2024.06.16

茗荷とキュウリとぬか床と

6月16日 漬物好き 

梅雨と夏の暑さがいっしょにやってきて
おいおい、季節は順番に来てくれないと心づもりが間に合わない

市販の「ぬか床」を気まぐれに買って「ぬか漬」を作ってみた
友人からもらった茗荷の苗とキュウリの苗も買ってきて
プランター農園で栽培している

キュウリは二本ほど収穫できた
茗荷はまだまだ

キュウリのぬか漬け
ナスとニンジンと茗荷も買ってぬか漬に挑戦している
ぬか床には利尻昆布やトウガラシも混ぜ込んでみた
我流の「漬物」づくりである

塩加減やぬか漬けの時間もいろいろ考えて...
キュウリが一番旨くできた

父母が信州生まれなので、漬物が茶菓子代わりによく出されていた
親の代のDNAなのか、漬物は好きである

塩分の取りすぎに気をつかいながら
暑い日、麦茶をごくごくの飲みながら
漬物を数きれ、パクパクとたべて、丁度よい

少し前に「居酒屋ぜんや」シリーズを14巻まで読み終えた
別嬪おかみのお妙の料理に「旨ぁ~い」と連発していた面々
たしかに旨いものを食べるとほっこりする、とくに自分で漬けたという気分は

目下、キュウリのぬか漬けに、おぉ~「旨ぁ~い」と自画自賛

2024.05.28

食べ歩き、飲み歩き

5月28日 犬山城にハイキング

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この日曜日(26日)、犬山城と周辺のハイキングに行きました。
恒例となった春のハイキング、小学生から70代まで14人のご一行。
天気も良く、この季節は新緑が目に優しいですね。

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ハイキングとはいうものの、犬山城の旧城下町のふらり散歩のようなものでした。
若者向けの店もたくさんあって、ついつい飲み歩き食べ歩きでした。
数日前のこと酒の話があって「もう酒は半年以上飲んでない」って言ったら、
「このビールが旨い季節に、もったいない!」と言われたことも思い出しました。
飲み歩きもわるくないと思い、地ビールなどを飲み、団子や五平餅や菓子なども食べ歩きです。
歩くのがメインのハイキングですが、近場の犬山城だったので、まあいいか!

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食べたり飲んだりしながら、あちこちを歩くのも趣があって楽しいものです。
もっとも飲み慣れていない昼間からのビールに顔を真っ赤にして。
かっての職場の同僚や友人や家族が、ときどき、こうして集まって出かけ、昔の話や今の話。
何年も続いている企画ですから、それぞれの歳も重ねてゆくわけです。
昼食も現地でどこにしよう~とわいわい言いながら、とても美味かった。
いつも、春と秋の季節ばかりだといいんですが...
日頃は「昼寝」が日課となっている今なので、慣れぬ「酒」にほろ酔い気分と眠気に誘われたいい日でしたね。

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2024.05.22

蛙とメダカ

5月22日 もうすぐ梅雨だなぁ

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春の花もすっかり散った
先日「花屋」でこの夏シーズン用にと日日草を買った
冬場のパンジー夏の日日草が玄関先の花壇の定番になりつつある
どちらも安いのでちょっと多めに買える 庶民の花たちだ

花を育てるのもむずかしい
ばかの一つ覚えのように「お礼肥」をやらなくちゃ!と言いつつまだやってない
去年は咲かなかったアジサイが今年は頑張っている
かと思えば去年咲いた「河津桜」は蕾すらつかずに新緑の葉っぱをつけている

来年は咲いてほしいものだと
その枝に蛙がへばりついていた
田に水が引かれ、いよいよ蛙の季節だと納得する
しかし、冬の間はどこの土のなかで冬眠していたのやら
生き物の生態は分かった様でわからない

厳しい冬を越したメダカが次々と死んでしまった
10匹ほど追加で買ったメダカも半分ほど死んでしまった

わからないものだ
最盛期には100匹ほどまで増え、里子に出すほどだったが、いまは5匹ほど
ああ、それでも小さな稚魚が数匹別の鉢で泳いでいた
世代交代なのだろう

自分と同年代のテレビでよく見る芸能人の訃報がやけに目につく
同じ時代を生きてきた人たちなので、少し悲しい気持ちになる
まあ、でも、そうして人も世代交代していくとはいえ、やはり寂しいものだ

この四月からいろいろと用事なども増えている
日がな一日、ぼんやりと暮らしたいのだけど、そうはさせてもらえない
ブログの更新も久しぶり
すこしマメにやらなくてはと気持ちはあっても実践が...


