
 まあ、こんな会話をしてくる息子も少しずつ成長してきているということなのだろう。

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2005.02.20

瀬戸市の風景

setosi 亡父の法要のため瀬戸市に行った。
 実家は愛知万博会場とは離れた北西部の高台にある。
 5歳のころから学生時代まで育った街であるが、東に猿投山と三国山がそびえたち、一種の盆地状態の街である。
              (実家から見る瀬戸市)

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2005.02.19

徒然なるブログ話

 星の数ほどあるブログ(WebLog)である。もともとはアメリカのインターネットで情報やニュースをLinkをつけて公開していた個人ページが発祥地とのこと。
 書店にもいつしかブログ関係の本が増えており、手軽にホームページを作れるのがうけている。難しくないのがいい。このNiftyの「ココログ」なども誰でも簡単にブログを作ることができる。
 

 
  

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2005.02.15

ポン太の友達

 久しぶりに早い帰宅だったので(といっても、定時に終業できることはすくないが)、夕食後の愛犬ポン太(本名:ポッキー、忘れそうなので書いておく)の散歩の役目が回って来た。
 冬場の夜の散歩は寒くて辛いものがあるが、ふだんは長男が文句もいわず(時々不満がでるが)係になっている。
 犬の習性はおもしろいもので歩く場所とマーキングの場所がいつも一定している。
 便を出すときは道に鼻をこすりつける様に小走りになり、これもほぼ同じ場所なのである。
 お尻をつきだして尻尾を上げる。その時に小さく切った新聞紙をさっとお尻の下に敷く。
 慣れてくると出した新聞紙と便の位置がタイミングよくピタっと決まる。
 半年ほど前まで、散歩途中の家に白い犬が小屋で飼われており、必ず近づいて鼻を寄せ合っていたが、いつしか見かけなくなった。(高齢の犬で死んでしまったのか)
 今でも、その小屋の前を通るとかならず立ち止まり、振り返って、居ないのを確認してから歩きはじめる。
 お気に入りの友達だったに違いない。 
  

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2005.02.13

父の歩んだ道(続き)

 父31歳、母29歳の昭和20年8月(1945年)日本は敗戦を迎えた。
 命ひとつで引き上げてきた両親には、「満蒙開拓団」として移民を決めた時に土地も家も処分しており何も残っていなかったが、親戚から僅かな土地をもらい、農業と時々の天竜川河川工事の人夫仕事などで生活を始めた。
 長野の山村は積雪こそ少ないものの寒さはとても厳しい風土である。
 その後、兄2人が生まれ、最後に自分が末っ子として生まれているが、親子6人の生活を支えるには農業と僅かな収入だけでは窮乏を脱することは困難を極めていた。

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2005.02.12

父の歩んだ道

 2月7日、父親が亡くなった、90歳と11ヶ月の人生だった。
 煙草が好きで、正月に顔を会わせたのが最後となったが「数の子が好きだ」といって、酒を美味そうに少し口にしていた。
 たいへん働き者で、自分が学生の頃は早朝から夜まで仕事ばかりしていた思い出である。
 死ぬ間際まで元気であった。「死ぬ間際まで元気で生活できるのが最高」と考えている自分にとっては、父の死が悲しいことではあるが、素直に受け止められることでもあった。
 
 

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2005.02.05

城址と古木

koboku 「城」というと名古屋城のような石垣が積み上げられた壮大なものとばかり思っていたが、この中村区日比津の地域にもかっての城址があるという。
 マイタウンの舟橋武志さんの書いた「ぶらっと中村」という著書によると「日比津城」、「栗山城」という城があったというので周辺を散策してみた。(写真は諏訪神社の古木)

 

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2005.02.02

家・うんちく物語

ponta 住居を新築しておよそ一年が過ぎた。
 今日のような寒波の日でも家の中では石油ヒーター1つが稼動しているだけで,以前の家とは大違い。
 こんな日には最近の住宅建築技術の向上に感謝と納得である。
 敷地探しから住宅建築完了まで一年ちょっとの期間だったが、その間、週休日はデジ・カメをもってせっせと現場に通っていた。
 棟梁ともよく話しが出来るようになり、部材の事や住宅事情や商品単価などいろいろ教えてもらうことが多かった。
 大工仕事が完了後も、お願いしてオリジナルの作りつけ書斎机を作ってもらった。
 こんな経過の中で撮ったデジ・カメ写真が溜まりに溜まったので、気まぐれにブログの「マイフォト」の中で住宅建築経過やうんちく話でもして遊んでみようと思いたったもの。
 根気よく続くかどうかわからないが・・・
 

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