2024.04.13

坂井希久子「居酒屋ぜんや」シリーズ 

4月13日 美味しそうで、おもしろい!本

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図書館の書棚から何気に見つけた坂井希久子さんの本です。
このシリーズの前に「江戸彩り見立て帖」というシリーズの
朱に交われば色にいでにけり粋な色野暮な色という三冊を読みました。
貧乏長屋に暮らすお彩、京男の右近も交えて、色彩の才能を発揮します。
江戸時代の色の奥ゆかしさについつい魅せられてしまいました。

どうも、昔から作家ごとに読み続けるのが趣になっています。
それがシリーズとなっていると、ついつい続けて読んでしまいます。
小説、時代小説が描き出す江戸の町文化のようなものが面白いです。
作家の人となりが表れて、いろいろ想像できるのが楽しい。
この想像しながら、小説世界に没頭できると、
ある種の現実世界から離れられる、そんな気もします。

「居酒屋せんや」シリーズは6冊まで読みました。
全部で10冊以上出ています。

ほかほか蕗ご飯
ふんわり穴子天
ころころ手鞠ずし
さくさくかるめいら
つるつる鮎そうめん
あったかけんちん汁
ふうふうつみれ鍋
とろとろ卵がゆ
ほろほろおぼろ豆腐
さらさら鰹茶漬け
すみれ飴花暦
  ・
  ・
  
どのタイトルを見てもとても旨そうです。
夫に先立たれた、美しい女将「お妙」が切り盛りする「居酒屋ぜんや」
ここには,鶯を飼育する旗本の次男坊や太物屋の隠居、酒問屋の主人などが出入りします。
お妙は亡き夫の姉や裏長屋のおかみなどの助けもあり店を営みます。
そうした人たちが、お妙の作る料理に舌鼓をうち「旨い!」と。

人間関係のしがらみや、恋心、そして、近しい人たちの「謎の死」
といった話が展開されます。
庶民の料理の味と人情がいいですね。

まだ半分ほど読んだところですが、なんだかほんとうにうまい料理に引き込まれそう。
時代小説でも、こういう面白い本があるのだと思いました。

カミさんの出かける日に、夕食は作るのは自分だけれど、いつもきまっています。
バリエーションのない料理もどき、旨い!というものが作れない、料理には縁遠い自分です。
ああ、こういう旨い料理が出てきたら、いや、作れたら満足するのですが。

こういう江戸時代の庶民の食文化
レトルトや手軽さが中心の今とは違うのですね。
そんな居酒屋ぜんやに関わる人の死、これも謎を解き明かす楽しみです。

今日、続きを三冊図書館で借りました。よっしゃ!




2024.04.07

四月・桜・一年生

4月7日 春の桜の記憶写真

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今年も岩倉市の五条川の桜を見に行きました。
名古屋から自転車で20キロほど走りました。
年年歳歳、今年の桜は、やはり今年の桜であって、来年も...となるかわかりません。
体力勝負の歳ということです。
薄曇り空、平日で人出も混雑とはなりませんでした。

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薄曇りの日の桜も情緒があります。
途中で買ったコンビニのおにぎりなどを、ほぼ満開の桜の下で、のんびりと食べました。
「桜きれいだね」と自分で自分に問いかけて、桜も「そうでしょ」と応えてくれる
一人桜遊山の自転車走りの楽しみということです。

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この日は小学校の新一年生になる孫が四年生の姉(孫)と初の登校でした。
初々しい登校風景でした。
姉妹で同じ学校に通えるのはいいものです。
新しい世界、小学校という世界に歩みを進めるということですね。
ふむ、黄色い帽子と大きなランドセルが良い風景でした。

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そんな四月になって、カミさんとも桜の花見を約束していたので。
今日は自転車二台を連ねて名古屋城へと向かいました。
快晴の青空で、ちょっと汗ばむぐらいの陽気でした。
二台の自転車走りも一年ぶりぐらいです。
名古屋城の城を背景に、桜も満開。

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そして人出も賑やかで、外国語が華やいで聞こえてきました。
入場料は自分が敬老手帳で100円、カミさんは500円。
もういっぱい桜を堪能しているので、茶店で抹茶をいただき一息つきました。
なんだか、毎年の事とはいえ、こうして春に「桜の花見」が楽しめるのは、庶民の風物詩です。
でも、やっぱり今年の桜は今年のものです。
近所の公園や用水脇などでも桜が、ほんとうに満開です。
「日本の四季」桜に、どことなく和まされた春の一日でした。

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2024.04.03

春になって

4月3日 腰痛
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【笑えるほど溜る、溜る 猫写真】

しばらくブログの更新も怠っていた。
日記みたいなもの、相手のない便りのようなもの
一方通行なので、まだ生きている、まだ健在だと記す、そういうものでしかないけれど。

春になって朝の水道水も少し温んできた。
厳しい寒さから解放されると
さて、桜の開花はどうだろう、今年は少し遅れているようだし。

今年からピカピカの一年生になる孫は元気に学校に通えるだろうか
なかなか顔をあわせる機会が減ってしまったが
子どもの成長は早いものだと思う

子どもだけでなく、2歳半で我が家にやってきた猫もすっかり慣れたようす
犬は人につき、猫が家につくと言われるが
朝夕のご飯ももらい、ニャーと鳴けばおやつももらえる
ときどき「岩合さんの”猫歩き”」のテレビも堪能している

春になると身体もどことなく軽やかに
こういうときは油断するもので、少し部屋の整理をしていて腰を痛めた
二十代のころから続く腰痛、椎間板ヘルニアという、大層な病名もついている
不治の病だと思っている
針だ整体だと、頑張ろうとは思わないので現状維持できればいい

長く付き合う持病のようなものは、原因も症状も 腑に落ちている
ああ、これに追加して、やれ糖尿病だ高血圧だと
こういうものも、ほどほどの治療でいいのに
行きつけのクリニックで「では、薬をふやしましょう」と

あそこが痛い、ここが痛い、数値が悪い、運動しろ...
人生をネガティブに考えても仕方がないので
「ほどほど」がよいと思うこの頃

今年も岩倉市の五条川まで自転車をはしらせるか!問題は花を散らす雨かな





2024.03.10

桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿

3月10日 月ヶ瀬梅林、茶畑、鈴鹿の森庭園そして梅盆栽

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【月ヶ瀬梅林渓谷】

厳しい寒さも和らいで、桜の季節はすぐそこまでやってきました。
梅の見頃を求めて、3月の初めに奈良の月ヶ瀬梅林と、三重県の鈴鹿の森庭園に行ってきました。

足の心配のないバスツアーに乗っかってです。
車でも十分行けるところですが、最近は送られてくるパンフレットを見ながら、手軽な日帰り旅が我が家の定番です。
この先、歳を重ねると観光バスで「連れて行ってもらえる」ツアーは、それはそれでいいものです。

古くからの梅の名所と言われる「月ヶ瀬梅林」は、名張川に沿った渓谷にあり、平地の公園などに植えられた梅とは、また一味違う景色がとてもいいです。
まだ下の方は満開とはいえないながら...梅の季節の情緒は楽しめました。
帰りに白い梅の盆栽を迷いながら衝動買いして、鉢を抱えながら土産でした。

梅の鉢の蕾は自宅に帰ってあっという間に満開になり、窓辺を飾ってくれます。
梅の香りが部屋の中に漂い、猫にはどうだろうと思いましたが、猫もそれなりになじんでくれました。
「桜を切る馬鹿、梅を切らぬ馬鹿」とはよく言ったものです。

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【梅の盆栽、剪定の楽しみがありそうです】

玄関先の早咲きの「河津桜」が、今年はなぜか花がつかず、葉桜になっています。
桜の枝の剪定がよくわからないし、肥料もよくわからない。
来年も咲かなければ、「他のものに植え替えるぞ!」と花に責任転嫁している。
桜を切る馬鹿ならぬ、桜を育てられない馬鹿ということでしょうか。

小さな鉢植えの梅は見事に満開になって、今は花びらを散らしはじめました。
枝を切りそろえて、上手に育てられるか、腕のみせどころ。
とはいえ、命あるものを育てることの難しさで、人も動物も植物も同じです。

バスツアーですので、遠くに鈴鹿の山並みを見ながら茶畑をあるいたり、鈴鹿の森の庭園の見事なしだれ梅を堪能したりしました。
梅三昧の今年の春先の一日でした。

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【遠くに鈴鹿の山並みと茶畑のコラボ】

あとは、あとは「桜の季節」が待ち遠しいところですが、人生一期一会、人もそうですが、風景というものも、その時々の想い出が残ります。
それほど豪華でもない普通の小さな旅の積み重ね、近所の梅の木に小鳥がやって来て密をついばんでいます。
そんな、わずかな光景を楽しんで、人生の日々がつながってゆくのでしょうか。

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【鈴鹿の森庭園のしだれ梅】


2024.02.29

今年も確定申告

2月29日 ちょっと腹立たしい限りだなぁ

国税庁のホームページから確定申告の書類作成に入り、今年も確定申告を提出した。
国会議員の裏金問題が言われ、どこにも出ない金だから、使途も明細も資料も暗闇のなか。
政治家はそんなに金がかかるのか、そんなに杜撰な金銭感覚なのか。
何をごまかそうと企んでいるのでしょう。
裏金を「還付金」などと、まことに空々しいものだ。

例年のように源泉徴収票や社会保険料や生命保険料の控除の証明書を手元に置いて収めた税金がどうだったのか。
還付があるのか、それとも納税額に不足があり、納付しなければならないのか。
実にややこやしい。
それでも律儀に納税義務を果たそうと健気に努力する。

庶民にとって、収入、所得額、課税所得額、諸控除などなど、パッと見てすぐに理解することの難しさ。
年と年度の区別とか生命保険料控除の種別とか、扶養控除などなど。
働いて年末調整して、源泉徴収されれば、はいお終い。
そんなサラリーマンのしくみが、良かったのか悪かったのか。

きっと、みんな苦労して確定申告しているのだろうと思うと、ウン千万円の濡れ手に粟の裏金取得は腹立たしい。
どこかの議員のキレ記者会見があって、どこかの町長の99のパワハラ、セクハラがあって。
それでも自分は悪くはない、俺様は「議員だ!」と。

人格とか品位もさることながら、民主主義や人権感覚さえ疑わしい。
いや民主主義や人権意識があれば、もし本当に間違っていたと反省するなら、隠し事のための嘘もやめて、事実をありのままに明らかにするのだろうが。
嘘とごまかしは政治家とドロボウーの始まり...ガックリきてしまう。

「越後屋、おぬしも悪だのう」「お代官様もでございます、ひひひ」
江戸時代の悪の権化たちの私利私欲にまみれた姿が、姿と形を変えて現代に蘇っていると言えるのだろう。



2024.02.24

梅の香ほのかに

2月24日 名古屋市農業センターのしだれ梅

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はっきりしない空模様だけど、今日は晴れて穏やかな日だった。
地下鉄に乗って平針駅へ、歩いて20分の散歩の先が名古屋市農業センター。
しだれ梅が満開と聞いて妻と出かけた。
うん、しだれ梅といっても何種類もあるものだ。
今年の梅の見頃は例年より少し早く散りかけている枝もある。
手軽な近場の梅の花見の一日。

端唄の「♪梅は咲いたか、桜はまだかいな」
三味線にあわせて舞子さんが踊る。
そんな情緒とは少し違うけれど、この季節この時季の梅のほのかな香りが春の楽しさを表している。
そんな春の訪れを感じる日、泣いても笑っても季節は動いている。

2024.02.22

にゃん・にゃん・にゃん

2月22日 避妊手術を終えて元気に暮らしている
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2月22日の語呂合わせ、にゃんにゃんにゃん、猫の日。

愛猫「いくらちゃん」の避妊手術をして5日ほど経った。
ほぼ元のような元気な様子になった。
血液検査や不整脈や疑わしい症状があって二度ほど延期して、精密検査の結果、ほぼ問題なしとなり避妊手術となった。
病院のいろんな人に囲まれて麻酔も打たれ、帰宅した当初はストレスから落ち着きもなかったが、それも普通に戻った。

あとはもう少ししたら開腹したお腹の抜糸を待つだけ。
なんだか可哀そうに思えるのは自分。
病院や医者は信頼しているのだけれど、医療機関は苦手だ。
仕事とはいえ、命に係わる手術をこなしてしまう医者には尊敬と畏敬の念すら持つ。
してみると、自分は病院の医者や看護師や、そういう種類の仕事にはつけないと思う。
まあ、今更そんな職業への挑戦もないけれど。

動物の手術といえど、いくつもの検査をし、少しでもリスクを減らすことに努めて行う。
「命」というのは人も動物も大切にされなければという思い。

紛争や戦争の地で医療機器や薬も不十分な中で、治療に関わり、麻酔もない外科手術を余儀なくされる悲惨さ。
我が家の飼い猫への手厚い医療・検査のうえで実施する手術。
平和であることの大切さとともに、その「命」にたいする違いに少し戸惑い悲しく思う。

戦争の悲しい場面、とくに子どもたちが医療機関の対応さえなく命を落としているのはやりきれない。
誰が悪いのか、誰がそんな悲惨をおこなっているのか。
そんな心持ちがおさまらないこの世界と社会。
ペシミズムの虜になりそうな気持である。


2024.02.14

芽吹き

2月14日 バレンタインデー

チョコレート・イベント、本命とか義理とか...下火になってきたようだ。
それにしても、遠征に行く兵士の結婚を禁止した皇帝に反抗したバレンタイン司祭が処刑された日が2月14日。
こういう「平和」の話の方が一般化せずに、チョコレートの日になって、下火になるのも、さもあらん。

さて、春の兆しは我が家にも訪れてきた。
早咲きの伊豆の河津桜が満開のニュースが聞こえてきた。
ここは数年前のコロナ禍がまだ始まる前に、旅行で兄と訪れたが。

我が家の玄関先の河津桜もやっと芽吹き始めた。
ソメイヨシノの桜のように、全国一斉に咲かないようで、地域の気候によるのかな。

チューリップもやっと地面から顔をだしてきたし、牡丹もこれも芽吹いてきた。
今、玄関先のプランターのサクラソウがいちばん華やかになってきた。

先月までは、冬の寒さにじっと耐えていたのだろうか。

芽吹く頃、泣いても笑っても季節は移り変わり、新しい命が生まれる。
ちょっとだけ、嬉しいことだと思う。
暖かな日差しがある日は、表にでて、身も心もリフレッシュすると、気持ちも新たに「芽吹く」ようなものだ。

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【サクラソウ】

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【牡丹の芽吹き】

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【チューリップも顔を出して】

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【河津桜も待ちかねている】


2024.02.11

図書館通い

2月11日 楽しいこと

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このまま歳をとって、足腰も弱り自宅生活が出来なくなったら、どこかの高齢者施設に入れればいいと思っています。
じゃぁ、どんなところ?
狭くても窓から緑のみえる部屋、季節が感じられるところがいい。
出来れば、電動の車いすで通える、公共の図書館があれば、言うことなし。
...などと、「もしも」のこの先の暮らしを口にしていますが、健康寿命を維持して、図書館通いを日課で続けたいものです。

今年は松本清張の短編本から読み始めているが、昔読んだことがあるのも混じっています。
それでも、読んだなあ~と思いながら、また読んでいます。
小説ですが、いつも人が死んで、殺人事件で動機や方法が語られて、現実だったら恐ろしいことですが。
昭和という時代を背景にしているので、殺人事件とは別に、昔の人の思考や文化はこうだったなあと思いながら読むのも楽しい。
殺人事件が「楽しい」とは、いささか変ですが、それが小説ですから。

区の図書館まで歩いて5キロ前後ほどで、歩くのも健康にはよいと思えば、歩きながら「梅は咲いたか~、桜はまだかいな~」
近所の畑の梅が咲きだしました。

松本清張のコーナーの本を物色しながら、知らない作家のものを探したりして。
たまたま面白い本に出合うと楽しくなります。
坂井希久子「江戸彩り見立て帖 『色にいでにけり』」
視力を亡くした父親は元摺師、貧乏長屋で父を介抱しながら、得体のしれない京男・右近が色にまつわる難題を持ち込む...」
いろいろな色、なんだか奥が深いその世界だけど、人の人情のいろいろ。
知らない作家に出会う楽しみです。
これはシリーズにして欲しくなる一冊でしたね。 

松本清張の文庫本「高台の家」とか「張込み」とか、暗い殺人事件ものも読んでいるが、こういう「ほっこり」した本も、また楽しくていい。


2024.02.05

立春が過ぎて

2月5日 マンサク

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昨日の「立春の日」は暖かかった。
(立春の日は年ごとに違うということを勘違いしていた)

暖かかったので久しぶりに庄内緑地公園に自転車を走らせた。
まずは「マンサク」の観察からで、ほんの少し芽もほころびはじめたかな。
季節のときどきを花で確認するのは面白いことで、年が改まりまずはこの花から。
ちっとも華やかさがないので、あまり人の目にはとまらない。
まあ、それでも毎年々々、ちゃんと生きている。

あっちが痛い、こっちが痛い...
衰えは知らぬ間にやってくる。
視力が低下した、記憶力も低下した、思考力も、筋力も...
まあ、諦観するしかないか(笑)

最近は歩くのが多く、4~5キロの散歩は苦にならないので続けている。
自転車は格段に乗ることが減った、
ドロップハンドルを握り、サドル越しに足をはね上げてまたぐ、
股関節が固くなったような気がする。
少し気をつけねば転倒するかもだ。

頭の理解と体の反応に、くい違いがでてきたのだろう。
やはり、歳のせいだと思うのだけど、自転車を走らせているほうが体幹を鍛えられるような気がする。
寒さに立ち向かって、キコキコとペダルを回さねばと思う。

立春から一日経って、関東地方は大雪とのニュースが。
名古屋あたりは雪ではなく雨降り。
寒暖の差は体に堪えるので、困ったものだ。
鍛錬、鍛錬...もうすぐ梅の季節だから。


2024.01.28

スマートホンは必需品?

1月28日 ブログ更新

久しぶりにブログ記事を書いています。
自分のことは棚に上げて、よく訪問するブログ友もなかなか更新されていない。(笑)
しかし、パソコンに向かいキーボードを打つことがけっこう億劫になります。
文章を書いていると、それなりに頭の体操にはなります。

飼い猫のペット病院を受診した。
予約方法が変更になり、スマホのLINEからになった。
電話での受診予約はできないと言われた。
スマホを使っていないと、病院に出かけて、待たされて受診するしかない。
あちらも、こちらも、スマホ、スマホ・・・
おかげで、スマートホンの画面はアイコンだらけになっている。
なんだか汚部屋然の画面になっている。

パソコンが職場の仕事に幅を利かせるようになった昔。
人間の処理能力が、いや、自分の処理能力が追い付かず。
開発者はインターフェース、人の入力方法を簡素化できないかと思った。
AIが進化して、そんなところも、フォローしてくれるようになるのか?
「〇〇の作業をして」と言えば、全部オートメーションでやってくれるとか。
まあ、しかし、気力や記憶力や集中力が低下する一方なので、自分の頭が追い付かなくなりそう。

そんなことを思うと、パソコンやスマホなどを全部廃棄して、自然な暮らし方になれればとも思う。
ものすごく、自由で気楽な一日を送れるようにも思うが。
消費生活があり、何をするにもデジタル社会なのでそうもいかない。
無い知恵をしぼって、なんとか四苦八苦しているけれど、もうすぐ「落ちこぼれ」となるのだろう。
嘆きながら、さて今年も「確定申告」も待ってるし、ここは老化防止の為と、ポジテブ思考するしかないかなぁ。

 


 

2024.01.06

猫と一緒に寝正月

1月6日 眠り猫

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年末年始はゆったりと過ぎている。
大晦日には娘の家族と義姉とその姪の家族が集まり、恒例のすき焼きで年越しをした。
まだ義母が健在の頃は、義母宅に皆が集まったが、そのイベントを我が家が引き継いだようなもので、世代の移り変わりを感じる。
昨年から小学校3年の孫が、先乗りして我が家に来るようになった。
孫の成長も感じられるが、どうやら来年は下の孫も小学生になり、二人で先乗りすると...

義母が昨年亡くなり、年賀状のやりとりもない正月だ。
孫たちが帰って行くと、静かな正月になった。
その静かさをときどき打ち消して「にゃー、にゃー」と猫が闊歩する。
もっとも猫も寝てることが多いが。
私やカミさんが横になっていると、近くに寄って来て一緒に寝ている。

正月から能登半島地震や航空機事故なども起こり、世相は暗い。
ウクライナやパレスチナの戦争も収まる気配はない。
そんな時にのんびりとうたた寝ができる平和ではあるが、心のどこかにいつも「悲惨な事態」が引っかかる。
善意だけではどうにもならない社会であるが、なまじ心の弱い「善意」はうつ状態を生み出す。
さて、今年はもう少しシャキッとして、一年を過ごしたいと思う年頭である。

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